菅野よう子らによる『カウボーイビバップ』の音楽は何が優れていた? 実写版配信を機に考察
11月19日よりNetflixにて実写版『カウボーイビバップ』(全10話)の配信がスタートした。原作は1998年に放送された同名のアニメーション作品で、宇宙を舞台に繰り広げられる賞金稼ぎたちの活躍を描く物語。当時としては画期的だったスタイリッシュな作画や骨太な世界観のみならず、菅野よう子が手がけた音楽も高い評価を得た。放送から20年以上が経った現在もなお、カルト的な人気を保ち続けている。
今回の実写版でも引き続き菅野が音楽を手がけていることを受け、ここではアニメ版の音楽を改めて振り返ってみたい。テーマ曲「Tank!」を始めとした同作のサウンドトラックは一体何が優れていたのか、アニメ放送以降、どのような影響があったのかを今一度整理しておこう。
『カウボーイビバップ』=当時はアニメ界の異端?
アニメ『カウボーイビバップ』(テレビ東京系・WOWOW)が放送された1998年当時は、まだまだ「アニメは子供向けのコンテンツ」という感覚が一般的だった時代。少し前の1995年に『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)が社会現象を巻き起こしてはいたものの、アニメ鑑賞が“一般的な趣味”として市民権を得るまでにはまったく至っていなかった。当時テレビで放送されていたアニメ作品のほとんどは少年少女をターゲットとするもので、『カウボーイビバップ』のような子供受けの要素が限りなくゼロに近い作品は、かなりイレギュラーな存在だったと言っていい。例外的に『serial experiments lain』(テレビ東京系)のような難解な作品もあったが、いずれにせよ異端であったことに変わりはない。
それゆえ『カウボーイビバップ』は放送枠の確保にも難航した。何しろオープニング映像からして、シルエットデザインや英字タイポグラフィを多用したスタイリッシュな画面にスリリングなジャズが絡んでくるクールな演出。今にも海外のスパイ映画か何かが始まりそうな雰囲気の映像は、“アニメは子供のもの”という概念しか持ち合わせない人にとって、到底理解できないものであったことだろう。
しかし放映後、結果的にはしっかりと新たなファン層を取り込むことに成功する。それまでのアニメにはなかった魅力がふんだんに詰まった作品なだけに、従来のアニメファンよりも、むしろ新しいカルチャーに敏感な層、特に音楽ファンの間で大いに話題を集めた。いわゆる渋谷系ムーブメントの残り香が漂っていた時期ということもあり、“メインストリームから外れた高品質な作品”という立ち位置がうまくマッチングした部分もあったのかもしれない。もちろん、音楽そのもののクオリティが非常に高かったからでもあるのは言うまでもない。
アニソンらしからぬアニソン
オープニング曲「Tank!」は、ブラスセクションのテーマとウッドベースのリフが鮮烈に響くハードでスリリングなジャズナンバー。まるでスタンダード曲であるかのような普遍性と強度を備えたテーマフレーズが印象的な1曲で、『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)などバラエティ番組でもたびたび使用されているため、アニメを知らずとも曲を知っている国民は少なくないはずだ。
演奏しているSEATBELTSは、菅野を中心とするバンド。佐野康夫(Dr)や渡辺等(Ba)、今堀恒雄(Gt)、本田雅人(Sax)、三沢またろう(Per)といった超一流プレイヤーたちが名を連ねている。楽曲そのものやアレンジの完成度が高いだけではなく、演奏のテンション感やニュアンスの妙も存分に味わえる録音であることが、従来のアニメ音楽以上に音楽ファンに刺さった一番大きな要因と言っていいだろう。
いわゆるアニメソングの範疇からはかなり外れた印象を与えるアダルトなジャズ曲であることも、“アニソンを聴くのは恥ずかしいこと”という感覚を持っていた当時の音楽ファンには取っつきやすい要素であったはずだ。もちろん過去にも『ルパン三世』シリーズのようにクールなジャズをオープニング曲として使ったアニメ作品は存在し、まったく新しい画期的な手法でもなかったが、90年代当時はアニメ主題歌といえば歌入りのJ-POPなどが当たり前という時代だった。その中にあっては、十分に異端だったと言える。
また、『カウボーイビバップ』の劇伴にはブルース/カントリー調の楽曲が多いという特徴がある。当時のアニメ劇伴としては比較的異質なサウンド感であり、しかも演奏が本格的であることも音楽ファンの心理をくすぐった。とくにギター音楽が好きな人の場合、スライドギターのピッチ感とタイム感に聴き入るあまりストーリーを追い忘れてしまうような経験を一度はしているはず。
どちらかと言えば“玄人好み”の音楽性にあえて寄せることで、“大人がアニメを観るのは恥ずかしいこと”と感じていた音楽ファンに“音楽がカッコいいから観てるだけ”という理由を与えることに成功し、見事に裾野を広げてみせた。もちろん、それを可能にしたのは渡辺信一郎監督が音楽に対して強い執着心を持ち、音楽を魅力的に使うことにとことんこだわり、そして菅野の生み出す楽曲そのものが非常にハイクオリティであったことが要因として欠かせなかったのは言うまでもない。