ゆよゆっぺ×nekoが語るニコ動黎明期と現在のボカロ/歌い手シーン 15年越しの共作が示す“ネット音楽の原点”
ボカロPのゆよゆっぺと歌い手のnekoが、8月27日に「Cut it deep」をリリースした。2009年に公開された「Inside my heart」以来、約15年ぶりの共作だ。環境、技術も格段に進化して研ぎ澄まされた本作には、あらゆる鎖を断ち切り、自分自身で道を切り開いていくという強靭なメッセージが込められている。迫り来る感情的なスクリームと、アグレッシブな音の濁流に飲まれるメタルコアは必聴だ。
大切なのは、敷かれたレールの上を歩くのではなく、いつかのシーンに立ち返ることができているかーー。そんなことを、ニコニコ動画の黎明期から数々の経験を乗り越えてきた二人が、ざっくばらんに語り合ってくれた。(小町)
ゆよゆっぺ「Hope」から始まった関係、ニコニコ黎明期を共に駆け抜けた二人
ーーお二人が活動を開始されたのは、ニコニコ動画の黎明期である2008年ですね。お互いの存在をどう捉えていましたか?
ゆよゆっぺ:彼は兄です(笑)。
neko:弟です(笑)。
ゆよゆっぺ:(笑)。僕の地元は茨城県、ねこさむ(neko)は大阪で、二人ともニコニコ動画とは関係なくそれぞれバンドをやっていたんです。でも僕はバンドの活動がちょっとしんどくなっちゃって、インターネットに逃げ込むような形で曲を投稿し始めたんです。
neko:僕はバンドとニコニコを並行でやっていて。でもベーシストが大手電機メーカーに就職することが決まったので、バンドは辞めることになりました(笑)。その流れで、ニコニコ動画で同人音楽を出したり、本気で自分の音楽をやることになったんですよね。
ーーのちにSkypeで親交を深めたきっかけは、2009年にnekoさんがゆよゆっぺさんのオリジナル曲「Hope」をカバーしたことだったそうですね。
ゆよゆっぺ:そうです。ねこさむが「Hope」を歌ってくれた当時、僕はニコニコ生放送ジャンキーだったんですよ。その頃、ニコ生をするコミュニティもすごく育っていて。ニコ生をやっていたらねこさむが来てくれたんです。当時は、ニコニコ動画に自分のメールアドレスやSkypeのIDを載せていて、そこでSkypeを交換する流れになったんだと思います。
neko:ゆよゆっぺがもともとヘヴィな音楽を投稿していたし、俺もヘヴィな音楽が好きだったから、自然に連絡を取り合うようになっていったよね。
ーーお二人はニコニコ動画で活動をしながらも、ボカロPと歌い手という別のフィールドにいました。お互いのフィールドについて、当時どんな印象を抱いていたんでしょうか。
ゆよゆっぺ:ボカロPと歌い手の規模感って、僕の視点から見るとまったく違うんです。僕からすると、当時歌い手さんに対して妬みしかなくて(笑)。ボカロPが書いた曲を歌い手さんが我が物顔で歌って、しかも歌い手のほうがチヤホヤされる。僕は深淵にいたので「ふざけるんじゃねえ!」と思いつつ……その中でもねこさむのスタンスは圧倒的に違った。やっぱり出自がバンドにある感覚が、引き寄せられた要因だと思います。
neko:僕はね、全然チヤホヤされないタイプだった(笑)。僕目線だと、むしろボカロPのほうが音楽でちゃんと評価されている感じがして羨ましかったですね。「英語で歌ってみた」とか、少しニッチなジャンルを攻めていたのもあって、ファン層が落ち着いていたんですよ。歌い手好きというよりは、音楽好きが聴いてくれていたと思うから、周りと違う雰囲気は出ていたかなと自分でも思いますね。
ーー兄弟の距離感として、連絡の頻度はどのくらいなんですか?
