HACHI、“生きた証”として作り上げたメジャーデビューアルバム『for ASTRA.』 新たな意識と挑戦への姿勢

 バーチャルシンガー HACHIが、11月13日にアルバム『for ASTRA.』でメジャーデビューした。これまで2枚のアルバムを発表し、海外ライブも開催するなど着実にステップアップしてきたHACHI。培ってきた経験をもとに制作された本作には、彼女にとって最大ボリュームとなる全13曲が収録されている。

 楽曲/アルバムのテーマや曲のイメージを練る作業まで細かく関わり、“HACHI”というアーティストを作り上げてきた彼女自身が、メジャーデビュー作にどのような思いを込めたのか、“歌に集中できる環境”を手に入れたことで陥ったスランプ、初挑戦となった作詞についてなど、話を聞いた。(編集部)

メジャーデビューアルバム『for ASTRA.』は“生きた証”

ーー『for ASTRA.』が完成しての率直な感想を教えてください。

HACHI:今回のアルバムは曲数が多くて、コンセプトもしっかり考えたので、それぞれの曲に込めている思いが強かったといいますか。今までもコンセプトは考えてきたのですが、メジャーデビューということもあってすごく力が入って……。とにかくいろいろな面で大変でしたが、そのぶん楽しかったです。

ーー今までの制作とは違う感覚といいますか、物理的にも精神的にも変化があったんですね。

HACHI:そうですね。精神面で言えば、一曲を作り上げるまでの曲の解釈の詰め方はかなり変わりました。今回13曲すべてが新曲なので、今までにないボリューム感を味わいましたね。

ーー『for ASTRA.』のコンセプトについて教えてください。

HACHI:『for ASTRA.』は、ボイジャーのゴールデンレコード(1977年にボイジャー号とともに宇宙へ打ち上げられた地球の音や画像を記録したレコード)をモチーフにしています。これまでにリリースした『Close to heart』と『Midnight blue』は、アーティストコンセプトでもある「あなたの心に寄り添う」をベースにしていて、もちろん今回も「寄り添う」というベースは変わらず、そこにプラスして「届ける」ということをとても意識しました。届けて、残していければなと思って制作しました。

ーータイトル的には“星”という意味合いがあると思うのですが、コンセプトにどうかかわってくるのでしょうか?

HACHI:星々というニュアンスから、「まだ見ぬあなたに届ける」という思いを込めています。私がまだ見たことのない、私のことを知らない星々=みんなに届ける、みたいな。

ーー根本的な部分は変わらずとも、「届ける」というテーマが加わるとスケール的にも大きくなっていくんですね。そもそもコンセプトはどこからインスピレーションを受けたんですか?

HACHI:コンセプトをどうしようか悩んでいる時に、海野水玉さんに相談をして、その時にボイジャーの話が出てきたのが大きなきっかけになりました。もともとコンセプトを考えていくなかで、「次は宇宙モチーフにしたい」と考えていたんです。相談しているうちに、「ボイジャーが今壊れかけていることをSNSで知った」という話になって。ボイジャーが意味不明な言葉を繰り返して、こちらにずっとデータを送り続けているようで、「それって、めちゃくちゃエモくないですか?」と話が盛り上がったんです。そこからボイジャーに搭載されてるゴールデンレコードの成り立ちを調べていく、という流れですね。そのゴールデンレコードの言葉を借りて、「私たちがいなくなってもなお、この記録は残り続ける」という解釈に、儚さと美しさを感じて、「生きた証を残したい」という意味の裏テーマもあったりします。「まだ見ぬみんなに届けたい」「そして生きた証を残していきたい」というメッセージにもなっています。

ーー偶然も重なりつつ、生まれたコンセプトなんですね。そこから『for ASTRA.』というタイトルが決まるまでの道のりはどうでしたか?

HACHI:タイトルはスルっと決まりました。メジャーデビューするにあたって、今までとはまた別のところに音楽が届く可能性を考えると、自分自身を“レコードを乗せたボイジャー”として考えて、惑星探査で星々を見つけにいく、届けにいく、というイメージから『for ASTRA.』が出てきました。

ーータイトルも含め、本当に今までとは規格外なんですね。

HACHI:私は自己肯定感が低くて。こんなちっぽけな自分でも歌を届けられるといいな、寄り添っていきたいなと思ったのが『Close to heart』だったんですけど、みんなの応援のおかげで全部自信に繋がって、「こんなに応援してくれているんだったら、大丈夫かもしれない」という気持ちになりました。みんなの応援があって今回メジャーデビューさせてもらえることになったので、自分でも届けられるんだという自信と、それに応えてくれるリスナーがいるということが、今回の攻めたコンセプト決めを後押ししてくれたと思っています。

HACHI 2nd Album『Close to heart』クロスフェード

ーー実際メジャーデビューが決まった時の感情というのは、不安よりも前向きな感情が大きかったんですか?

