嵐 松本潤、『失恋ショコラティエ』で演じきった“愛すべき男の情けなさ” 再放送を機に考える

 松本といえば、映画『東京タワー』で見せた、当時まだ21歳とは思えない本格的なラブシーンが印象的だ。若さと、それゆえの生意気さ、愚直さを年齢相応に、背伸びすることなくうまく演じていた。

 同作で演じた大原耕二や、先述した『きみはペット』で演じたモモこと合田武志に通ずる、母性本能をくすぐるようなエロティシズム。これぞ、松本の持ち味であり、本作にも活かされている。

 人懐っこい笑顔や幼稚な態度でまだまだ子どもだと油断させておきながら、ガラッと切り替えて見せる「男」としての表情。強いまなざしや、骨ばった指先、憂いを帯びた横顔には、しっかりと色気がある。

 『失ショコ』には、濃厚なラブシーンはもちろん、男と女のずるさ、駆け引き、やるせなさといった人間らしい「えぐみ」がある種、官能的に描かれている。身をほろぼすほど想い焦がれる、ドロドロとしたゴールの見えない片想いが本作の主軸だ。

 爽太がもつ心地よいポジティブさ、それゆえのまっすぐな馬鹿っぽさと、一変して見せる策士な一面、フェロモンをたくわえた男としての挑発。そうしたギャップを、松本はうまく演じ分けていた。行きどころのない切ない恋心、どうにもできない感情や現実に苦悩する姿にも、男の色気を感じさせる。

 松本は、そもそも隠すことができないほどの存在感を持っている男であるし、繊細さよりも派手さを求められてきた役者であると思う。

 だからこそ最新映画出演作『ナラタージュ』で見せた「抑え」の演技、監督から求められたという「40%」の松本潤は新しかったし、次なるステージへの成長を感じさせた。

 一方『失ショコ』においては、本来の松本がもつ「スケール感」がよく活かされていた。声の抑揚や表情における「オーバーさ」が、漫画原作という世界観にもハマっていたと思う。

 爽太が繰り広げる妄想の物語や、サエコを思うあまりに情けなくズタボロになっていく姿が分かりやすく演じられていたからこそ、爽太の恋に感情移入することができたのだ。

 そして、本作はあくまで「ラブコメディ」。ドロドロの恋愛劇とならなかったのは、原作がもつ軽妙なテンポ感を殺さず、コミカルなシーンとの線がきっちりと引かれていたからだ。

 さらには、ショコラと向き合う真剣な表情や、クリエイティブな職人としてのふるまいを、恋愛模様と対比するように繊細に描くことでより爽太を魅力的に見せていた。

 松本をよく知るファンから見ればきっと、彼自身は今も昔も大きく変わらないのだが、一時期、メディアでは「尖った」印象を持たれることもあった。いま思えば、世間からそうしたイメージを抱かれていた松本が「愛すべき男の情けなさ」をコミカルに演じたことも、ギャップとなって評価され、愛されたのかもしれないと思う。

 女性に翻弄され、悩み苦しむ失恋ショコラティエ・小動爽太。愛すべき彼の、重すぎる恋心に共感しながら、役者・松本潤による久方ぶりのラブストーリーに心ゆくまでときめきたい。

■新 亜希子
アラサー&未経験でライターに転身した元医療従事者。音楽・映画メディアを中心に、インタビュー記事・コラムを執筆。
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