由薫、“自分にしかできないこと”と向き合う今 EP『Wild Nights』で対峙した過去と原点を語る
アートって、自分で落とし前をつける行為でもあるから
――2曲目「Dive Alive」はこれまでにない新しいサウンドですね。
由薫:これはLukas(Hallgren)さんと作った曲なんですけど、Lukasさんはスウェーデンのなかでも特におしゃれな街に住んでいて。そこにはきれいな小川が流れていて、観光地みたいな場所なんです。お互いに年齢が近くて、最近聴いている曲とか好きな雰囲気を共有したら、結構似たりして。「自分たちが思う“いい感じ”の曲を作ろう」って、遊びながら作っていきました。
――歌詞の内容は「Feel Like This」に近いものを感じました。
由薫:うん、似ているかもしれないです。『Wild Nights』のひとつのテーマとして「Feel Like This」を作るなかで学んだ「Don’t think, feel!」の精神というか、理性よりも感性や直感を大事にする姿勢を歌詞にしました。表に立つと自分が評価される側になって、そこでやっぱりいろいろと考えちゃうんですよね。音楽が好きなだけだったら「この曲いい」「この曲はよくない」と好き勝手に言えたんですけど、音楽を発信する側になると、今度は自分がまわりから評価される立場になる。しかもアーティストとしてだけでなく、人間としても評価されている感覚があって。いい人でいなきゃいけない感じがすごくしていたんです。でも、この曲には“You”と“I”がいて「自分が評価される側になった瞬間にとても委縮してしまうけれど、そういうのは本当は私たちには関係ないよね」って。そういうのにバイバイして、本能に従って進み続ける様子を書きました。
――今の話を聞いて思い出したんですけど、漫画家の東村アキコさんが「どんなに努力しても、楽しそうにやって面白いものを描ける人にはかなわない」と前に言っていたんです。プロはいろんな人から評価をされるし、世間のニーズにも応えないといけない。そのうえで楽しそうに活動している人は、やっぱりいちばんいいですよね。
由薫:そうですね。楽しいのがいちばんというのはあらためて感じます。それこそ「Dive Alive」とも似ていて、最近はプライベートで第三者の声に繊細に反応しなくなってきて。これはミュージシャンみんなが通る道かもしれないですけど、最初は人の言葉にいちいち反応していたんです。今振り返ると、それはすごいストレスだったなって。
たとえば、最近はコメントなどで自分がよくないように言われたとしても、「そういう考えもあるよね」「たしかにもっと努力しなきゃな」とか、そうやって距離を取ることができるようになった。それ以降は日常のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)が安定しているのを感じます。今回は結構暗いEPではあるけど、プライベートの面ではすごく元気(笑)。だからこそ、こういう曲が書けたのかなと思うんです。過程を楽しむ姿勢が身についたし、まさにこのEPも過程のひとつかなって。
――小説家の三島由紀夫さんって、少年時代は自己嫌悪が強かったそうなんですよ。でも、それは非常に非生産的な感情だと思って辞しちゃったんです。それから「(自分のことが)好きになりました」と話していて。おそらく自己嫌悪の原因は、他者と自分を比べた時に感じた劣等感や、周りの言葉によって蓄積されたストレスがあると思うんです。そのエピソードをアーティストの話に広げると、ストレスはときとして曲のタネになる場合もある。逆に、ただただ自己嫌悪に陥るだけのストレスは一切抱えないほうがいい。要は使い分けですよね。そこを由薫さんは、より上手にコントロールできるようになったのかなと。
