藤あや子、亡き恩人に捧げたカバーアルバム制作秘話 中島みゆき、山口百恵、谷村新司らへの想い

谷村新司さんにも本当に聞いて欲しかった

ーーアルバムのタイトルは『喝彩』で、『彩』という字が使われています。

藤:「彩」は、私のペンネームでもありますし、「いろどり」と読むこの字がとても好きです。ソニーのスタッフさんからも、中国では「喝采」ではなく「喝彩」とも書くと教えてくださって。これを機会に中国に進出するのもいいなと(笑)。それに選曲も多彩ですし、全てにつながると思って。

ーーでは、収録曲についてうかがっていきますが、ラストに収録されている「喝采」は、ギターと歌だけの歌唱です。一人ひとりの人生に対して、「それで正解だよ」と肯定してくれるような、拍手喝采を送ってくれているような感覚がありました。

藤:そう感じていただけて、うれしいです。私も「それでいいんだよ」と言っているように感じました。悲しいだけの歌ではないので、どれだけ苦しい思いや悲しい思いをしても、自分はこうして歌っているんだよと、自分の人生ともすごくリンクしましたし、そう感じていただける方が多いことを、今回歌って改めて感じました。あの当時ちあきなおみさんが歌われた「喝采」から、解釈というか感じ方に広がりが生まれたんじゃないかと思います。当時は、なんて悲しい歌だと思っていたのですが、今回歌ってみて、この歌は悲しみだけじゃなく、それを乗り越えた自分を応援している歌でもあるのだと思いました。特にこの歌を歌唱した時は、悲しみや悩みを抱えている人、戦地にいる人、独りぼっちの人、そういう人の慰めになって、「大丈夫、まだがんばれるよ」というメッセージを感じ取ってほしいと、すごく思いました。

ーー中島みゆきさんと山口百恵さんからは、多大な影響を受けたそうですね。

藤:大好きなお2人です。

ーー中島みゆきさんの「海鳴り」は、世界観が壮絶ですね。

藤:はい。この歌は十代の頃に聴いた曲です。女子校で、親にも言えないような悩みを抱えていた多感な時期で、今思えば些細な悩みでしたけど、その頃の自分にはすごく大きくて。同じ悩みを抱えた友だちと、慰め合いながら聴いたのがこの曲でした。

ーー中島みゆきさんの楽曲は、悲しい時は悲しいまま、とことん悲しむという。

藤:そうそう。「泣きたい時は中島みゆきさんを聴け」と言われたほどです。学校帰りにいつもみんなで、「今日もみゆきさんで泣こう!」と言って友だちの家に集まって、カーテンを閉め切った暗い部屋で、みんなで泣きながら「海鳴り」を合唱した思い出があります(笑)。そんなところから、「海鳴り」は私が選ばせていただきました。

ーーアレンジがすごくて、ヴァイオリンのイントロから引き込まれました。

藤:「これ何の曲?」と思いますよね。シンプルな楽曲ですので、アレンジャーさんも作り応えがあったと思います。まさか「いきなりヴァイオリンできたか!」と思って、とてもドラマチックで驚きました。

ーー各曲のアレンジはどう思いましたか?

藤:正直ボーカル録りの時は、100%アレンジが完成しているわけではないので、ベースとなる雰囲気だけを聴いて歌っています。私はアレンジがどうということは関係なく、イントロが鳴った瞬間スコーンと歌の世界に入ることができるので、アレンジができていてもいなくても、あまり関係ないみたいです。ただあとで完成したものを聴いて、「こうなったのか!」と、どの曲もとても驚きました。

ーー「Far way」も藤さんが選ばれたとのこと。今年亡くなった谷村新司さんが1988年に歌われた曲で、藤さんのブログでも「聴いていただくことができなかったのが残念だった」とコメントしていらっしゃいました。この曲自体、遠くにいる人への思いを歌っていますし。

藤:ちょうど「Far away」をEDITしている時に、谷村新司さんのニュースが飛び込んできました。この曲と、旅立たれた谷村さんがつながってしまって、あまりにもタイミングが重なって鳥肌が立ちました。本当に聴いてほしかったです。

ーー谷村さんとは『NHK紅白歌合戦』でもよくご一緒されていましたね。

藤:はい。個人的な交流があったわけではありませんでしたが、いろんな番組で共演させていただいて、穏やかでとても優しくて佇まいが本当に素敵な方でした。この曲も、遠くから見守ってくださっているような歌で、とても大好きな曲です。

ーー谷村さんというと「昴-すばる-」や山口百恵さんが歌った「いい日旅立ち」などもありますが、なぜ「Far way」を選ばれたのですか?

