『15th anniversary DREAM BOY BEST ~2012-2020~』インタビュー

KEN THE 390、<DREAM BOY>の歴史を振り返って思うこと ラッパー/運営の視点から見るHIPHOPシーン

 ソロデビューアルバム『プロローグ』の発売から15年目を迎えたKEN THE 390が、ベストアルバム『15th anniversary DREAM BOY BEST ~2012-2020~』をリリースした。本作は、彼が2011年に立ち上げた自主レーベル<DREAM BOY>の歴史を振り返る内容で、選りすぐりの35曲をCD2枚組にコンパイル。さらに目玉として、プロデュースにKan Sano、客演に漢 a.k.a GAMIを迎えた新曲「Re:verse」も収録されている。今回はその新曲に込めた思い、DREAM BOYを運営して気付いたことや試行錯誤したことを中心にインタビュー。ヒップホップへの真摯な思いを語ってもらうと同時に、スペシャル企画として、ベストアルバムから選ぶ「〇〇な3曲」も挙げてもらった。(猪又孝)

Kan Sanoや漢 a.k.a GAMI迎えた「Re:verse」

ーー今回のベストアルバムを作ろうと思った動機や経緯を教えてください。

KEN THE 390:来年3月で(活動)15周年を迎えるんですが、10周年のときに『ALL TIME BEST』をリリースしたし、コラボベストも出しているから、同じ流れで区切るのは違うなと思って。そこで振り返ってみたら、<DREAM BOY>を始めて8年経っていて、ミュージックビデオを作ってる曲も40曲くらいあって「DREAM BOY時代だけでも一つの区切りになるな」と思ったんです。かつ、昔の曲はライブで今まったく披露していないので、ライブに来た人が、“これを聴けば今のKEN THE 390がわかる”というベストがあるといいなと思って、<DREAM BOY>時代で区切ることにしたんです。

ーー通常盤はCD2枚組です。選曲はどのような視点で考えたんですか?

KEN THE 390:基本はミュージックビデオが作られている曲と、ライブで今も積極的に披露している曲です。あとは、今回はCD2枚組なので、1枚目と2枚目で色が分かれたほうがいいと思って。今、KEN THE 390的には、マイクリレーの楽曲か、ソロでちょっとメロディアスな楽曲という2つの軸があるので、アルバムでもディスクごとのコンセプトがしっかり出るように選びました。

ーー唯一の新曲となる「Re:verse」は、客演に漢 a.k.a GAMI、プロデュースにKan Sanoを迎えています。この曲は、いつ頃、どのようなアイデアから制作が始まったんですか? 

KEN THE 390:今年1月くらいですね。いちばん始めは、Kan Sanoさんの曲に乗せてラップしたいと思ったんです。Kan Sanoさんとは地元の町田市のプロモーションで一回ご一緒していて。

ーー去年11月に公開された、町田市をPRするシティプロモーションアニメのエンディング曲「Start」ですね。Kan Sanoさんが作曲、KENさんがラップパートを担当されていました。

KEN THE 390:Kan Sanoさんとは、レコーディングスタジオや僕が担当していたラジオ番組『TOKYO SOUNDS GOOD』(TOKYO FM)のゲストに来てくれた時に「『Start』はゆったりしたメロウな曲だったから、今度はラップが倍で乗るような曲もやってみたいです」という話をしたことがあったので、このベスト盤のタイミングでもう一度一緒に制作したいと思って声を掛けたんです。

ーークリエイターであるKan Sanoさんに対して、どんな印象を持っていますか?

KEN THE 390:もともとKan Sanoさんのアルバム『Ghost Notes』(2019年)のインストの感じも好きなんですが、彼のプロデュースワークを聞くとダンスビートからメロウなもの、さらにジャズに寄せた楽曲もあり、めちゃくちゃ幅が広いんですよ。だから、今回は「僕がバリバリにラップを乗せられるようなビートを、Kan Sanoさんの雰囲気を大事にしつつやってみたいです」と言ってヒップホップビートをお願いしました。

ーー「Re:verse」は、上モノの音色にはKan Sanoさんらしい柔らかなメロウネスがありつつ、ビートのパターンはブルックリンドリルを意識されてるのかなと思いました。

KEN THE 390:そうですね。最初にKan Sanoさんに話したときに唯一お願いしたのは“ビートとメロディのスピード感が違うもの”ということです。ビートは倍で打っているんだけど、上ネタのメロはゆったり奏でている。ビートはアグレッシブ、上ネタはリラックスみたいな雰囲気で。別々に聞くと違う曲調なんだけど、合わせたときにマジックが起きてるみたいなのがいいとお願いしました。

ーー最後のバースに入るところは、ラップパートなのに転調していてお洒落だなと思いました。

KEN THE 390:お洒落でしたよね。あの部分、じつは最初転調していなくて同じループが組まれていたんです。でも、僕がバースを書いて送ったら、転調したパターンを返してくれて。そこが格好良かったので、もともとは(バースが)半分の長さだったんですけど、もったいないと思って倍に書き足したんです(笑)。

ーー今回、漢さんを客演に迎えた理由は?

