ヒグチアイ、オーディエンスの心潤す“湿度高め”の熱演 THE CHARM PARKとの弾き語りツーマン『入梅』東京公演レポ

 シンガーソングライター、ヒグチアイにとっておよそ1年4カ月ぶりの自主企画ライブ、『HIGUCHIAI presents 好きな人の好きな人 -入梅-』が6月11日、東京・日本橋三井ホールで開催された。

 『好きな人の好きな人』は、ヒグチアイが「好きな人」を招いて不定期に行っている自主企画。これまでにNakamuraEmiやmol-74、日食なつこらを迎えて開催されてきたが、今回はかねてよりその歌声が好きだと公言してきたTHE CHARM PARKとの弾き語りツーマンというスタイルで、東阪2公演が行われた。

 「入梅」とは梅雨入りの時期に設定された雑節で、新暦ではまさに6月11日がそれにあたる。当日はあいにく(?)晴天で、真夏日に迫る暑さを記録した。「まさか今日、こんなに晴れるとは思わなくて……。そんなにうまいこといかないですね。そういうもんですね」とライブ中、自虐気味にコメントして笑いを取っていたヒグチアイ。しかし、両者によるこの日の「湿度高め」の演奏は、会場に駆けつけたオーディエンスの心を潤すには充分だったはずだ。

 新型コロナウイルス感染症の感染防止のため、会場はソーシャルディスタンスに配慮した着席スタイル。まずはTHE CHARM PARKのライブからスタート。ふらりとステージに現れたCharmは人懐っこい笑顔で客席に向かって挨拶すると、抱えていたアコギのボディを叩きながら、その音をループステーションに取り込み即席のリズムパターンを組んでいく。まるで、深夜に自宅でアコギを爪弾きながら、そばにいる大切な人に向けて歌いかけているような親密な空気が流れ、一瞬にして場内はTHE CHARM PARKワールドに。「一番大切な人のことを考えながら歌います」と述べてから披露した「Stars Colliding」は、2019年の「母の日」に配信リリースされたバラード。コロナ禍になって、家族に会うことすらままならない日々を送る人々の心に優しく寄り添うような演奏が深く心にしみた。

 途中、勢い余ってアコギの弦を切ってしまったCharm。「これこそライブの醍醐味ですよね」と笑わせながら、急遽曲順を変えてピアノで「カルペ・ディエム」を披露する一幕もあった。「知っている人は、心の中で大きく歌ってください。僕には聞こえているはずなので」と演奏前にCharmが会場に語りかけていたが、〈未来を叫ぼう あなたが望む方へ〉〈飛び出してみよう 怖がらないでいいよ〉と歌われるサビでは、確かに心の中でシンガロングするオーディエンスの声が、筆者の心にも聞こえたような気がした。

 15分間の換気タイムを設けてから、ヒグチアイのライブがスタート。ピアノの前に座ったヒグチは、軽くストレッチをしたあと、しばし宙を仰いでからおもむろに「東京にて」を歌い出す。〈渋谷も変わっていくね オリンピックがひかえているから〉と歌われる、東京五輪に向けて再開発が進む渋谷を舞台にサラリーマンやOL、バンドマン、ホームレスなど様々な立場の人々の視点を描き出すこの曲は、リリースされたのは去年の9月だが、コロナ禍であらゆることが様変わりしてしまった今聴くとさらに響くものがある。

 「THE CHARM PARK、最高だったよね。好きなんだよなあ」と、客席に向かって語りかけるとすぐ「風と影」へ。2019年リリースのアルバム『一声讃歌』に収録されたこの曲は、複雑な三角関係を情念たっぷりに歌うヒグチらしいナンバー。マーチのリズムで軽快に進んでいく音源とは打って変わり、テンポをグッと落としピアノの弾き語りにアレンジされたライブバージョンは、聴き手の心をさらにえぐっていく。かと思えばMCでは、彼女独特の緩いテンポで「自虐ネタ」を投下し会場を和ませる。

「最近、整体に行ったんですよ。そこで『首がちょっと曲がっている』と言われたんですね。首の根元には、気持ちが前向きになるような物質を出す器官があるらしくて。『そこをずっと抑えつけているからあなたはずっとネガティブなんですよ』と言われて……(笑)。治してもらうことにしたので、次に書く曲は明るい曲になると思います」

 そう宣言してから未発表の新曲「火々」へ。〈思い出を燃やして生きてく 盛る火を抱きしめ歩いてく〉と歌われるこの曲は、終わってしまった恋愛に思いを馳せる悲しい歌詞と、弾むようなリズムに乗ったビートリーなメロディとのコントラストが、切なさをより一層際立たせる。

 続く「悲しい歌がある理由」も未発表の新曲で、タイトル通り「世の中になぜ、悲しい理由があるのか考えてみた」という歌詞は、〈「結婚したい」と言ってる本当の理由は 「結婚したい」と思われるほど愛されたいってこと カッコ悪くてもお金がなくても優しくなくてもいい 誰でもない私を必要と言ってよ〉と、これまた容赦ない。この曲のサビで歌われているように、「悲しい歌」は聴く人の“古傷をかばうカサブタを剥がしてしまう”が、それでも残る傷跡を“優しさ”に変える力があるのかもしれない。これまでヒグチが書いてきた、救いようもないほど悲しい曲や、ネガティブな曲が、私たちの心を深くえぐりながらも最後には清々しいほどのカタルシスを与えてくれるのは、そんな「魔法」が随所に散りばめられているからだろう。

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