『DOOM』特別対談
田中ヤコブ(家主)×和嶋慎治(人間椅子)対談 ギター奏法から曲作りのアティテュードまで、3つのキーワードから語り合う
3. 歌詞 〜社会からズレてしまった人への慈愛〜
和嶋慎治select:家主「老年の幻想」
ーーそして3つ目のキーワードは「歌詞」です。和嶋さんは家主「老年の幻想」を挙げていますが、気になったポイントを教えてください。
和嶋:簡単に書いてるけどいろんなふうに受け取れる歌詞でいいなと思いました。〈今が耐え忍ぶとき〉っていうのは個人的かつ普遍的な言葉で、この人は働き盛りの年齢なのかもしれないし、青年でも中年でも当てはまりますよね。あるいは今の(コロナ禍の)社会全体にも当てはめることができると思ったので。でも、これは個人的な出来事なのかな?
田中:そうです。完全に個人的なことで。学生の頃に書いた曲なんですけど、思春期真っ只中、大人との境界線みたいなものを感じていたときに、例えば「バーに行けない」とか「オシャレな服屋さんに行けない」みたいな、社会に対する敷居の高さや気取ったように見えてしまう物事への気恥ずかしさを感じていて。〈歳を取ったらなんでもできるね〉と歌っているんですけど、心の中では10年、20年経っても自分はそういう場所には行けない、そもそもそういう物事への興味が持てないまま歳を取って行くんだろうな……という自分の文化レベルの低さを嘲る曲でもあって(笑)。それをタイトルの「幻想」に込めているんですけど。
和嶋:そういう冷めた目線もあるわけね。でも今言ったように、10代の思春期の目線でも読めるのが面白いと思いますよ。〈あの世へゆきます/いつかはゆきます/先にゆくのなら/この度はご愁傷様です〉っていう、軽い感じもいいなと。
田中:いろいろシリアスに考えすぎてしまうのもどうなんだっていう気持ちです。〈先にゆくのなら〉っていうのも結局は自分に向いていて、例えば自分が何かしら首を括るようなことがあったとしても、周りには〈ご愁傷様です〉ぐらいの軽さで済ませて欲しいんですよね。若さゆえの「例えば僕が死んだら……」みたいな気持ちをちょっと込めたというか。
和嶋:根本の違和感は僕と同じなのかもしれないけど、言葉の出し方や切り口は違うんだよね。思いついたことを日記のように書くと以前言ってましたよね?
田中:そういう感覚はありますね。実際に日記も毎日書いてるんですけど。
和嶋:それでこういう言葉遣いになるのか。日常から離れていないし、心の微妙な動きを大切にして書いてるんだなと。
田中:まさに基本的には日常からのインプットが多くて。でも、ただ日常を礼賛して「生きてるって素晴らしいよね」っていう感覚だけでは到底毎日生きられないんですよ。やっぱり沈んでるときの方が圧倒的に多いので、そういう日常の暗い側面についての方が、自然と言葉が出てくるんです。ポンポン出てくるからこそ、さらっと書いてる感じでもありますよね。逆に「頑張っていこうぜ!」みたいな言葉ってなかなか出てこない。なので歌詞にはあまり時間をかけないかもしれないです。
和嶋:歌詞はあまり時間をかけずに1日で書いた方がいいんですよ。何行か書いて、次の日に続きを書こうと思っても、もう気持ちは変わってしまうからね。
田中ヤコブselect:人間椅子「夜明け前」
ーーヤコブさんは人間椅子「夜明け前」を選んでいます。今年リリースの最新作『苦楽』からの選曲です。
田中:比較的近年の人間椅子の楽曲には、根底にポジティブなメッセージを感じるんです。それが自分のためだけに歌われているんじゃないかと思う節が強くあって、社会とズレてしまっている人への慈愛を感じますね。この曲に限らず、“正しいいじけ方”のヒントを和嶋さんのメッセージから見つけた気がします。
和嶋:やっぱり自分自身も世の中に違和感がある人間だからっていうのが大きいと思う。でも人生を嘆きたくはないんだよね。例えば、犯罪に走ったり、自殺する人もいるじゃないですか。でもどちらも良くない。特に自殺は、他人を殺そうとするものが自分に向かってるだけだから、殺人だと思うんです。けど、やっぱり身近にそういう人もいるわけで。どんなに辛くても、それをやってしまっては何のために生まれてきたのか……と思って、自分がまず生きたいっていう気持ちから書いているので、社会への違和感を歌ったり、励ましみたいな歌もある時期から増えました。でも、そういった悩みに対して、答えは本人が見出さないと何の解決にもならないと思っていて。生きる上での在り方みたいなものだけ、自分の言葉で歌えればいいんじゃないかなと思っています。みんな時々つまづいたり、つまづきっぱなしで人生終わる人もいると思うんですけど、人それぞれどこかで夜は明けるんですよ。その夜を明けさせるのは、自分の心持ち次第でもあるだろうなって。だから、聴いている人に「自分のために歌ってくれている」と思ってもらえるのは光栄ですよ。
