【特集】グローバルを取り巻く“ロック”の再評価
Måneskinのロックサウンドが世界に受容された理由 ソニー・ミュージック洋楽担当に聞く、日本市場における洋楽の希望と課題
Måneskinの音楽性はTikTokと非常に相性が良かった
ーー洋楽を聴く楽しみの一つは、今まで知らなかったカルチャーや価値観に触れられることですし。
黒木:そういう意味ではイタリア出身のMåneskinもちょっと衝撃でしたね。なぜここまでブレイクしたのか……TikTok発だからと容易に片付けてしまうには、他にもTikTok出身バンドは沢山いるので無理があるのかなと。そもそもMåneskinの場合はTikTokに特化した楽曲を作っていたわけではなくて。『ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト2021』から出てきたアーティストもたくさんいるけど、Måneskinみたいな火のつき方はしていないし。おそらく、様々な要因が複合的に絡み合ってああいう現象を巻き起こしたのでしょうけど。
しかも彼らって、アメリカやイギリスのバンドだったら今更照れ臭くてやらない「ザ・ロック」なサウンドを堂々とやっているんですよね(笑)。TikTokは、そんな彼らの最も原始的だったり衝動的だったりする部分だけを抽出することに成功したというか。私たちの世代だと、どうしてもTikTokに対して「一元的で深みまで伝わらないのでは?」などとネガティブに考えがちなのですが、少なくともMåneskinの音楽性はTikTokと非常に相性が良かったのでしょうね。
ーーとても興味深いです。
黒木:例えばColdplayやエド・シーランの世界観は、TikTokでは伝えきれないというか。切り取るのが難しいじゃないですか。でもMåneskinは、もともとシンプルだから切り取られてもちゃんと伝わるという。シンプルな音楽が、シンプルなものを良しとするプラットフォームでハネた、それがロックだったというのが面白いですよね。
ーーそもそもTikTokを利用している若いユーザーは、音楽を「ジャンル」で聴いていないのかもしれないですよね。
黒木:きっとそうだと思います。それでいうと、先ほども話したザ・キッド・ラロイは「Stay」でブレイクする前は我々も苦しんでいて。「みんなK-POPに持っていかれてしまって『洋楽』というだけで興味を持ってもらえないのではないか?」と、すごく閉塞感があったんですけど、「Stay」がハネたことでそうではなかったのだなと。結局、いい曲だったら洋楽も邦楽もK-POPも関係なく聴いてもらえるんだということを思い知らされました。実際にアンケートなどを取ってみると、「好きなアーティスト」も特にない、プレイリストを聴いていい感じならなんでも聴くという層がかなりいるんですよ。逆に音楽専門誌とかを全く読まない層の方が、洋楽でも抵抗なくスッと聴いてもらえる場合もある。
そういう意味では、弊社に移籍してニューアルバムをリリースするアデルもそう。彼女に関しては、個人的にはちょっと時代錯誤かなと思うくらい保守的に感じていた時期もあったんですけど、それこそが魅力なのだと最近気づきました。加工された音楽が世に溢れている今、アデルがやっていることって「ものすごく上質な鯛を海水で洗ってそのまま食べる」みたいな感じじゃないですか(笑)。素材の良さをそのまま活かした表現を、ずっとやり続けている。あの正攻法が逆にカウンターとして機能している、そんな新鮮さがありますよね。
ーーコロナ禍で洋楽アーティストが来日できなくなったり、リリースそのものも激減したりする中で、苦戦も強いられたのではないでしょうか。
黒木:今お話ししたような「プレイリスト聴き」をしている層とは別に、特定のアーティストを追いかけているコアなファン層があって、今はそこに対してあまり効果的にプレゼン出来ていない状況が続いているのはもどかしいですね。物理的に来日が難しい中で、そこをどうするかは本当に悩みどころです。「ファン」になってもらうためには、やはりそのアーティストを「直に見せる」ことに勝る方法はないじゃないですか。例えばノエル・ギャラガーとか、実際に日本に来て喋って演奏してもらわないと、あの魅力を存分に届けることは難しいんです。
ーー確かにそうかもしれないですね。
黒木:コロナ禍でオンラインのファンミーティングなど、例えばBring Me the Horizonがやってくれたりしましたし、幾つかのバンドはオンラインでスペシャルライブをやってこれたりしましたけど、オンラインコンテンツもやり尽くしてしまって食傷気味の部分は否めない。やれることは、どうしても限られてしまいますよね。そこは今後も大きな課題です。
ーーでは最後に、黒木さんが今後要注目だと思うアーティストを教えてください。
黒木:これまで話してきた通り、ジャンルで聴くこと自体にもはや意味がなくなりつつあると思うのですが、そんな中でもやはりMåneskinは、「どこを切り取ってもロック」だからすごいですよね。ああいうアーティストが登場したこと自体、本当に面白いし今後が楽しみです。
あとは、ロザリアというスペイン出身のソロアーティスト。<ユニバーサルミュージック>から弊社に移籍してきたのですが、ルーツがフラメンコなんですよ。それもやっぱりアメリカやイギリスからは出てこない、Måneskinに近いものなのかなと。“アーバンフラメンコ”と言われているサウンドがかなりエキセントリックで、日本ではまだそれほど流行っていないのですが、新作を出せばビヨンセやデュア・リパ、カイリー・ジェンナーといったセレブたちが熱狂するという現象が起きています。MVなども、本当に見たこともないような世界観を打ち出しているんですよ。音楽性は全く違いますが、個人的にはビョークを見たときの衝撃に近いものがありました。そういう、日本からは登場し得ないような、全く新しいカルチャーを纏ったアーティストを今後も紹介していきたいですね。
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