ロクデナシ『六花』全曲レビュー 言語の壁を超えるにんじんの歌声、まふまふ・みきとPらと描く物語
生まれる前の無色の世界から、静けさが漂う青、情熱が噴き上がる赤、ほろ苦い酸味を帯びたオレンジ、孤独に沈む黒、そして弾けるピンク――そういう多彩な色たちに触れながら、“その人”だけの色が少しずつ形作られていく。TikTokで高く評価されていたにんじんの歌声を軸にして、曲ごとにボカロPをはじめとしたコンポーザーが異なる制作スタイルで2021年6月に活動を開始したロクデナシもそうだった。
「ただ声一つ」から世界へ 精力的な活動を経た『六花』の進化
まだロクデナシが音楽プロジェクトとしては未知数だった頃に、ひとつの方向性が見え始めたきっかけの曲が、日本およびアジア各国でバイラルヒットしたバラード「ただ声一つ」だ。YouTubeではMVの再生回数がすでに1.9億回を超え、Spotifyが発表した2025年に海外で最も再生された日本人アーティストの上位50曲をまとめたプレイリスト「Global Hits From Japan 2025」にもランクインしている。
今年は、2月に初のアニメタイアップ曲「ユリイカ」を収録したミニアルバム『溜息』を発売。7月にはコンポーザー募集企画で抜擢された新進気鋭のボカロPたちの楽曲を含むEP『日陰』をリリースし、ライブ活動にも精力的だった。2月~5月にかけて開催された『ロクデナシ 1st Oneman Live「思い出にならないように」』ではソウルと台北、8月~10月にかけて開催された『ロクデナシ 2nd Oneman Live「行かないで」』ではマカオと上海を巡るなど、紗幕演出とにんじんの感情が交錯する総合芸術をグローバルな規模で展開。
10月17日にはロクデナシの公式YouTubeチャンネルの登録者数が100万人を突破し、11月には韓国の音楽フェス『WONDERLIVET 2025』にも出演した。全方位的にさまざまな色を吸収していった中で、確かな色が12月24日にリリースされた最新の2ndアルバム『六花』の中に煌々と輝いている。
新曲6曲と既発曲が収録された『六花』は、今回で初タッグとなるまふまふとの「鯨の落ちる街」で幕を開け、“海”を舞台にしたストーリー性豊かな歌詞と連動するダイナミックなサウンドスケープが眼前に広がる。“海底”を、また出会いたいもうひとりの“星空”に重ねて心を寄せようとするが、実際はすれ違う運命。弦楽器の儚いアンサンブルに包まれる中、心も体も海底に飲まれていく苦い感覚は、息遣いの一つひとつに割れやすいガラスのような鋭さを滲ませるにんじんのボーカルによって忠実に再現されていく。同時に無色透明の歌声が、藍色へと染まっていくグラデーションも美しい。
カラフルなメロディに合いの手が入るポップチューン「イオ」や、夜空に浮かぶ星をテーマにしたミディアムチューン「アルビレオ」からは、切なさを内包した恋が描かれる。一方でこれまでのナユタン星人×にんじんのタッグのイメージを大きく覆し、歌声の振り幅の大きさを印象付けたのは、火ドラ★イレブン『娘の命を奪ったヤツを殺すのは罪ですか?』(カンテレ・フジテレビ系)のオープニングテーマにもなった「カロン」。激情に駆られる「ユリイカ」(作詞・作曲:傘村トータ、編曲:小松一也)も含めて、タイアップ曲を通じた歌唱は、ロクデナシの世界観にさらなる奥行きをもたらした。
ロクデナシにアジア圏を中心とした海外リスナーが多いのは、“言語の壁を超えて心に触れる要素”が存在しているからだろう。その背景には、楽曲を歌にして届けるまでの“過程”に深く関係していると思う。曲から立ち上がる言葉や匂い、空気感を、にんじんが繊細に掬い取り、そのままの感覚で音に溶かす。ゆえに、どのバラードも原曲以上に“出来立て”の熱を放ち、心が揺さぶられるのだ。
とりわけ、クラシカルで感情の揺らぎが刻まれたバラード「脈拍」(作詞・作曲:みきとP、編曲:みきとP, 佐々木聡作)を初めて耳にした時は、泣いた直後かと錯覚するほどの体温の残る声に衝撃を受けた。ビルドアップで制御不能な感情が加速する「エンドロール」(作詞・作曲:Misumi、編曲:Misumi, Shoma Ito & Sosuke Oikawa)も飾り気のない肉体的な表現が光り、「リプレイ」(作詞・作曲・編曲:シャノン)のぽつりと呟くトーンも未開拓の域だ。