由薫:まさに『Wild Nights』を作ってから、そうなったかもしれないです。関取花さんの楽曲「もしも僕に」に〈人生なんてそうさネタ探し〉という歌詞があるんですけど、アートとか自分で創造物を作ろうとすると、人生のいいことも悪いこともネタになるんですよね。ある意味では、アーティストとして貪欲になった瞬間に“傷つく”ということも逆にインスピレーションになる。その考えがいいのか悪いのかは置いておいて、自分を守ってくれる思考回路ではあるなと思って。そういうインスピレーションにならない傷つき方は「もう飽きた」と言ったら変ですけど、一通り体験してきて、それは萎縮してしまう要素だったから「もういいや!」と手放すことを覚えた――。その様子を「Dive Alive」では書けていると思います。人間にとって悲しい感情も大事だと思うし、それを無視して生きていくのはよくないことだから大切に向き合ってはいくけど、あんまり自分のためにならない傷を気にしないようにするのはすごくいいこと。そういう側面でも、みんなも何かしらの創作を握っていられたらいい気がする。アートって、他人に何かを伝えるだけじゃなくて、自分で落とし前をつける行為でもあるから。感情の整理の手助けになるかなと思いますね。
「変わってしまった」よりも「変われている!」という喜びが強かった
――3曲目「1-2-3」は90年代のパワーポップを感じるようなバンドサウンドで、5曲のなかでも毛色が違いますね。
由薫:これもDavidさんと一緒に作った曲です。「1-2-3」と「Feel Like This」は同じ日に一日で書きました。「Feel Like This」の作詞作曲で行き詰まった時に、全然違う雰囲気の曲を書いてリフレッシュをしようと思って。言ってしまえば、これも遊びで作った曲です。自分のキャラとは違うことをやりたくて書きました。
――アナログのようなこもった雰囲気の音質ですけど、そうした理由は?
由薫:コミカルな感じを表現したくて。いい意味で雑な感じに仕上がっているかなと思います。
――4曲目「Mermaid」も非常に面白かったです。揺らぎのある音を聴いていると、まるで海の中に潜っているような感覚になったし、喩えるなら映画『シェイプ・オブ・ウォーター』の絵が頭に浮かびました。
由薫:先ほど「今作はモノトーンな雰囲気に原点回帰した」とお話ししましたけど、私がいちばん最初に配信リリースした曲が「Fish」で。アレを今書くとしたらどんな感じになるのかな、と思って形にしたのが「Mermaid」でした。
――ちなみに「Fish」は、由薫さんにとってどんな曲なんですか?
由薫:言ってしまえば失恋ソングですね。「Mermaid」も失恋ソングだけど、歌詞の内容というよりも、「Fish」の色味をもう一回やってみたくなって。「今24歳の自分だったらどんなことを書くかな』」と探りながら書いた楽曲になります。
――このタイミングで「Fish」の世界観をもう一度書こうと思ったのは、何か理由はありますか?
由薫:自分の音楽性を形成していったなかで、陰の要素が大事だと再認識した。だからこそ、ちゃんと原点に立ち返ることがしたかったんです。それで立ち返るとなったら、やっぱり初めてリリースした曲まで遡ろうと思いました。最近はコライトすることが多くなってきたけれど、メジャーデビューする前は自分ひとりで曲を書いていたから、当時の曲はいちばんピュアな自分が詰まっていると思うんです。それに、純度100%の私が作る曲は、みんな暗い雰囲気の曲だったんです。それから素晴らしい方々と楽曲制作をするようになり、いろんな色が生まれた。あらためて原点の色を作ろうとした時に、さまざまな経験をしているから同じことを表現しようとしたとしても、またちょっと違うニュアンスになるのかなと思って。10代の頃と同じ色を描き出そうとしても、きっと違う言葉遣いや物語になる。その経験をすることで、あらためて自分の現在地を知れると思いました。
――過去の自分と対峙をされてみて、純度100%の色とは違う色に変わった時、どこか寂しい気持ちはありましたか?
由薫:寂しくなるというよりは、安心しましたね。人間って、変わってしかるべきものというか。変わらない美しさもあるけれど、私は昔から変化したい人間だったので、「変わってしまった」よりも「変われている!」という喜びが強かったです。たくさんの経験をして視野が広がったなと感じました。