劇場版『チェンソーマン レゼ篇』劇伴・牛尾憲輔インタビュー レゼの生い立ちを音像化したファン垂涎の制作秘話

 9月19日に全国公開を迎え、興行収入も快調な滑り出しを見せている劇場版『チェンソーマン レゼ篇』。TVシリーズから引き続き、今回の劇場版作品も劇伴は音楽家・牛尾憲輔が担当している。

 牛尾と言えば、TVアニメ『チェンソーマン』(テレビ東京系)のみならず『ダンダダン』(TBS系)、『チ。―地球の運動について―』(NHK総合)ほか、近年も数多くの注目アニメの音楽制作を担当。直近では『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合)でも密着特集が組まれたりと、今最も熱い注目を集めるクリエイターのひとりである。

 今秋からは連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)でも音楽制作を担当。今後ますます活躍の幅を広げていくであろう彼に、現在上映中の劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の劇伴制作にまつわるインタビューを実施。従来より定評のある作品愛に溢れた制作スタンスをはじめ、原作ファンにとっては垂涎モノとなる裏話まで、実にディープな『チェンソーマン』トークを語ってもらった。(曽我美なつめ)

「CHAINSAW MAN THE MOVIE:REZE ARC original soundtrack -summer's end-」試聴動画

映画劇伴の醍醐味でもあるオーケストラの小さく繊細な音

──まずはTVシリーズに引き続いての劇伴制作にあたって、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の物語を彩る上で意識された部分などを教えてください。

牛尾憲輔(以下、牛尾):僕は普段、作品音楽を作る時に、まずは「作品がどういうものか」というコンセプトベースを考えるんですけど、『チェンソーマン』はTVシリーズ当初から一貫して“メチャクチャ”であることを劇伴のベースに据えています。映画中のレゼのセリフにもありますが、『チェンソーマン』ってほんとメチャクチャな作品だと思うんです。ヒロイン級の女の子たちが主人公を殺そうとしたり、仲間がこいつを殺して助かろうって相談し始めたり。なのでそのコンセプトは、今回の劇場版も変わらないままですね。

──その反面、もちろんTVシリーズとは異なる部分も多いにあるかと思います。

牛尾:実は『チェンソーマン』のプロジェクトのお話をいただいた際、かなり早い段階から「おそらく「レゼ篇」は映画になるだろう」というのは了解事項としてあって。あと、「レゼ篇」は『チェンソーマン』第一部の中でも、極めて抒情的で恋愛的な要素が突出して強いエピソードでもありますよね。そんな情緒的なお話かつ映画館で上映される作品というふたつの要素を合わせて、オーケストラを使うといいんじゃないか、という構想は当初のTVシリーズを作る前から考えていました。

 映画館作品ってTV作品以上に大きい音の迫力もあるんですが、同時に小さく繊細な音もかなりしっかりと鳴るんですよ。そういったダイナミクスのコントラストも、聴き所のひとつになると思います。“メチャクチャ”というコンセプトの土壌にいろんな種を撒く中で、ひとつ大きかったのはやはりその点でしょうか。

──牛尾さんご自身は、この「レゼ篇」の物語に元々どんな印象を抱かれていましたか。

牛尾:やっぱり「レゼ篇」と冠されているぐらいですから、レゼというキャラクターの存在はこの作品の大きな魅力のひとつですよね。『チェンソーマン』のキャラクターたちってみんないいキャラなんですけど、実際自分の隣にいたら困るやつばっかりじゃないですか。デンジなんかは「友達になれるかな……」って感じがするけど、レゼは友達になってくれそうというか。ボムになって敵対してからも、ビームを乗り回しているデンジに「なにそれ~!」って笑ってくれたりしますし。体温のある関係性を築いてくれる子、というか。彼女のいじらしさは、やっぱり物語の魅力としてかなり大きいと思います。