藤:もともと水越恵子さんが歌われていた曲(原曲タイトルは「Too far away」)で、その後、谷村さんがカバーされたんです。最初に水越さんの歌を聴いた時は、彼女の歌い方や声が好きで、とてもおきれいな方でしたし、単純に私が水越さんのファンだったんです。それで「いつかカバーしてみたいな」と思っていたので、今回がそのタイミングだと思って案を出させていただきました。

ーーレコーディングはいかがでしたか?

藤:楽しく歌えればいいのですが、そこはプロに徹して。とにかく音は正確に、うろ覚えだった部分をきっちり間違わないように、指摘された部分をチェックしながらでしたが、歌っているとだんだん気持ちが入ってしまうんです。なので歌うというよりも、思いが溢れてしまって。これは「Far way」に限らず「喝采」もそうで、「ちゃんと歌わなきゃ」と思うんですけど、歌えなくなってきてしまうんですね。でも河西さんを弔う作品でもあるから「それでいい」と思いましたし、猪俣先生や南こうせつさんがおっしゃっていたことも、こういうことでもあるのかなと思いました。

ーーそういう歌だからこそ、とても胸に響くのでしょうね。

藤:ありがとうございます。ただ河西さんの選曲の幅広さには、本当に驚かされました。まさか郷ひろみさんの「ハリウッド・スキャンダル」を歌うとは、思ってもいませんでした。何度も原曲を聴いていると、モノマネをしてしまいそうになったり(笑)。1曲目の「街の灯り」もそうですけど、作られた方が大御所の作家さんだらけで、「え!この方が書いていたの!?」という驚きもありました。「街の灯り」の作詞は阿久悠先生ですし、「なるほど、良い曲なわけだ」と妙に納得しました。こういう巨匠の方の楽曲は大作というイメージがありますけど、こういったさりげない、ふっと鼻歌で出てきそうな歌も作られていたんだなって。よくよく聴くとすごく切ない歌で、今の時代にはなかなかない深みがあるなと感じます。

ーー「街の灯り」は、河西さんから1曲目に収録してほしいというリクエストがあったそうですね。

藤:はい。実際に歌うまでは、こんなに切ない歌だとは思っていませんでした。だって、あのコミカルなホームドラマ『時間ですよ』の挿入歌だったんですから。いい歌であることは分かっていたけど、こんなにピュアで切ない歌だったんだと。それにこの曲が表している、街灯がポツポツと点き始める時間も好きなんです。学生の時は夕方電車に乗っている時、お家の灯りを観ながらいろいろ想像したものです。「あのお家は子供が2人くらいいるのかな」「あのお宅の夕食は何だろう」など。ちょうどこのくらいの時間帯は、想像力をかき立てるんですね。そういうことも思い出して、確かに夕方って切ないイメージもあるなって。「グッド・マイ・ラブ」もすごくいい曲で、作曲が平尾昌晃先生、作詞がなかにし礼先生で、「やっぱり!」って。当時と今では捉える感覚が少し違っていて、「こんなに悲しい歌だったのか」と感じた曲が多かったです。

ーー自分の人生経験によって、言葉の奥にある気持ちが分かるようになるんですね。

藤:そうです。小坂明子さんの「あなた」だって、「あんな素敵なお家に住めたらいいな」と子ども心に思っていましたけど、「このお家に“あなた”はいないんだ!」と気づいて。ぽっかり穴が空くような感覚で、「こういう歌だったんだ!」と。そういう楽曲の本当の気持ちに気づけて、そういう曲をたくさん歌えて、本当に良かったと思っています。

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