なぜフォークシンガーがフリースタイルバトルに挑戦? 死神紫郎が明かす、呂布カルマからの影響
弱さの中に隠れている強さに気づけるかどうか
――2021年にはラッパーとして初めての作品「執念のラップもういっちょ」をリリースしています。この曲はどのように生まれましたか?
死神紫郎:これも呂布さんがきっかけなんですけど、彼がX(Twitter)に「おっさんこそラップで言いたいこと言ってみろ」みたいな投稿をしていたんですよ。その言葉に背中を押されて、まずは1曲ラップの曲を作ることを宣言しました。
――今までの楽曲と制作方法も変わると思いますが、どんな風にラップを作り始めたんですか?
死神紫郎:あまり知識がなかったので、打ち込みでビートを作るのではなくて、まずはギター伴奏で作ろうと思いました。当時もまだ自分の中でラップに対する偏見が残っていたので、「真に自主独立するなら、ビートも自分で作ってラップしろよ」って思ってたんです。ビートそのものにも責任感を持って音楽を発したかった。それを体現するならビートメイカーに依頼するのではなく、自分でビートを作って、なんならリアルタイムに自分で演奏しながらラップをしたいなと思ったんです。そうすると生演奏ならではの面白さも出せるじゃないですか。だから最初はギターでラップをすることにしたんです。
――確かにライブでは、その場で演奏したギターのフレーズをループさせて、そこにラップを乗せていますよね。リリックはどのように作ったんですか?
死神紫郎:他のラッパーの曲を聴いていると、みんな「俺はこういう人間です」っていう自己紹介が上手だなと思ったんです。だからまずはその流儀にのっとって、自己紹介するリリックを書けたらいいなと思って、1日4行の歌詞をX(Twitter)に投稿して、リリックを作って貯めていきました。
――その投稿がそのままリリックになったんですか?
死神紫郎:大体そのままですが、MCミチさんという方にディレクションに入っていただいて、言葉の並びを変えたり、てにをはを削ったりして、リズムを整えてもらっています。彼は今も自分のラップをディレクションしてくれていますね。ミチさんとは、映像作家の愛は0秒天使弾道ミサイル を通じて知り合ったんですが、「FEEL」という楽曲のMVを見たときに、非常に丁寧にラップする人だなと思ったんです。ピッチが良くて、ビシッと作り上げられている感じを受けたので、そこに惹かれました。ミチさんも自分が2020年にリリースした「人間樹海」というフォークの楽曲を聴いて気に入ってくださったみたいで、天使弾道ミサイルと3人でミチさんの家に集まったりしてたんです。そうしたらミチさんが「ラップ教えますよ」って言ってくださったんですよ。
――どんな風に教わったんですか?
死神紫郎:まずはラップ独特のノリやリズム、そこからフローと呼ばれる節回しとか、歌ってはフィードバックの繰り返しで基礎からみっちり鍛えてもらいました。ミチさんは正直に採点するんですよ。最初に自分が歌ったのを聴いてもらったときは、「死神さん、いいんですけど、今のは30点ですね」って言われました(笑)。歌詞とかラップでやりたいこと自体は面白いと思うし認めるけど、ラップとしては30点だと。じゃあそれを早く80点にしようと思ってスイッチが入った感じでしたね。
――先ほど遊びでフリースタイルをやったときにはすぐ止まってしまったというお話もありましたが、ゼロからラップを始めるのは、メロディのある歌を歌うよりもハードルが高いように感じます。その辺りの苦労もあったのではないでしょうか。
死神紫郎:そこはミチさんの力を借りて、自分の歌いやすいテンポ感と、声にフィットしたキーを見極めてもらいました。半音ずつギターの音を上げていって、自分の声に一番フィットするのはどこのキーなのかを何パターンも試してみたりして。そのうちに、自分にできるラップが徐々に出来上がっていった感じです。
――すごく時間をかけたんですね。
死神紫郎:そうですね。ラップの練習とビート制作を並行してやったので、「執念のラップもういっちょ」は完成するのに4カ月かかってます。練習して、30点が80点になったらレコーディングをして、残り20点はレコーディング中に細かいディレクションをしてもらって補うという流れでした。
――ラップについて、ファンの方からの反応はどうでしたか?
