村井邦彦、新曲録音プロジェクト始動 小説『モンパルナス1934~キャンティ前史~』番外編

吉田:紫郎がパリ万博(1937年)の会場を建築家の坂倉準三さんたちと見て回るシーンに、オンド・マルトノが出てきます。エピソード9です。当時、実際に万博会場で「光の祭典」というイベントが開かれ、この祭典のために現代作曲家のオリヴィエ・メシアン(1908~92)がオンド・マルトノ6重奏曲「美しき水の祭典」を作曲しています。

村井:オンド・マルトノはシンセサイザーの先祖ともいえる電子楽器です。1つの楽器が1つの音しか出せなかったようだけど、いろいろ工夫があって、音楽の歴史を変えた作品と呼んでいいでしょう。これが後のイエロー・マジック・オーケストラ(YMO、細野晴臣・坂本龍一・高橋幸宏によるテクノグループ)につながるわけですから。この年のパリ万博はピカソの「ゲルニカ」をはじめ、後世に大きな影響を与えた芸術作品を生んでいますね。

メシアン 「美しき水の祭典(6台のオンド・マルトノ)」第5,6曲 EOM

吉田:直近のエピソード10には、ジャンゴ・ラインハルトの「フランス・ホット・クラブ五重奏団」と原智恵子さん、諏訪根自子さんが共演するシーンを作りました。このあたりは完全に私たちの創作ですけどね。

村井:ただし、1939年9月、第2次世界大戦が始まったころという時代設定にしたから、ジャンゴの相棒として五重奏団でバイオリンを弾いていたステファン・グラッペリは登場させられなかった。ジャンゴとグラッペリはその年の8月まではロンドンで一緒に演奏していたけれど、ジャンゴだけパリに戻ってきた。だからグラッペリを登場させると嘘になってしまうんですよね。

吉田:はい。そのあたりはちゃんと調べて、史実を踏まえたフィクションにしましたね。諸説ありますが、CD「グラッペリ・ストーリー」の解説によると、グラッペリは悪性のインフルエンザにかかって帰国を延期し、そのままロンドンに残ったようです。私は1996年、最晩年のグラッペリの演奏を東京で聴いているんです。88歳の彼は車いすで登場しましたが、軽やかなスイングはレコードで聴いていた通りでした。小説では諏訪根自子さんにグラッペリの代わりをやってもらったわけです。

村井:根自子さんがジャンゴのバンドと共演するのは「ストンピング・アット・デッカ」。さらに一人でブラームスの「ハンガリー舞曲」を弾きますね。

Stompin' at Decca .... Django Reinhardt, Stephane Grapelli & QHCF

吉田:何番とは書きませんでしたが、ここはやはり「第5番」のイメージです。

村井:これも踊り出したくなる曲ですね。「ハンガリー舞曲」の5番といえば、チャップリンのあれ、おかしいよね。

ハンガリー舞曲のヒゲ剃り

吉田:映画「独裁者」ですね。理髪師に扮したチャップリンがこの曲に乗ってお客さんのヒゲを剃る。名シーンです。ヒトラーを痛烈に風刺した映画ですから、このエピソード10のテーマともダブります。

村井:ちょうどロシアのウクライナ侵攻と執筆の時期が重なりましたね。

吉田:はい。エピソード10はその符合をかなり意識しましたね。ナチス・ドイツのポーランド侵攻以降の歴史を調べれば調べるほど…。

村井:今の状況と怖いほど重なってくる。

吉田:そうでした。このシーンで原智恵子さんが弾くのはショパン(ポーランド出身)のポロネーズです。ここはやはり「英雄ポロネーズ」の通称でおなじみの「ポロネーズ第6番」のイメージですね。原さんはポーランド出身のピアノのマエストロ、アルトゥール・ルービンシュタイン(1887~1982)から直々に教えを受け、ショパンの神髄を学んだようです。

辻井伸行 ショパン 英雄ポロネーズ Nobuyuki Tsujii Chopin Heroic Polonaise Op. 53

村井:僕も家でショパンを弾いているんです。ポロネーズではなく、マズルカ。

吉田:ショパンのマズルカは何十曲もありますよね。

村井:そう。それを少しずつ弾いています。ショパンはどこか寂しい感じがして、そこが好きなんですよ。

吉田:駆け足でエピソード10まで振り返りましたが、いろんな音楽が出てきましたね。

村井:「モンパルナス1934」は連載終了後に単行本化することは決まっていますが、ドラマや映画化も視野に入れています。

吉田:はい。

村井:先にサウンドトラックを作っちゃおうか。

吉田:…という話を先日もしましたよね。サントラに「アルビノーニのアダージョ」や「聞かせてよ愛の言葉を」などを入れるとしても、核としてオリジナル曲が欲しい、やはり村井さんが書き下ろしたテーマ曲があった方がいいのでは…という話になりました。それから数日後に「もう主題は浮かんでいます」とメールをいただいて、あの早業には驚きました。

村井:ははは。「モンパルナス1934のテーマ」の主題はブラームスのピアノ曲にインスパイアされて生まれたんですよ。

吉田:なぜブラームスだったのですか。

村井:友達からブラームスのピアノ曲の動画サイトを教えてもらったんです。良い曲だなと思って、ネットで楽譜を買いました。ポツポツ弾いていたら、ますます好きになって、それにインスパイアされたメロディーが浮かんだわけです。これをオーケストラでやったら「モンパルナス1934」のテーマにふさわしい曲になると思って、制作を進めています。

吉田:村井さんがポロンポロンとピアノでメロディを弾いている動画を見せていただきました。哀愁が漂う中に、凛とした気品があって、村井さんらしい曲だと思います。この曲のオーケストラバージョンを7月3日に東京芸術劇場コンサートホール(東京・池袋)で開く「村井邦彦 作曲活動55周年記念コンサート」で初演するんですよね。

「MONTPARNASSE 1934」村井邦彦とクリスチャン・ジャコブの作曲風景

村井:そうなんです。すでに友人のジャズピアニスト、クリスチャン・ジャコブに手伝ってもらって、制作に取りかかっています。

吉田:完成を楽しみにしています。

■村井邦彦、新曲録音プロジェクト

小説「モンパルナス1934~キャンティ前史~」のテーマ曲「MONTPARNASSE 1934」のレコーディング費用を募るクラウドファンディングです。
スティーブ・ガッド・バンド、クリスチャン・ジャコブ、ブダペスト・スコアリング交響楽団という超一流ミュージシャンの編曲、演奏によるレコーディングで、支援者には「MONTPARNASSE 1934」のデジタル音源をはじめ、サイン入り楽譜やコンサートゲネプロへの招待、村井邦彦とのオンラインミーティングやランチ会などの返礼品がございます。
詳細は以下「うぶごえ」のページをご確認ください。

村井邦彦、新曲録音プロジェクト:https://ubgoe.com/projects/192

■公演情報

村井邦彦 作曲活動 55 周年記念コンサート
『モンパルナス 1934』KUNI MURAI
2022年7月3日(日)開場 16:00 開演 17:00
東京芸術劇場 コンサートホール
演奏:オーケストラ・アンサンブル金沢 指揮︓森亮平
出演:村井邦彦 海宝直人 真彩希帆 田村麻子
チケット:12,000 円(全席指定・4歳以上入場可)
企画:オフィスストンプ 制作協力:アースワークエンタテインメント
主催:読売新聞社 オフィスストンプ
お問合せ:キョードー東京 0570-550-799 オペレーター受付時間 (平日 11:00〜18:00/土日祝 10:00〜18:00)

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