ポール・マッカートニー、グライムス……海外では一定の成果も AIによる音楽制作の“合法利用”を考える

 また、音楽分野でのAI活用については、先述した現行シーンの第一線で活躍するアーティストだけが注目しているわけではない。大御所アーティストのなかにもAIを活用しながら新たな音源制作に取り組む者もいる。その1人がポール・マッカートニーだ。

 今年6月、ポール・マッカートニーは英・BBC Radio4の番組『Today』に出演し、AIによる音源分離を使用してジョン・レノンの歌声を抽出、The Beatlesの“最後の曲”を完成させたと明らかにしている。AIによる音源分離は、すでに音楽分野においては最もポピュラーな活用法のひとつになっており、DJソフトやオーディオリペアツールのほか、LINE MUSICなど音楽プラットフォームのカラオケ機能でも活用されている。さらにこの技術は、現在の音楽制作の現場においては、Apple MusicやAmazon Music Unlimitedといった音楽ストリーミングサービスで配信されている「空間オーディオ」フォーマットの音源制作にも活用されている。

 このようにAIを音楽制作ツールとして使用する方法はほかにもある。例えば、ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)が開発するFlow Machinesや、OpenAIの大規模言語モデル GPT-4を搭載したDAW・WavToolなどは、人間の作曲をAIが手助けするアシストツール。これらのツールでは、AIの提案をユーザーが取捨選択しながら楽曲のフレーズやビートなどの作成が可能だ。また、人間の声質・癖・歌い方を高精度に再現する歌声合成ソフト CeVIO AI、画像生成などに使われるGAN(敵対的生成ネットワーク)を活用してドラム音を生成する技術 DrumGANを搭載したドラムキット制作ソフト Backbone 1.5など、すでに一般ユーザーにも手が届くように市販されているAI搭載音楽制作ツールは少なくない。

 一般的にAIを使った音楽と聞くと、“ボタンひとつでAIが自動で作る音楽”をイメージしがちだ。しかし、実際にはそういったものと、あくまで人間の作曲能力の補助やクリエイティビティの拡張を後押しするツールのふたつに大別できることが、先述の例からわかるだろう。

 音楽シーンでのAI活用に関しては、先述したAI脅威論とも言えるAIの台頭に対する懸念やAI音声カバーに見られた法と倫理面での問題など、ネガティブな要素も確かに見受けられる。しかし、その一方でデヴィッド・ゲッタのようにAIに可能性を感じるアーティストも決して少なくないはずだ。分散型音楽プラットフォームのAudiusでは、そういったアーティストに向けて、アーティストの権利を侵害することなくAI生成音楽を公開できる機能 AI Music Attributionを公開している。

 この機能では、アーティスト自身が自分の楽曲がAIの学習に使用されることを許可するか、あるいは拒否するかを選択できる。AIの特性を考えると、アーティストが自身のAIに対する意向を示しやすいシステムの重要性は明白だ。実際に、AI音声カバーが物議を醸した際、レコード会社のUMG(ユニバーサル ミュージック グループ)は、SpotifyやApple Musicなどに対して、アーティストの楽曲へのアクセスやその音源をAIに学習させることをブロックするように要請している(※3)。このような背景から、今後、AIを活用した音楽が権利侵害なしに広がっていくには、アーティストのAIに対する意向を尊重するシステムの導入がほかの音楽プラットフォームでも求められるようになることが予想される。

 長きにわたり音楽シーンで活躍してきたナイル・ロジャースは、昨今の音楽業界におけるAIの台頭に対し、シーケンサーやドラムマシンの登場が音楽の歴史における大きなイノベーションを起こしたことを例に挙げながら、テクノロジーを敬遠せずにうまく活用していく必要性について言及している(※4)。

 AIによって、失われるものはないとは決して言い切れない。しかし、その問題を認識しておくことでアーティストや音楽クリエイターは自身のクリエイティブのためにAIを有効利用できるはずだ。もしかしたら、それは人間である筆者の欲目に過ぎないのかもしれない。だが、今のところはその可能性を信じたいという気持ちが強い。そして、そうなることできっと音楽やそれを取り巻くシーン自体もさらに進化・発展していくはずだ。

※1:https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-64624525
※2:https://musictech.com/news/industry/grimes-ai-royalties-without-penalty-tweet/
※3:https://musictech.com/news/industry/universal-music-group-drake-ai-music/
※4:https://www.musicradar.com/news/nile-rodgers-avicii-ai

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