月9ドラマ『君が心をくれたから』の音楽はどう作られた? 松谷卓が広げる物語の世界
現在放送中の月9ドラマ『君が心をくれたから』(フジテレビ系)。永野芽郁演じる逢原雨と山田裕貴演じる朝野太陽によるファンタジーを交えたラブストーリーが描かれている。主題歌は宇多田ヒカル「何色でもない花」、そして同じくドラマを彩るのが松谷卓による劇中音楽だ。松谷は『大改造!!劇的ビフォーアフター』テーマ曲・挿入曲で一躍名を知られ、映画『いま、会いにゆきます』『君の膵臓をたべたい』などの音楽を手掛けてきた。今回リアルサウンドでは、『「君が心をくれたから」オリジナル・サウンドトラック』の発売を機に、松谷にインタビュー。映画とドラマでの音楽制作の違い、今作で描いたこと、これまでのキャリアにおける転機などを聞いた。(編集部)
ドラマ音楽で感じた、シーンの制約がない自由さ
――松谷さんはこれまでに映画音楽を数多く担当されていますが、今回の『君が心をくれたから』(フジテレビ系)は連続ドラマ、それも数々の名作を生んできた月9枠の作品です。最初にお話を聞いたとき、どのように感じましたか?
松谷卓(以下、松谷):実は長いこと曲を書けないだけでなく、音楽を聴くことさえ辛いというところまで(気持ちが)落ちていました。だから声をかけていただいたときには、嬉しいと同時に本当にやれるのかという心配もありましたね。これを機に、自分はきちんと音楽に復帰しないといけないという覚悟を持って受けさせてもらいました。そんなこともあってドキドキでしたね。
――そのような状況だったのですね。
松谷:2023年の一年間はどうやって復帰しようかということを徐々に考え始めていた時期でした。一方で音楽に触れていなかった期間があったからこそ、新たに自分が感じられるようになったこと、見えてきたこともたくさんありました。自分の音楽に対しての意識も大きく変わりましたし、もっと大げさに言うと、やっと自分の音が聴こえてきたという気がします。
――これまでは本意でない音もあったということですか?
松谷:本意でないというよりは、音が何を表せるのか、音楽から何を伝えられるのかを自分自身が感じ取り切れていなかったように感じます。でも、たとえ意識がたどり着いてなくても、今までの作品の中に込められていた自分を感じられましたし、さまよいの中でもがいて表そうとしてきていたのだろうなと振り返れば感じられます。今回の作品は、ようやく自分がここにいるという感触の上で「どうやって音楽を作るか」と向き合うことのできた最初の作品かもしれません。だから、自分自身が音で表せること、音楽で伝えられることを受け取った上で、「どうやって音楽を作るか」と向き合う最初の作品になったと感じています。
――今回、『君が心をくれたから』の音楽を作る上で、ドラマと映画における違いのようなものはありましたか?
松谷:映像があらかじめあるかないかですね。映画の場合は脚本だけでなく映像から読み解くことも大切ですが、今回のドラマの場合は脚本から読み解くものに集約されるのが難しい部分ではありました。
――なるほど。ドラマは撮影に合わせて脚本ができてくるし、放送と同時に撮っていくことが多いので、概要だけで音楽を作ったということですね。
松谷:映画の場合は、シーンに合わせて「何分何秒に流れる曲」というように作っていくことが殆どです。その代わり、(ドラマでは)シーンの制約がない自由さは感じました。具体的に決められたテーマやニュアンスのリストに合わせて、自分が何を出せるのかということになるのですが、そこは自分でも分からないので、まずは素直に曲作りをさせてもらってから監督さんに反応をいただいて調整していきます。そんなわけで、音楽がシーンにどのようにハマるのか分からない中で自分でも迷ったり理解しきれない部分もあるので、監督さんの言葉を信じながら作らせていただきました。
――いわゆる復帰作一本目で、今までと違うことをするというのは、どんなお気持ちでしたか。
松谷:楽曲の長さや進行に自由があることは、救いでもありました。イメージに余白があるという点は助かった部分でもあります。実は最初のデモを作った段階から監督さんの反応がすごく良くて。曲を作って仕上げるごとに、「お願いしてよかった」と言っていただけたので、その言葉に救われましたね。
――作中では天気が重要なモチーフになっていて、そこが音楽にも大変よく表れていると感じたので、映像を見ずに作曲されたことに驚いています。制作の中で意図したことはありますか?
松谷:ありませんね。……そう言い切っちゃうのもおかしいかもしれないですけど(笑)。台本から景色は想像しても、実際どうなるのかはやはり映像を観てみないと分からないので、あまり深く考えすぎないようにしました。それよりも、登場人物の思いや気持ちを全部受け止められる音楽でありたいというのが素直な気持ちです。
――悲しいシーンでも嬉しいシーンでも受け止められる奥行きがある、ということでしょうか。
松谷:それが映像と音楽が合わさる面白さだし、素敵なところだと思っています。映画音楽での経験では、音楽を入れるタイミングを1秒変えるだけでも映像から感じられることは変わってくるんですよ。それはポジティブな意味での“魔法”のようなものだと思っていて。だから今回も、イメージを限定するような音楽ではなく、許容を持って想いや気持ちをより深く感じられるような、世界を広げられるような音楽でありたいと願っていました。
――そのような「余白」を表現する上で、テクニカルな部分で意識したことがあれば教えてください。
松谷:テクニカルなことはあまり考えていないんです。ただとにかくメロディをどうやって紡ぎ出すかは自分でも大事にしているところで、まずは自由に弾いて録り溜めて、魅力を感じる部分をピックアップして貼り付けて音楽を構築していくぐらいです。それをいろんなテーマに当てはめてアレンジしていった結果、こういう作品になりました。
――曲作りの中で、監督からのリクエストはありましたか?
松谷:基本的に全ての曲で意見交換しながら作っていきました。CDに収録されなかった曲ももちろんあるし、それぞれの曲に対して特に伝えたい思いがあるものに対してはバージョン違いでも作りましたね。幸いなことに、監督さんも僕の表すものを自然と受け止めてくださった上で、「もうちょっと、こういうものを表現したい」という希望も伝えてくれたので、それに対してデモを繰り返し作っていった感じです。
――今回のサウンドトラックの中には、『君が心をくれたから』の登場人物をイメージしたテーマソングのようなものもあるのでしょうか。
松谷:“雨(永野芽郁)のテーマ”“太陽(山田裕貴)のテーマ”のように作った曲もあります。たとえば「雨の優しさ」という曲は、自信を持てない過去を持った彼女の思いに対する音楽が欲しいということだったので、そのために作りました。これまでの放送の中で、「雨の優しさ」をすごく効果的に使ってくださっているんですよ。
――改めてご自身の曲が起用された映像を見たときに、雨役を永野さん、太陽役を山田さんが演じていることへの印象はいかがでしたか?
松谷:自分の音楽の中で2人の姿をずっと眺めていられるのは幸せというのが正直な気持ちです。実は撮影の見学に行かせてもらった時に、山田さんと直接お話する機会がありましたが、音楽をすごく気に入ってくれていました。きっと作品に対しての思いという意味では、音楽からのアプローチと山田さんのイメージが一致する部分があったのではと感じました。また、役としての太陽だけでなく、山田さん自身の中にある優しさや思いの深さがすごく伝わってきて、それが太陽にも宿っている。ドラマを見ていてそう感じるので、本当に太陽役が山田さんでよかったと思うし、雨役も永野さんでよかったなとすごく思います。