堀込高樹と堀込泰行、同時期リリースとなった新作での“個性” KIRINJIソロ体制移行を機に考える

堀込泰行『FRUITFUL』

 一方、堀込泰行『FRUITFUL』は、全9曲で構成されたフルアルバム。今回は八橋義幸、冨田謙、柏井日向に加えて、堀込本人の4人がチームを組んでプロデュースしている。あまりコンセプトを考えるタイプではないという本人の談もあるが(※2)、できるだけ聴き手を楽しませる内容であること、録音やミックスには現代性を取り入れることを意識したと語っている(※3)。コロナがアルバムのトーンを暗くするといった影響はなかったようだ。また作詞をシンガーソングライターの阿部芙蓉美に依頼するなど、楽曲制作についても扉を開いて、たくさんの人を招き入れた印象である。過去にも、若いミュージシャンを呼んで制作した「Good Vibrations」シリーズがあったが、他のミュージシャンと交わることで起こる化学変化を楽しんでいるようだ。

堀込泰行 / 3rd Full Album「FRUITFUL」Trailer映像

 アルバムを一聴して気づくのは、美しく重ねられたコーラス、その厚みである。うっとりと聴き入ってしまうような豊かなコーラスが随所に光る。たとえば「5月のシンフォニー」のサビ部分〈wind is blowing〉のメロディに、何層にも重なった歌声がもたらす響き。曲のイメージとして「5月の木々の生命力をイメージした」(※2)と語る堀込泰行だが、5月の緑が育っていく様子が、コーラスの心地よさによってさらに強調される。何度聴いても、このサビ部分の心地よさに圧倒されてしまうのだ。また「涙をふいて」の印象的なサビ部分のメロディに重ねられた、広がりのあるコーラスワークも素晴らしい。『FRUITFUL』の音楽的な試みのうち、もっとも印象に残るのはこうした声の重なりだった。「聴き手に楽しんでもらうアルバム」というイメージにぴったりの、このコーラスの美しさを感じてほしいと思う。

堀込泰行 / 5月のシンフォニー Music Video

 歌詞もまたユニークだ。歌詞の中にストーリー性や情景を盛り込むことが多い堀込泰行だが、そのシチュエーションがどれも実に個性的で、どのように思いついたのかが想像しにくいようなものばかりだ。特に、「Here, There and Everywhere」は、語り手が飼っていたであろう犬が、他の犬の群れに襲われて命を落としてしまった、という風変わりな内容である(あくまで筆者の解釈である)。聴き終えると、非常にシュールな印象を残す楽曲だ。自分の犬が〈星になっちまった〉状況に戸惑い、〈なんてこった!〉と驚く飼い主。なぜこのように意表を突いた歌詞が生まれたのか、どうして犬なのか、本人に直接聞いてみたい気持ちでいっぱいである。

 他にも、東京で夢を追う青年が、故郷に暮らすガールフレンドを思い起こす「マイガール・マイドリーム」は、どこか令和版「木綿のハンカチーフ」のような趣きに心があたたまる。かと思えば、どうやら不倫関係を終わらせたばかりの女性が、ひとり暮らしの部屋で喪失感に耐える「涙をふいて」のような状況が描かれたりもする。どれも情景や感情が喚起されるストーリー性を備えているのだが、どのようにして、こうしたシチュエーションを次々に歌詞にできるのか、堀込泰行のイマジネーションに驚くばかりである。コロナの閉塞感を描く「再会」のアイデアは歌詞を思いつくきっかけが想像できるものの、「飼っていた犬が、別の犬の群れに襲われてしまった驚き」を歌詞にする理由は、うまく想像できない私である。だからこそ目が離せない。きっと、堀込泰行の頭に犬のビジョンが浮かんでしまったのだろう。彼の描くストーリー性はいつも聴き手の予想を超えており、本アルバムでも大いに楽しむことができた。

 2021年の活動も気になる両者だが、3度目の緊急事態宣言で、堀込高樹が予定していたライブは延期になってしまった。ファンとの再会も、もう少し後になりそうである。心待ちにしていたファンはさぞ気落ちしたことだろう。とはいえ本年、KIRINJIのフルアルバム、堀込泰行のツアーと、さらなる活動も控えている。しばらくは憂鬱な日々が続くが、気兼ねなく音楽や友人との会話を楽しめる日が戻ってくればと願う。

※1:https://rollingstonejapan.com/articles/detail/35744/1/1/1
※2:https://news.yahoo.co.jp/articles/f3badf32a01b30b4d6a116919ce090fe66977a46
※3:https://okmusic.jp/news/419872?page=1

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

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