死神紫郎:古い時期からファンでいてくれている方からしたら、「また死神紫郎が何かをはじめたな」って感じだったと思います。自分は今まで、カラオケを流しながら歌ったり、太鼓叩き語りというのをやったり、ときには踊ってみたり。わりと無茶苦茶な変遷をしてるんです。だからさほど驚かなかったと思います。受け入れてくれて面白がってくれる人の方が多かったですね。
――だから新しいスタイルを取り入れることも怖くなかったんですね。
死神紫郎:一番危険だなと思うのは、自分の心がワクワクしないものを惰性でやることだと思うんです。チャレンジ精神に常に火をつけてくれるものを、矛盾を恐れないで遊べるかどうかが非常に重要なんです。だから「これをやったらどう思われるだろう?」という考えや恐れはないですね。
――楽曲の制作面において、今までの音楽とラップにはどんな違いを感じてますか?
死神紫郎:フォークの楽曲は俯瞰的に書いていました。何かの状況を別視点で描くというか。でもラップは「俺はこうだ」という主観的なことを書くことが多いです。だからまず歌詞の書き方が違いますよね。自分は馬鹿の一つ覚えというか、曲の作り方で良いものを一つ見つけるとずっと繰り返してしまう癖があるんです。そこにラップっていう全然違う作り方が入ってきたから、今すごく新鮮に感じています。「こんな曲、今まで書いたことなかったから、これからまだまだ書けるな!」っていう気持ちになって、今はラップの曲をスイスイ作ってますね。
――現在までに4作品ラップの楽曲をリリースしていますが、制作の方法は最初と比べて変わりましたか?
死神紫郎:最初はビートも自分で作らなきゃって思ってたんですが、2022年にリリースした2作目の「冷蔵庫」からはビートメイカーに参加してもらっています。あるとき呂布カルマさんに、「ビートメイカーが作ったトラックでラップしてみたら面白いんじゃない?」って言われたんですが、自分はビートメイカーの知り合いなんていなかったので、呂布さんのCDのクレジットを見て、好きな曲のビートメイカーを調べたらほとんどがMr.蓮さんとDJ Whitesmithさんだったので、これはと思って、そのお二人呂布さんに紹介してもらいました(笑)。
――自分以外の人が作ったビートでラップするのはどうでしたか?
死神紫郎:やってみたら、これもまた面白いんですよ。全く自分が予想していない雰囲気の曲が来るから、「さてこのお題に対してどうラップしようか?」という気持ちになるんですね。シンガーソングライターって、常に自分が想定している曲を作るじゃないですか。こういうコードをギターで弾くから、こういう歌を乗せるってわかっちゃうし、作り方もパターン化しやすいんです。でも他人が作るからこそ、全く予想しない曲調が出てくるんですよ。
――ビートを作ってもらうときに、リクエストは出すんですか?
死神紫郎:大まかなリクエストは出しますが、「こういう曲を作ってください」とか具体的なことは言わないです。ビートメイカーさんによっては好きな曲を聴かれたりするので、そのときは答えますけど。
――たとえばテンポ感とか、「暗い感じで」みたいなニュアンスを伝えたり?
死神紫郎:いや、テンポも聞かれないと伝えないですね。基本的には解釈を広げやすそうなキーワードや絵とかを送って、「このキーワードや絵から情報をキャッチして作ってほしい」とお願いしたりしてます。それでいくつかデモをいただいた中で、何かしらの映像が頭に浮かんできた曲を選んでますね。自分は昔からいい曲が作れると映像が浮かぶんですよ。バンドとかで練習してるときも、いいアレンジができたら「今、海が見えた!」と感じたり。それと同じ感覚で、トラックを選んでます。
――ラップの世界を知ったことで、ご自身の音楽活動に何か影響はありましたか?
死神紫郎:まず、ライブでお客さんに言葉を届けるという意識が強まりましたね。先ほども話しましたが、呂布さんのライブでは言葉が起立しているんです。お客さんの席に、1フレーズ1フレーズを、ストン、ストンと丁寧に置いていっているような感覚で、雑に流れていかない。それが非常に美しいなと思ったので、自分も言葉を置くことに意識を向けるようになりました。これはラップだけではなくフォークの曲も同じですね。今まではメロディとリズムに集中していて、どちらかというと曲全体の流れをどう上手く運ぶかとか、自分がこういう演奏をしたいからこう見せたいとか、そういった部分への意識が大きかったんですが、ラップをするようになってからは、言葉をどう響かせてどう届けるかをよく考えるようになりました。
――フォークの楽曲にラップが影響することはありますか?
