XY「音楽シーンの歴史を変えられるって本気で思った」 YOSHIが遺した意志と楽曲、そして未来を語る

夢半ばに去ってしまったYOSHIの意志を継ぐ5人の覚悟

――YOSHIさんの急逝後、追加オーディションが開催されて、最終的にGAIさんとKARMAさんのおふたりをボーカルとして迎えることになりました。GAIさんは、どんな思いで追加オーディションに応募しましたか?

GAI:僕は番組を観ていた視聴者側だったんですが、もともとYOSHIくんの存在は知っていて、自分に近いものを感じていたので「いつか一緒に何かやるんだろうな」と思っていたんです。だから、会ったことはないけれど、同じ音楽業界のなかで一緒に頑張っている同世代の仲間を失ってしまったことがしんどかった。そんななかで、YOSHIくんのお母さんが「YOSHIの遺した曲を完成させてほしい」と言っていたのを聞いて、「僕の人生もいつ終わるかわからないから、音楽を人のためにやることも必要なんじゃないか」って思ったんです。そこからYOSHIくんの曲を完成させて、オーディションを通して番組に曲を持っていきました。

――もし“曲を完成させる”という使命がなかったら、オーディションには参加してなかったかもしれない?

GAI:そうですね。オーディションを受けに行ったというより、自分のやるべきことをしに行った感覚だった。合否とかは正直どうでもよくて、とにかくこの大惨事のなかでひとりの人間としてできることをまっとうしたつもりです。曲に関しても、(今後の)参考にしてもらえるならそれでいいし、もし使われなくてもいいや、って。

――実際に合格してどう思いましたか?

GAI:合格した実感も実はあまりなかったんですよ。うまく言葉にできないけど……やるべきことを続けられるチャンスをいただけた感じだったかな。

――KARMAさんは、もともとダンスボーカルグループの候補生としてオーディションに参加していましたが、最終的にはバンドのボーカルに抜擢されました。当時はどんな心境でしたか?

KARMA:短い間だったけど、僕はYOSHIにすごく影響されていたから「YOSHIの後を継ぐのは俺なのかな?」って勝手に妄想して、「ロックスターの心臓を引き継ぎます」と言ったりしていたんです。最初は目立ってるYOSHIをライバルみたいに思っていたけど、他愛のない会話をするうちに、アイツの考えや「やってやる!」みたいなエネルギーを感じて、こういう人間こそが後世に何か残せるんだろうなと思っていました。当時はがむしゃらだったし、後悔したくなかったから、とにかく自分のすべてをぶつけようとオーディションに臨んでいたけど、ある時KYOHEYが「バンドやろうぜ」「ボーカルはKARMAしかいないよ」って言ってくれたんです。(KYOHEYを見つめながら)覚えてる? あれって本気で思ってた(笑)?

KYOHEY:覚えてる覚えてる。本気だったよ。

KARMA:その言葉は嬉しかった。でも、僕自身はダンスボーカルのメンバーとしての審査が進んでたし、そっちのグループで築いた絆もある。でも、バンドもすごく好きだったし、かなり悩んでましたね。

KYOHEY:オーディションの最後、YOSHIKIさんに直談判してたもんね。

KARMA:生意気だけど、「俺、ダンスもバンドも両方やります!」って直接言いに行って。スタッフの人に怒られたりしました(笑)。でも、誰かの意見とか大人の事情とか、僕は全部どうでもよくて、夢半ばに去っていった仲間の気持ちを無下にすることだけはイヤだったんです。だから、晴れてバンドのボーカルに決まった時は「マジでやったろう!」って思いました。

続けるための発想と衝突も化学反応に変換

――既存メンバーの皆さんは、ツインボーカルという体制の変化をどう受け入れましたか?

KAIRI:バンドを続けていくと決めた以上、受け入れる体制は作らなあかんと思ってましたね。YOSHIのことを思えばこそ、「YOSHIだったらどう思うかな?」ということを常に頭のなかにおいて、誰がきてもいいように、悲観的にならないようにしてました。「新しいボーカルがこういう人だったら、こういう音楽やろうかな」とか。たぶん、YOSHIもそういうの考えるのが好きだったと思う。KARMAの熱い思いはもちろん知っていたし、GAIの思いもオーディション中に聞いて、このふたりだったらいいなって思いました。

KARMA:え、そうだったの!

KAIRI:今初めて話したかもしれないです(笑)。追加オーディションの参加者のなかでも、GAIには特に覚悟を感じたし、素直に一緒にやりたいなと思ってましたね。

――FURUTATSUさんはどうですか?

FURUTATSU:僕はその頃、まだ外と接触する気になれなかったんですよね。もともとの気質でもあるけど、受け入れることがすごく苦手なんです。KAIRIさんはYOSHIのことを考えて受け入れる姿勢を作っていたけど、僕は考える余裕もなかった。めちゃめちゃ子どもなんですよ。だから最初は、あくまでも仕事としてふたりとやるけど……みたいな感じでした。でも、ごはんとか一緒に行って、結局は仲良くなるんですけど(笑)。

KYOHEY:FURUTATSUは何かにつけてごはんの話をするんですよ(笑)。

FURUTATSU:僕、ごはん好きなんです(笑)。やっぱり、おいしいものを食べたら、人って気持ちが柔らかくなるじゃないですか。それで仲良くなれると思うんです。

KYOHEY:「手越くんともいつかごはんに行けたらいいね」って言ってるもんな。

FURUTATSU:それは本気で思ってる!

――5人が揃った段階で、あらためてバンドの方向性を話し合ったりはしましたか?

KYOHEY:しました。まわりのスタッフさんも入れ変わったこともあって、方向性ももちろん話し合ったし、デモ曲もいっぱい出し合いました。でも、2023年はなかなか定まらない状態が続いていたかな。試行錯誤し続けたけど、前に進めなくて苦しい一年ではありました。

――バンド内で衝突することは?

KYOHEY:全員アーティストだから、もちろん各々で描くものが違うことはあります。でも、バンドとして5人でひとつのものを描いていかなきゃいけない。それでぶつかることはありますね。目指してるところは一緒かもしれないけど、やり方が違ったりして。でも、衝突しないと化学反応も起きないですしね。

FURUTATSU:僕たちは聴いてきた曲も生活も違うし、何より思想がいちばん違うんですよ。それぞれ持っている思想を出すか出さないか。お互いに許せる範囲が人それぞれ違うので、それで衝突が起きることもあります。でも、そこでうまくいったらいい化学反応になるし、もしうまくいかなかったらそこまでかなとも思います。

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