なとり「ポップスを極めたい」 蔦谷好位置やimaseとのコラボによる広がり、変わらない信念を語る
じん、imase……表現の幅が広がったコラボ曲
――振り返っての話も聞ければと思うんですけれど、じんさんがギターとアレンジに参加した「絶対零度」はなとりさんの中でも最もロックに振り切った曲の作り方だったと思います。あの曲はどういうものを目指していたかを改めて教えてもらえますか?
なとり:じんさんの曲に僕なりのエッセンスをぶつけて作ってみたいと思っていて。自分はボカロカルチャーが大好きだし、じんさんの作品をたくさん聴いてきたから、その青春の音を僕なりに出力するというか。そういうことを意識して作りました。ボカロカルチャーに対してこういうリスペクトを持ってます、みたいなものを世に示せたかなっていう感触がありますね。
――「メロドラマ」に関してはどうでしょう? これはimaseさんとの共作ですが、どういう風に作っていったんでしょうか?
なとり:最初にサビを僕が作って、アレンジャーのShin Sakiuraさんと「こういうトラック感で作りたいです」っていうのを話した後に、バースを分けて。パートごとに、ある意味バラバラに作っているというか、お互いがやりたいことを出し切った曲だと思います。
――この曲では、なとりさんのどういう要素が引き出されたと思いますか?
なとり:これに関しては、わりと初心に戻っている感じがします。エモい感じというか。僕とimaseくんの、曲作りを始めた頃の最初の感覚というか、一番得意な部分を出し切って作ったという感じはあります。
――そもそも活動を始めたのも同時期なんですもんね。
なとり:そうですね。TikTokで活動を始めた初期の頃から、仲間というか、一緒にやってきた関係で。
――どういう出会いだったんですか?
なとり:僕がTikTokで一方的に知ってラブコールを送っていたら、imaseくんも僕のことを知ってくれて、相互でフォローし合っていて。ある時にインスタライブを僕がしていたら、そこにimaseくんも入ってきてくれて、「一緒にライブしませんか?」みたいに言ってくれたので、そこから仲良くなりました。当時は視聴者が10人いればいい方、という時期だったんので、本当に昔からの仲って感じですね。
――こういう風に出会った相手が同じタイミングで世に出て、しかも一緒にフェスのステージに立つみたいなストーリーに結実するって、なかなかないですよね。不思議な結びつきを感じるというか。
なとり:それはすごく感じますね。運命的なレベルというか、本当にドラマだなって思います。
――imaseさんが得意なサウンドの方向性はR&Bとかダンスポップの方向性ですけど、なとりさんにとってもグルーヴィな曲、R&Bテイストの曲っていうのは得意分野として認識しているんですか?
なとり:得意分野かもしれないですね。歌い方にR&Bの要素が入っている意識はあって。それこそShin Sakiuraさんの曲もたくさん聴いてきたから、そういう意味でも親和性が高かったのかなと思います。
――「絶対零度」「メロドラマ」「糸電話」という3曲を並べてみると、他の人とのコラボレーションとか、共同アレンジによって、なとりというアーティストの作風の幅が広がっているように思うんですよね。『劇場』というアルバムは自分の脳内で完結するものを箱庭的に作っていた時期の作品だと思うんですけど、そこから他者との関わりを経て視野が広がったような感覚はありますか?
なとり:めちゃくちゃあります。前はアレンジも全部一人でやりたい人間だったんですけど、やっぱり他の方に入っていただくことで自分の表現の幅が広がった。「メロドラマ」も僕のトラックでやるとこういう曲にはなっていなかったと思います。もっとダークな曲になりそうなイメージがあったんですけど、Shin Sakiuraさんとimaseくんが入ってきたことによって、ちゃんとエモい、人の感情の琴線に触れるようなポップスになった。自分じゃできなかったことができるようになったことも自信にもつながったし、やってよかったなと思います。
「陰キャのヒーローでありたい」
――アルバム『劇場』をリリースしてからの9カ月って、どういう期間だったと思いますか。
なとり:新しいことをいろいろさせてもらった期間という感じがします。ある意味、なとりの第2章が始まった感じはありますね。ライブも初めてやりましたし、アニメや映画のタイアップもいただけたし、楽曲提供とかいろんなことをさせてもらって、進化してるなっていう感じはありますね。でも、その変化に流されすぎない部分も絶対に必要だなって思うので。変わらないものを作らないといけないなってことも、今すごく思ってます。ある意味、嬉しい気持ちと危機感を両方感じてる時期ですね。
――変わらないものって、どういうものですか?