死神紫郎:実はラップを始めて以来、フォークの曲は1つも作ってないんですよ。というのも、ギターは30年弱弾いてきているので、ラップの経験が圧倒的に少ない。これから真にラップとフォークの融合を目指すなら、ラップのスキルをフォークに追いつかせないといけないんです。だからまずは徹底してラップをやりこんで、ラップの技術が追いついてきたらフォークとラップの融合を目指していきたいと思ってます。何かのジャンルを取り入れた音楽って割とあると思うんですが、自分は取り入れるんじゃなくてガチでやりたい。ガチでやったもの同士を組み合わせたときに、強くたくましいものが生まれるんじゃないかなと思うんです。だから今はフォークの曲を作れていないですが、それは将来を見据えたビジョンなんですよね。自分は死ぬまで現役で音楽活動をすることが目標なので、来年で音楽活動を始めて20周年になりますが、30年、40年とその先のビジョンを描いています。
――最新のラップ曲「独白」は、ご自身の人生の集大成にも感じる作品でした。手ごたえはどうですか?
死神紫郎:「独白」は、これまで作ったことのない作品だなと思っています。初めて披露したときからお客さんの反応が良くて、ライブで特定の曲が喜んでもらえるというのは今までになかったので、ありがたいですね。
――リリックの中では、ご自身の幼少期の苦い思い出や、直近の病気など、弱い部分を曝け出しています。今このタイミングで、こういったリリックを書いたのには何か理由がありますか?
死神紫郎:少し時期は遡るんですが、2019年にリリースした『さよなら平成』というアルバムを、音楽評論家の岩田由記夫さんに聴いていただいたとき、「マイノリティ視点での優しい曲もあるといい。死神さんならそういう曲も書けるんじゃないかな」と言われたんです。そのときは正直ピンとこなくて、真意が掴みきれなかったんですけど、去年の3月ごろ「冷蔵庫」のMVを作った時に、ヘアメイクを担当してくれた元資生堂のビューティーディレクター・上田美江子さんに曲の感想を聴いたら、「かっこいい部分ばかりが出ているような気がする。もっと弱さも曝け出した音楽の方がグッとくるわよ」って言われたんです。それが岩田さんの言葉とも繋がって、自分がすごいと思うクリエイターが2人も言ってくださるならやった方がいいだろうと。それでDJ Whitesmithさんのビートをいくつかもらって、イントロを聴いた瞬間に決めました。まるで「さぁ、お前の人生を語れ」って言われてるような出だしなんですよね。きっとリスナーの方も、あのイントロを聴いた瞬間に自分の人生について考えるんじゃないかなって。魂に響くビートだと思いました。
――死神さんが音楽を始めたきっかけとして、「男社会の中で強くなりたかった」とインタビューでお話ししていましたが、弱さと強さに対して、これまでの音楽活動やラップを通して心境の変化はありましたか?
死神紫郎:ギターを弾くのは強くなるためでしたが、結局強くなることはできなかったんですよね。強さと弱さって、じゃんけんみたいなもんなんです。物の見方や組み合わせ次第というか。「強さとは何か?」と考えたとき、パッと思いつくような、腕力、お金、権力みたいものって、挫かれることも非常に多い。全ての物事が、何かに対しては強いし、何かに対しては弱い。要は見方次第なんじゃないかなと思ったんです。だから自分の弱さの中に、何か強さを見出せたらいいなと。弱さの中に隠れている強さに気づけるかどうかが、人生を左右すると思うんですよ。それを誰が教えてくれるのかといえば、やっぱり自分の経験ですよね。
――今後の展望や、これからやってみたいことはありますか?
死神紫郎:興味があるのはコラボレーションですね。今まで自分は一人で作り上げることこそが、純粋で美しいものだと思い込んでいましたが、コロナ禍を通じて人と協力して何かを作る面白さを知ったのでやってみたいなと。ラップも、自分とビートメイカーと映像ディレクターで作っていますし、さらに言えばMV撮影時のメイクさんやスタイリストさんも含めて、自分が最強だと思う人を集めて作ると、自分自身も予想できない作品ができあがって面白いんですよね。だから、これからは自分が予想しないものとのコラボレーションをチャンスがあれば掴んでいこうと思っています。日本の古典的な何かとのコラボレーションとかもいいですよね。掛け算になるコラボレーションに可能性を感じています。