中村さんそ、“かわいい×ポップ”はハイブリッドに拡張する ベッドルームとフロアで揺れ動く絶妙な意匠

 インターネットを中心に活動するシンガーソングライター・中村さんそが7月3日、自身初のベストアルバム『中村さんそに魅せられて』をリリースした。彼女は今までに自主制作によるオリジナルアルバムを6枚発表し、そのほかにもシングル、EPなど数多くの作品を残している。今作は、その中から厳選された楽曲で構成された集大成だ。さらに、今作で初めて収録される楽曲「ぐ~る・ぐるーゔぃ」は、以前から中村さんそがリスペクトを表明する emon(Tes.)によるものだ。

 さらに、7月13日には東京・clubasiaでレコ発ワンマンライブ『中村さんそが消えなくて』が開催され、クリエイターのnyankobrq、DJとしてnaePi-YOが出演する。本イベントにはemon(Tes.)も参加する予定だ。また、会場でのベストアルバム購入者へはチェキ+アウトストアイベントも準備されている。

 彼女が音楽のコンセプトとして掲げ続けてきた“かわいい×ポップ”とはいかなるものなのか、本稿ではベストに収録されている楽曲を中心に振り返ってみる。

 今回のライブ会場がasiaであることから分かるように、中村さんその音楽はダンスミュージックと無関係ではない。というより、インターネットミュージックがフロアと密接に関係している。たとえばボーカロイドの楽曲の中にはハウスやエレクトロなどから引用(八王子Pの「fake doll」(2012年))が見られたし、EDM以降はビッグルームの趣を持ったもの(kzの「Hand in Hand」)が出てきた。

 中村さんそが2018年にnyankobrqと共作でリリースした「カカレ!」も、2ステップ的なリズム感を持ったダンスナンバーだ。tofubeats登場以降のシティポップ感を内包した2019年リリースの「わがままが言い足りない」、「#生きてるだけで正解」「ロンリネス_ロンリネス」といったfuture bassやトラップのニュアンスの楽曲など、さまざまなダンスミュージックで“かわいい”を表現してきた。

中村さんそ - わがままが言い足りない(OFFICIAL)

 彼女の“かわいい”の感覚が加速・拡散されたのは、個人的な感覚では2020年のコロナ禍によるロックダウン以降のように感じている。我々がホームに引きこもってから、インターネットを通じてさまざまな“かわいい”を目にしてきた。たとえばVTuberのブレイクとコロナ禍の関係を結び付ける言説は今日までに多く生み出されたが、以来我々はネットの海からあまたの“かわいい”を目撃している。犬や猫などの動物由来のものから、皇女やメイドといった人的属性を付与されたものまで、実に多くの“かわいい”が生み出されてきた。

 それらのイメージは攪拌され、そこから生み出される音楽はさまざまな領域からリファレンスを持ってきており、折衷的なニュアンスを孕んでいる。2017年6月に渋谷のLOUNGE NEO(現在は閉店)でローンチしたパーティ『暴力的にカワイイ』(以下、『暴カワ』)は今やシーンにおける重要なパーティだが、ラインナップされているアーティストの多くがインターネットやバーチャルと関係が深い。彼ら/彼女らがやっている音楽を並べても、やはり特定のジャンルに依存していないことが分かるはずだ。

 中村さんそも出演した、2023年10月にお台場の特設会場で行われた『暴カワ』のラインナップを見てみよう。Yunomi、KOTONOHOUSE、Taku Inoue、TORIENA、Nor、Snail’s House…。確かに「kawaii future bass」を基軸にしているように見えるが、多くの音楽的要素を見出せるはずだ。そして、そんなシーンの中で中村さんそも凄まじいスピードとエネルギーでもって、まさしく“暴力的に”「かわいい」を進化させてきた。

 中村さんその歌詞世界にもそれは顕著で、2021年リリースの「moremoremore」は〈もっとしりたい〉〈ぜんぶしりたい〉と他者に対する知識欲を発散させながら、同時に〈だれかがつくったるーるに てとてをあわせたりしない〉〈だれもがえらぶせかいに やすやすあたまをさげたりしない〉とある意味で社会のルールやマイノリティを否定している。そのアンビバレンスで矛盾した感覚も、彼女の“かわいい”は飲み込んでゆく。中村さんそが掲げる“かわいい”は、表面的な可愛さを表すのではなく、人間が持つ弱さや狂気、ネガティブな面までも包み込み全肯定する言葉として、その意味を拡張し続けてきた。

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