なとり:やっぱり楽曲の方向性ですね。自分はあくまでもボカロカルチャーが好きで、ネット文化から生まれてきた人間っていう意識だけは絶対に忘れないようにしたい。でも、ちゃんといろんな人に届く曲を作るっていう意味ではたくさん変化していってもいいと思うので。大事にしたいのはその二軸かなと思います。
――自分がどこから来てどこへ行くのかみたいな、そういうものをしっかり持ってないと足元を見失っちゃうぞ、みたいな。
なとり:そうですね。見失わないためにも、今は足場をちゃんと作る時期だなと思ってます。
――曲によってモチーフとかテーマはいろいろだと思うんですけれど、いろんな曲を書いていく中で共通する自分なりの歌いたいことってどういうものだと思いますか。
なとり:結局、自分は常に陰キャの味方というか、そっち側の人間なんですよ。例えば何人かいたら、なかなかモノを言えない、うまく意思を出せない。そういう人に対して、お前はそのままでいていいんだぞっていうのを伝えたい。陰キャのヒーローでありたいというのはありますね。曲を作る中でも、お前らの味方だぜって言える曲を作りたいとずっと思ってるので。それが一つ変わらない部分なのかなって思います。
――「陰キャの味方でありたい」というのは?
なとり:ボカロ文化って、マイナスはマイナスのままでいていいんだぞって背中を押してくれるようなイメージで僕は捉えていて。僕は陰キャなんですけど、陰キャってどうしても変わろうとするというか、普通の人に憧れるんですよ。でも「お前はそのままでいていいんだぞ」って言ってあげられるようなリリックを書いてきたかなと思ってますね。
――ただ、映画の主題歌だったり、ポップスとして開けたものになると、聴く人の幅も広いですよね。そういうふうに自分の音楽の受け取られ方が変わってくる中で、表現の落とし所についてはどんな風に考えますか?
なとり:歌詞とかに関しては、真っ直ぐに言わないというか、基本ネガティブ思考で書いてるというところもあって。「糸電話」でも、ずっと明るいわけではなくて、ちゃんと暗い部分というか、自分のめんどくさい意識が出てると思っていて。僕と同じようなマインドを持っている人はわかってくれるんじゃないかな、という気持ちで書いてます。
――楽曲には単純に手と手が重なり合うような瞬間だけでなく、そこに対してのためらいのようなものも描かれているように思います。
なとり:基本、ひねくれながら書いているというのはあると思います。ストレートに背景が浮かぶ言葉は使わないようにしていて。でも、僕は同じマインドを持つ人には絶対に伝わるっていう感覚があるので。
――先ほど名前が上がったスピッツにしても、米津玄師さんにしても、ポップスでありながら、マイノリティ側の視点が色濃く歌詞にはあると思います。それと同時に大衆に開かれた表現でもある。そういう意識や感覚はたくさんのアーティストに受け継がれているんじゃないかとも思います。
なとり:100%の明るさっていうよりも、60の明るさに対して40の暗い色で染めるみたいな。そういうのはみんな無意識にあるのかなって思います。米津さんの「がらくた」に〈30人いれば一人はいるマイノリティ いつもあなたがその一人/僕で二人〉という歌詞があって。「これなんだよな」と思ったんです。そういうものを言葉にしていきたいなって思います。
――わかりました。最後にライブについても聞かせてください。10月に横浜と大阪で初のホールワンマンがありますが、今はどんなことを思っていますか。
なとり:1stワンマンが『劇場』っていうタイトルだったんですけど、今回は『劇場~再演~』というタイトルにしていて。アルバム『劇場』の制作を経て思ったこととか、ある意味、進化した部分をちゃんと引き出せたらいいなっていう思いが一番強いです。『劇場』を出してから楽曲の振れ幅も広がったと思うし、それによってライブでの表現も変わるから、1stワンマンからの進化を見せられるライブになると思います。そういうライブにできたらいいな、しないといけないという気持ちで頑張ります。
◾️楽曲情報
なとり「糸電話」
配信日:2024年9月20日(金)
Streaming / DL:https://natori.lnk.to/thread_phone
◾️ライブ情報
『なとり 2nd ONE-MAN LIVE「劇場~再演~」』
2024年10月10日(木)大阪 オリックス劇場 開場18:00 / 開演19:00 ※追加公演
2024年10月11日(金)大阪 オリックス劇場 開場18:00 / 開演19:00
2024年10月18日(金)神奈川 パシフィコ横浜 国立大ホール 開場18:00 / 開演19:00 ※追加公演
2024年10月19日(土)神奈川 パシフィコ横浜 国立大ホール 開場17:00 / 開演18:00