GRAPEVINE「ねずみ浄土」レビュー:不安や苦悩が渦巻く“割り切れない現実”に巡らす思い

 タイトルの「ねずみ浄土」から連想したのは、新型コロナの感染拡大で世界的に再注目されたアルベール・カミュの小説『ペスト』だ。病に倒れる人を救うか逃げ出すかの選択に迷う人々の苦悩を描くこの物語で、疫病を広める原因としてねずみが象徴的に登場する。実際に衛生環境の悪かった時代にねずみなどの小動物が疫病の伝染源となったようだが、ねずみたちに悪意があったわけではなく彼らの生存活動が人間にとって不都合な結果を招いてしまった。『ペスト』は不条理をテーマにした作品として有名だが、害獣とみなされたねずみにとってこの世ほど不条理なものもなく、ねずみの視点から考えたら「ねずみの浄土」があってもおかしくない。そして最後のバースは、バナナがフルーツかスイーツかと問い、〈好き嫌いはよせ〉とバッサリ切り捨てて終わる。好きか嫌いか正しいか間違いか、と単純な二元論で語れないのが世の中だ。

 言うまでもないが宗教的なモチーフを使いながらもこの曲から宗教の匂いはしない。宗教論ではなく宗教に集約される価値観から繋がる今を、田中和将はジョン・ミルトンの『失楽園』を下敷きにして見ているのだろうと思う。というのも、歌詞の中にその続編である〈復楽園〉が出てくるからだ。少年探偵が活躍する物語なら「真実は一つ」でいいのだろうが、現実は一筋縄ではいかない。自分が正解と思うことにも様々に思いを巡らせることが必要だ。田中の書く歌詞はそうしたことを示唆するものが多い。

 「ねずみ浄土」は4分半ほどの曲で歌詞も300字強。それでもここでつらつらと書いてきたようなことを想起させる。一見漠然とした流れのように見えて断片のそれぞれが多彩な光を放ち出し、やがて「ああ、そうか」と自分なりの落としどころを見つけたり、わからないままにヒントを求めて聴き続けたりする。そういう楽しみができるのがこうした曲の面白さだ。以前インタビューで田中はこんなことを言った。

「自分の書いてる歌詞とか音楽を、読み解いてほしいと言いつつも、それを読み解くよりは、それを10倍楽しむだけのスキルをつけてほしい、能動的に楽しもうとしてほしい。わかんないっつって、わかりやすいものばっかり食ってたら、顎が弱くなりますよって話ですよ」(『ROCKIN'ON JAPAN』2016年3月号)

 そんな刺激を与えてくれるGRAPEVINEの曲に、こうしてまた出会えていることが嬉しい。この曲をシングルにする意味は、そこにあるのだろうと思う。5月にリリースする新作のタイトルは『新しい果実』だ。アダムとイブが食べた新しい果実はどんな味わいなのだろう。

■今井智子
音楽ライター。『朝日新聞』『ミュージックマガジン』『ロッキングオン』『ロッキングオンジャパン』『EMTG MUSIC』などで執筆中。

GRAPEVINE『新しい果実』

■リリース情報
GRAPEVINE『新しい果実』
5月26日(水)リリース
<アルバム収録曲>
1. ねずみ浄土
2. 目覚ましはいつも鳴りやまない
3. Gifted
4. 居眠り
5. ぬばたま
6. 阿
7. さみだれ
8.josh 
9. リヴァイアサン
10. 最期にして至上の時

GRAPEVINE Digital New Single「ねずみ浄土」
4月26日(月)先行配信
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