米津玄師、空想世界への旅のようなツアーファイナル 一対一で繋がるリスナーに伝えた“大丈夫”というメッセージ

 彼自身が“空想”を自分の核と認識しているように、米津がこれまでに発表した曲には仮想の街、架空の生物、どこかファンタジックな世界観を描いたものが多い。そしてそれらは歪だがピュアな存在として描かれていて、そこに米津にとって大事な何か、彼の思う美しさが託されていた。何かに対して美しいと思う感性とは極めて個人的で、外に持ち出そうとした途端、形を変えてしまうほど繊細なもの。それを守るように、空想の世界に閉じこもり、社会との接点をできるだけ減らそうとしていたのが子どもの頃の米津。対して、ライブの総監督を自ら務め、中島宏士(Gt)、須藤優(Ba)、堀正輝(Dr)、宮川純(Key)、MELRAW HORNSによる多彩なサウンド、ダンサーの菅原小春、TEAM TSUJIMOTOによる身体表現、そして美麗な映像・照明演出とともに壮麗なアートを生み出し、外の世界に向けて表現しているのが現在の米津だ。私たち観客は、今目の前で繰り広げられているステージを通して、これを美しいと思える自分の感性、この人生において自分が最も大事にしたいものをそれぞれに見つめることになる。そういった構造により、老若男女が集まる広いアリーナでも、米津の音楽とリスナーは一対一で繋がることができる。

 「自分が空想家だったおかげで、曲を作り、人と関わりを持てた。今日はツアー最後だから、なおのこと思います」と米津。また、昔の自分のような、拳を上げたり声を出したりすることができない人に向けて「声を返さなくても構わない。一緒くたになって盛り上がらなくても構わない。いろいろあるかもしれないけど、大丈夫だよ」と言っていたのも印象的だった。「街」冒頭のノイジーなギターが鳴った瞬間に歓声が起きていたように、確かに、“このアーティストの音楽が好き”という一点を共通言語とし、あらゆる境界を越えて一つになれるのが音楽の素晴らしいところの一つだ。そのうえで米津は、一つになれない人のことも静かに肯定する。踏み込んだ瞬間、足元の花がひしゃげてしまわないよう気をつけながら、自身の表現へと向かっていく。「いろいろあるかもしれないけど、大丈夫だよ」という言葉に、そしてこの言葉をまさに体現したライブに救われた人はきっといたはずだ。ここで〈懐かしい音楽が頭のなかを駆け巡る/お前は大丈夫だってそう聴こえたんだ〉と歌う「Nighthawks」で、BUMP OF CHICKEN「天体観測」のギターリフが引用されていたことを思い出す。かつてはいちリスナーとして音楽に希望を見出していた米津が、今はリスナーに大丈夫だと伝えているのだ。

 直前に「すんでのところで世を呪わずに生きてこられた」という実感が語られたのも相まって、静かな楽曲ながら切実な叫びのようだった「月を見ていた」。どういった手立てを講じれば、この“美しき”が限りなく本来の状態に近い形で伝わるか――という観点から全てがデザインされたライブにおいて、〈少しでもあなたに伝えたくて/言葉を覚えたんだ/喜んでくれるのかな そうだと嬉しいな〉という歌い出しが温かくも感動的だった「かいじゅうのマーチ」。これを愛と呼ばずして何と呼ぶのかという感慨が広がるなか、ダンサー同士が手を繋いだり抱きしめあったり肩を組んだりしていたのは本編ラストの「馬と鹿」で、米津の力強い歌唱とともに大団円を迎えた。また、アンコールで披露された新曲も素晴らしかった。米津の音楽人生の結晶というべき、純度の高いバラード。『空想』という名のツアーの最終日にふさわしい、祈りと意思を感じさせる言葉が歌われていた。

■『米津玄師 2023 TOUR / 空想』2023年7月2日 横浜アリーナ セットリスト
01. カムパネルラ
02. 迷える羊
03. 感電
04. 街
05. Decollete
06. 優しい人
07. Lemon
08. M八七
09. LOSER
10. Nighthawks
11. ひまわり
12. ゴーゴー幽霊船
13. KICK BACK
14. 月を見ていた
15. 打上花火
16. 灰色と青
17. かいじゅうのマーチ
18. 馬と鹿
<アンコール>
19. 新曲
20. POP SONG
21. Flamingo
22. 春雷
23. LADY

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