──重ねて、今回の劇場版では新たに𠮷原達矢監督が制作の指揮を取っています。監督とは劇伴制作においてどんなやりとりをされたのでしょう。

牛尾:𠮷原さんとは、2023年末の『ジャンプフェスタ2024』で公開された劇場版制作発表のティザー映像を作る際に初めてお会いしました。そこから2年近い期間の中で、2024年末に解禁された特報の制作のお話だとか、あとは一緒に食事に行ったりもして。そういう時間が双方のチューニングを揃える期間としてあったので、制作もすごくやりやすかったです。

 2023年に公開された、レゼがお花畑に寝転がっているティザー映像があるんですけど、そこに使用する曲の候補が実は当時ふたつあったんですよ。ひとつは実際にティザー内で本採用された曲で、これは映画内にも登場する「Reze」の雛形なんですが、もうひとつの候補が作中のプールシーンで使われた曲で。どちらをティザーに使うか当時スタッフと相談した時に、僕と𠮷原さんのふたりだけが「プールの曲(「in the pool」)がいい」って言ってたんです。ただ結局、こちらはかなり奥行きのある曲で、ティザーにパッと使うにはもったいないしちょっとディープすぎるかも、ということで今の形になったんですけど。そんなこともあり、𠮷原さんとは制作中ずっとその曲を「俺らの曲」って呼んだりもしていました。それぐらい近しい感覚で一緒にやらせていただけて、すごく楽しい現場でしたね。

アニバーサリーライブ『behind the dex』の経験が活きた制作に

──改めて、今回の劇場版ではそういった前提を踏まえ、具体的にどのような形で制作が進んだのでしょう。

牛尾:今作はまず、展開が大きく3つのシーケンスに分かれると思っていて。日常からレゼに出会っていくボーイミーツガールのパート、それが恋愛に発展していく夜の学校パート、そして大バトルのパートですね。それに合わせて劇伴も繊細なゼロからスタートして、だんだんクレッシェンドを描くように大きくなっていく、という構造になっています。

 特にデンジとマキマがふたりだけの映画を見つけるシーンで流れる「our film」や、レゼとの夏祭りのシーンで流れる「slow summer eve」なんかは、けっこう繊細な音を鳴らしているんですよ。テレビでももちろん聴こえるんですけど、細部まではなかなか確認できないだろうな、というレベルの音。その前の夜の学校のシーンで流れる曲も、1曲の中でかなりダイナミクスの差があって映画映えするというか。そういった部分を、やはり映画館の充実した音響と静かな空間で楽しんでほしいなと思います。

──迫力ある大音量の曲のみならず、映画作品ならではの繊細な音も聴き所なんですね。

牛尾:一方で、バトルシーケンスで使う楽曲が、今回一番難産ではありました。後半のバトルシーンって、全体的に結構長尺でずっと続くんですよ。喩えるなら、ピークタイムでアゲアゲの曲ばっかりずっとかかるDJって嫌でしょう? 聴いていて段々としんどくなるというか。なので、そのシーケンスの中での緩急のつけ方をどうしようか、ということにずっと悩まされていたような気がします。

──そこに関しては、結果的にどのような工夫を図ったんですか?

牛尾:ちょうど僕、去年各地でサウンドトラックのダンスセット・ソロライブをやらせてもらえる機会があったんですよ。オランダ・アムステルダムでの公演や、『SONICMANIA 2024』にもその形で出演させてもらって。バトルシーンのシーケンスに関しては、『チェンソーマン』の楽曲をダンスセットで演奏する感覚がすごく役に立った感じはありました。曲を繋ぎつつ、客席を飽きさせない感覚というか。サントラには入っていないんですが、実際に映画の中にも真っ暗な画面と併せて音が籠もるようなシーンなんかがあって、そういうのもライブやっている時の発想で作りました。そういう形で去年のライブの経験も、今回制作に活かせてよかったな、と思いましたね。

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