田中:先ほども少し触れましたが、もともと自分は家庭環境がかなりひどくて、祖父母に人格否定をされ続けて思春期を過ごしてきたんです。「お前が物を盗っただろ」とか言われるのが日常茶飯事で。
和嶋:それは辛いね。
田中:死んだ方が楽になれるかもしれないと思うことが何度もありましたが、そのたびにギリギリで踏みとどまっていました。そんな日々の中で人間椅子を聴いてギターに熱中していると、時を忘れ、気持ちがふっと軽くなって、別の世界に連れて行ってくれた感覚がものすごくありました。道を踏み外さないでいられたというか。
和嶋:結局は社会の縮図が家族や学校なのかもしれないし、そこでの在り方にも、小さい頃から違和感があったんですよね。僕もクラスで浮いてるなって感じたところからギターを手にしましたし、ロックがその気持ちを解放してくれたんです。それで言うと、もう1つ意識してるのはトリックスターであることかな。“周辺の人”でありたいと思っているんですよ。本来なら人間は畑を耕したり魚を獲ったり、あるいは社会のために貢献するような仕事をした方がいいはずなのに、楽器を弾いて歌うことで人様からお金をもらうって、これは真っ当な人間のやることじゃないと思うんです。だからそういう自覚がないとダメだなと思ってるの。
田中:すごくよくわかります。
和嶋:人様にものを言えた身分じゃないんですよね。だからこそくだらないことも言える。例えば、親孝行をしようとか、パートナーを大事にしようとか、誰でも考えつくいいことってあるじゃないですか。それを言えるようになったら本当にすごいんだけど、僕らはそことは違う周辺者の見方とか、なかなかそうできないんだよねってことを言うのが役割だと思っているんです。
ーー家主『DOOM』は「The Flutter」で締め括られますが、この曲も“まだ来ていない明日”に対して歌っていますよね。人間椅子「夜明け前」に通ずるものを感じたのですが。
和嶋:そうそう。僕も近いと思ったんですよ。
田中:「The Flutter」を作ったのは7〜8年前の学生のときだったんですけど、友人がとある不義をはたらき、少し距離を置いていたんです。彼に何か言いたいんだけど、僕は人に説教できるような人間でもないし、曲でアンサーするかと。もし自分が彼に対して何か言えることがあるとすれば、〈優しさだけは忘れないでおくれ〉だなと思って書いた歌詞なんです。
和嶋:でも歌詞を読む限り、そういった背景については全然わからないですよね。要するに、普遍的になっているということなんですよ。ヤコブくんから出た〈優しさだけは忘れないでおくれ〉っていう気持ちを作品にしたっていう、正しい歌詞の書き方だと思います。自分も似ていて、動機は全然違う個人的なところにあるんだけど、それはあまり見せないようにして書くんだよね。具体的に書くと生々しくてあまり歌にならないので。
田中:そこは意識しています。自分の場合はできるだけ平易な言葉を使って書くこと、あとは自分にとってのリアルな歌詞であること。「嘘を言ってるな」っていうのは、人の歌詞を見てもなんとなく伝わってしまうときがあるんですよね。
和嶋:わかる。言葉を飾ってるなとか、見る人が見ればわかるからこそ、やっぱり建前は歌えないなと思います。たとえ他人と違う結論だとしても、自分の内側から出てきた感情は嘘じゃないから歌にすればいいんです。〈君の和毛を壜に詰めて/いつか空家の床下に埋めてみたい〉(「天国に結ぶ恋」)なんて、普段の会話で言うと相当危険な人間ですけど、歌であるなら言ってもいいんですよね。何も当たり前なことだけを歌う必要はない。そういうものが人の気持ちを救ったりするという芸術の効果ってありますから。
田中:まさにそんな気持ちで人間椅子を聴いてましたね。
■作品詳細
家主『DOOM』
2021年12月8日(水)発売
価格:¥2,750(税込)
<収録曲>
01.近づく
02.NFP
03.にちおわ
04.夏の道路端
05.路地
06.たんぽぽ
07.めざめ
08.飛行塔入口
09.それだけ
10.老年の幻想
11.The Flutter
田中ヤコブ/家主Twitter:https://twitter.com/coboji_
人間椅子 公式HP:https://ningen-isu.com/