リングアナ 田中ケロが語る、新日本プロレス黄金期 当時の熱狂を再現したコンピアルバム発売に寄せて
選手と観客とリングアナの間が自然に合った時がいちばん盛り上がる
ーータイガーマスクの曲が、古舘伊知郎さんの歌う「燃えろ!吠えろ!タイガーマスク」というのもグっとくるチョイスです。あの古舘さんがプロレス実況だけでなく、レコードも出していたことを知らない人も多いと思います。
田中:タイガーマスクは、活動期間は二年くらいだったんですけど、入場曲は何度か変わっているし、関連曲もたくさんあるんですよ。そのぶん、タイガーマスクといえばこの曲、というイメージが弱くなってしまったんじゃないでしょうか。
ーー田中さん的には、好きなプロレス入場曲といえば、やはり「炎のファイター」ですか?
田中:リングアナになってからは仕事目線になっているので、あまり曲自体を楽しむという感覚はないんですよ。でも、好きという意味では、入場曲が鳴って、お客さんがリズムに合わせて選手の名前を呼ぶ、それがピッタリとハマる曲がいいですね。猪木さんの「炎のファイター」はもちろん、橋本真也選手の「爆勝宣言」とか、「ハッシモト!」という掛け声と共に印象に残ってますね。
ーーイントロが鳴ってお客さんが盛り上がり、リズムに合わせて選手の名前を叫んで、その声援をバックに選手が花道をゆっくりと歩いてきてリングイン、そしてケロさんのコール、というのが新日本プロレスの風景ですよね。
プロデューサー:まさにそれがこのCDで再現したかったことですね。新日本プロレスは、この頃から選手に合わせてオリジナルの入場曲を作っていましたが、全日本プロレスは既存の洋楽を編集して使っているものが多かったので、それぞれが独自のカラーになっていったと思います。
田中:それでいうと、新日本プロレスはまず僕がリングに立って「青コーナーより◯◯選手の入場です!」と言ってから曲がかかりますけど、全日本プロレスは、先に曲がかかって選手が入場してきて、リングインしてからはじめてコールするんです。
ーー確かに、それだと試合開始までの間やタイミングがぜんぜん違ってきますね。
田中:あと、いまは選手が歩いてきて、リングに入る時にコールする「リングインコール」が多いですけど、昔は選手がリングに出揃ってから名前を読み上げていく「対面コール」が主流だったんです。僕は一連の流れや間を意識して、タイミングを合わせていく対面コールのほうが好きですね。
ーー対面コールだからこそタメを作れて、「前口上」も盛り上がりますよね。
田中:この選手はすぐ攻めるのか、それともゆっくり攻めるのか。この試合にどういう思い入れがあるのか。そういった選手の気持ちを把握して、その流れを遮らないようにする。選手と観客とリングアナの間(ま)が自然に合った時がいちばん盛り上がるんです。ただ、この域まで達するのは難しい。経験を重ねていくしかないですね。昔は年間の試合数も多かったですし、巡業にもずっとついて回って選手とも近い位置にいたので、その間を感じることができたのかもしれないです。
ーー逆に言うと、リングアナだけ目立ってもダメなんですね。どんなアクシデントが起こっても、試合や興行の流れに自然に溶け込めているほうがいい。
田中:その通りですね。リング上では突発的にいろんなことが起こりますが、そこでリングアナが自然に盛り上げ役を全うできた時は嬉しいですよね。印象的だったのは、1995年5月3日に福岡ドームで行われた、アントニオ猪木・北尾光司VS.長州力・天龍源一郎のタッグマッチ。この時は新日本プロレスが北朝鮮で試合をした直後で、猪木さんがタキシードを着て入場してきたんですよ。そこで猪木さんがマイクを持って「平壌において、プロレス史上最高の19万人の前でガウンを脱いでまいりました。今日はガウンがありません。でもこの下にはシューズとタイツを履いております。」と言って、リング下に降りてタキシードを脱ぎ始めた。僕はいつもと変わらない感じを保ちつつ、まず長州・天龍組をコールして、その後に北尾のコール、最後にアントニオ猪木……というタイミングで、猪木さんが赤いタオルを首にまいたタイツ姿でリングにパっと上がってきて、僕のコールとピタっと合ったんですよ。
ーーそれは凄いですね。打ち合わせとかもまったくない状況ですよね。
田中:タキシードは、完全に猪木さんのアドリブですね。なので、僕のコールが早すぎたら脱ぐのが間に合わなかったと思うし、本当に絶妙なタイミング。自分でも言いながら、よく合ったな、と思いましたね。
ーーお客さんも違和感を持たない、自然な流れに見えたと思います。
田中:とはいえ、後でテレビ中継で見直すと「あれ、違ったな」ということも多いですね。ワンテンポ遅かった、とか。そう思うと完璧にできたことはいままで一度もない。いつも、もっと上手くできたはずだと思ってしまいますね。
ーーリングアナも、選手と同じ表現者なんですね。そういう意味では、このCDは臨場感たっぷりというか、ただ入場曲を集めたコンピレーション盤ではなく、あの頃の新日本プロレスを緻密に再現したライブ盤に近いです。
田中:入場曲は選手のイメージを作るもの。だからこそ、曲だけ聴いていても、選手の映像が浮かんできます。それに加えて、僕の前口上と選手コールを聴いてもらえれば、あの頃のワクワク感と熱狂を必ず思い出してもらえると思います。先行の3枚組アルバムとセットで揃えて、“最高に新日本プロレスしてください!”