ゆよゆっぺ:1年に一度くらいなんですけど、いざという時に頼る相手の筆頭がねこさむです。今回の「Cut it deep」を作るきっかけになったのも、久しぶりに僕から連絡をしたことでした。インターネットのシステムでわからないことがあって、ねこさむはWEBエンジニアなので電話をしていろいろ教えてもらったんです。その流れで与太話をしているうちに、「Cut it deep」を一緒に作ろうという話になりました。
「Cut it deep」の話をするためにも僕としては避けて通れない話があって。ねこさむが2010年に「Tears of Today」っていうインターネットレーベルを立ち上げたんですよ。ニコニコ出身のアーティストや弾いてみた、叩いてみたの演者たちが集まってバンドを組んで、一括りになってツアーをやろうとしたんです。
neko:当時はニコニコ出身とか、ネット出身の人たちでバンドを組むという発想がまだ珍しかったんですよね。
ゆよゆっぺ:僕もその頃、地元のバンドが終わったばかりで。「こういうのやりたいから、お前バンドやれよ」と言われて、ニコニコの中だけで奏者さんを集めて結成したのが、My Eggplant Died Yesterdayというバンドです。一方で、ねこさむはnekoとして奏者さんを集めて、ヒトリエやGeroさんとかと一緒にツアーで各地をまわったりしていたんです。
その中でマジですげえなって思ったのは、ツアーをやる時の出演者全員の宿泊費や移動費を全部ねこさむが負担したことでした。「Tears of Today」がどんどん大きくなって運営もしっかりしていった上で、その利益をすべて還元する。ねこさむ自身が、音楽で一山当てるのが目的ではなくて、ただ「みんなで遊びたい」気持ちが大きい人だった。それが心地よくて、僕たちはついていきました。
neko:もし当時の資金を全部仮想通貨に突っ込んでいたら、今ここにいないと思います(笑)。僕はビジネスが苦手で、音楽で得た報酬もみんなで作った成果だから自分のところに貯めなかった。自分で作った最初のCDがそこそこ売れて200万くらいになったらその資金でツアーに行くとか。そういうマインドでしたね。
ゆよゆっぺ:ねこさむが本当に純粋に音楽が好きなんだってわかるんです。それで、今回も一緒に曲を作れたんだと思う。じゃなきゃ、一緒にやらないです。
ーー自分の利益を最優先とせず、人間的に誠実で好意的な姿勢を崩さなかったことが、今の関係性に繋がっているんですね。
neko:最近の音楽シーンは、YouTubeやサブスクで再生されるとお金がもらえるじゃないですか。でも、僕ら二人の間では、そういう収益の話が一切出ないんです。「権利どうする?」「全然任せるよ」みたいな。
ゆよゆっぺ:それもやっぱり、当時のニコニコ動画には、「音楽でお金を稼ぐ」発想自体がなかったからだと思います。
neko:何百万回再生されても0円だったからね。いい曲でも回らないとダメ、みたいな価値観が当時はなかった気がする。それこそ、1000回ぐらいしか回ってない曲をめっちゃ好きと言う人も普通にいたし。
ーー確かに今、歌い手は一つの職業として成り立っていて。昔よりも知名度や利益を求めて行動する人も増えてきました。
ゆよゆっぺ:インターネットで音楽をやるのと、プロとしてお金を稼いでいくのは別だと、僕は完全に線引きをしていたんです。プロとしてやるならメジャーレーベルに所属するなり、自分でマネタイズの方法を見つけるなりすればいいじゃんって。でも、その境界が曖昧になっていく時期があって。
neko:なあなあでお金を稼げる時代になった。
ゆよゆっぺ:そう。まさに“刈り取られた時代”。2012、3年頃にはいろんなレーベルやレコード会社がニコニコ動画で売れている曲に目を付け始めて。2010年頃からボカロPのメジャーデビューが増えたり、初音ミクの権利問題もあったり。そうやって刈り取られた時代があって、僕はその頃から辛くなってニコニコ動画から完全に離れちゃったんですよ。「ここにいても意味がない」という感覚に陥った時期がありました。
ーーネット出身アーティストがメインストリームへ進む道ができた。
ゆよゆっぺ:それは僕たちの責任でもあると思うんです。僕自身、2012年にヤマハミュージックコミュニケーションズさんから一度VOCALOIDのアルバムでメジャーデビューしていて。インターネットから名前が売れて、デビューしていく道筋を作ってしまったというか。
neko:俺も2013年にNHKのアニメのOPをやらせてもらったしね。やっぱりやっていくならお金を稼いで有名にならないと、という空気はあった。
ゆよゆっぺ:プライベートでは実家を出ることもあるし、ちゃんと自立していかなきゃって必死になる。でも僕らはその道筋を示しすぎたし、プラットフォームも整っちゃった。
neko:完成したね、あの時期に。
ゆよゆっぺ:インターネットと切り離せばいいじゃんっていう僕の思想は、もう通用しなくなったと思う。今となっては老害の意見になっちゃうけど(笑)。だから、ねこさむと他愛のない話をしながらDiscordで曲を作って……あ、Skypeから今はDiscordになったんです(笑)。再生されようがされまいが関係ない。この二人で今作って世に出すこと自体がカタルシスなんだと。