HACHI:そうですね。「ここまで期待してもらっているんだ、じゃあ頑張らないといけない」みたいな。たぶん前の自分だったら、「私なんかがいいのかな?」と思っていたと思います。でも、それを超えるくらいリスナーからいつも応援の言葉をもらっているので、「じゃあもう突き進んでいいんだ」って。なので、そういう意味ではメジャーデビューのタイミングもバッチリというか、もちろん不安もあるんですけど、その不安すらも消してくれるリスナーがいるので、自信を持ってこれからも続けていけると思っています。

“歌に集中できる環境”だからこそ陥ったスランプ

ーーアルバム制作時にこれまでと違った点などはありましたか?

HACHI:一曲にかける思いがさらに強くなったというのもあるんですけど、それ以外は本当にありがたいことばかりというか。純粋にチームの人数が増えて、チャレンジしたいことがあるとお任せできることが増えたのが本当に大きかったです。今までは少数精鋭でかなりカツカツでやってきたんですけど、今回メジャーデビューアルバムを作るにあたって、キングレコードさんからも手助けをいただきました。信頼してお任せすることのできる人が純粋に増えたことによって、自分が歌にかけるリソースが増えて、歌に集中できてありがたかったです。

ーーそこがメインというか、いちばんリソースを割きたい部分ではありますもんね。

HACHI:楽曲のコンセプトを噛み砕いて、自分のなかに落とし込む時間が増えたので、たとえば、アルバムを出す時にインタビューを受ける機会があるじゃないですか。その時に、前回よりも曲の話やコンセプトの話の解像度を高めて答えられるようになりましたね。

ーーたとえばどんなことをお任せしているんですか?

HACHI:事務的なところはほぼほぼお任せしています。あとは、音楽に精通されている方がかなり多いので、自分のわからないところというか、知らないところからのアプローチをもらえるんですよ。「この曲調はどうですか?」とか「今のめっちゃおしゃれですよ」とか、今までは自分の知識だけで進行していたところもあったので、新たな自分を見つられるのもいいところだなと思っていて。

ーーなるほど。

HACHI:キングレコードさんに所属できたことで、アニメ主題歌のお話をいただけたり、今までやってみたかったけどどうすればいいかわからなかったことに対して、窓口になっていただけているのが本当に助かっています。

ーーHACHIさんからアドバイスを求めたりすることもあったんですか?

HACHI:あくまで自然体というか、話の流れでさらっと返してもらうみたいな。とにかくみんな、すごく優しいんですよ。

ーーそこまでのチームワークを築いていける秘訣って何かあったりするんですか?

HACHI:ありがたいことに、皆さんが私の歌を好いてくださっていて、応援してくださっていて、チーム全体から感じられる熱意が強くて。私もそれに応えなくちゃ、という感情になっていったのがいいチームワーク、いい環境に繋がっているんだと思います。

ーーなるほど。先ほど「歌うことやコンセプトにリソースを割けるようになった」という話を聞いて思ったのですが、逆に時間をかけることによって思い詰めたり、考えすぎてしまうみたいなことはなかったんですか?

HACHI:めちゃくちゃありました(笑)。途中でスランプになってしまって、何を歌っても納得いかない、みたいな。周りの人は「全然大丈夫」とか「よかった」と言ってくれていても、自分に対してはめちゃめちゃ厳しい性格なので。今はもう直ったんですけどね。

ーーどんなことがスランプに陥ってしまった原因になったんでしょうか?

HACHI:今回のアルバムは、今まで歌ってきた曲調とは違うものがいくつかあるんですよね。そのなかには、これまで得意だったものと、なんとなく避けてきていたものがあって。前向きでアップテンポな曲調のものやかわいい感じの曲調のものに、今回チャレンジしているんです。自分のなかの理想の歌い方ってあるじゃないですか。「こういう曲はこう歌いたい」という理想があるなかで、自分の喉がついてこない、みたいな。自分が納得できないことがたくさんあって、一生追求しちゃうんですよね。

ーーどうやって落としどころを見つけられたんですか?

HACHI:……たくさん褒めてもらいました(笑)。最終的に、「みんながそう言うんだったら大丈夫かな?」と納得することができました。絶対にお世辞を言わない人たちというのもわかっているので、その積み重ねで最終的に納得ができて、スランプは抜け出せましたね。

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