KEN THE 390:先にKan Sanoさんからトラックはもらっていたのですが、これまでの15年を振り返って、“過去”と“今”を対比するような曲を書きたいと考えました。それで、曲のコンセプトを考えた時に合うのは漢さんなんじゃないかと思ったんです。

ーーKENさんと漢さんの付き合いは古いでしょうし、親しい仲だと思いますが、友達というような印象はあまりないんです。

KEN THE 390:確かに、実際に電話したりするような仲ではないんです。友達っていう感覚ではない。

ーーだから、15年を振り返った曲で漢さんだと思ったというのが、正直あまりピンと来なくて。

KEN THE 390:過去の自分を振り返ると、会社に通いながらヒップホップをやるとか、世間的に良いと言われる大学に通いながらヒップホップをやることに、自分の中ですごくネガティブな感情を持っていたんです。MCバトルに出ると周りからもそこを言われるし。その場では「なに言ってんだ」って理論武装して闘うんだけど、当時は曲の中で自分がそういう人間だってちゃんと歌うかと言うと避けてる部分もあった。でも15年やってきて、自分がコンプレックスだと思っていた他の人と違う部分が、今は自分にとっての武器なんですよね。「昔サラリーマンやってました」とか、「普通の見た目でラップをバリバリやります」とか、「帽子もかぶらずさらさらした髪でラップやります」とか、ディスられてたことが全部自分のオリジナリティになっている。

ーー個性や特長だということに気付いた。

KEN THE 390:自分がネガティブだと思っていたことでも、しっかりもがいていると、いつかひっくり返る瞬間が来るんだということを今歌いたいなと思って、“Reverse”というテーマにしました。“ひっくり返る”という意味もあるし、「Re」に「Verse」と書く単語だから、ネガティブだった昔の自分に、今のバースで「実はそうじゃねえんだぞ」って(メールで)返信するみたいな思いも込めてるんです。当時は追い込まれてる気持ちになっていたけど、実はオセロの角を取ったようなもんだって。オセロの角って4つしかなくて、数は少ないけど角を取ったら一気にまくれますからね。

ーーピンチをチャンスに変える、逆転の思考法ですね。

KEN THE 390:はい。そのときに、いちばん自分と逆というか、違うところにいた人の話が交わるとすごく良いなと思ったんです。15年前って、僕がUMB(『ULTIMATE MC BATTLE』)に出て、漢さんとかとめちゃくちゃバトルをしていた時期なんです。あの頃は、漢さんと一緒に曲を作るなんて100%考えられない、絶対にありえないと思っていましたが、15年が経った今なら誘えるかもしれないし、一緒にやってくれるかもしれない、それも逆転の現象だな、と。絶対に交わらないと思っていた人と、ヒップホップを通して曲を作るまでになることはドラマみたいだし、こういう記念すべきタイミングにしか、漢さんにはオファーできないんじゃないかなと思ったんです。

ーーそれこそオセロで言う白と黒みたいな関係性ですよね。

KEN THE 390:そう。だから、いろんな意味で曲のテーマとマッチする漢さんしかいないなと思って。

ーー漢さんのバースは、〈テレビをつければポップスラッパー/でも現場で見てみたらモンスターだった/確かにバトった新宿のLOFT で/KEN THE 390 エローンザ尋と〉という思い出を語るリリックで結ばれています。

KEN THE 390:それは2005年のUMBのことですね。最初の出会いは、もう少し前の恵比寿・MILK(※今は閉店)だったと思いますが、漢さんとMCバトルで初めて当たったのが新宿LOFTでのUMBだったと思います。確か僕が2回戦で漢さんと当たって負けて、その次の勝負が漢さんとERONEくん(韻踏合組合)だったんです。

ーーこれ、グッとくる締めですよね。

KEN THE 390:俺もまさか漢さんがそんなことを書いてくるとは思わなかったです。すごく嬉しかったですね。

ーーKENさんから見た漢さんに対してはバトルラッパーという印象が強いですか?

KEN THE 390:いや、作品ラッパーの方のイメージが強いです。MSCを聞いたときにすごく衝撃でした。街の景色が変わるってこういうことなのかも、と思いましたからね。

ーー街の景色が変わる……。

KEN THE 390:それまで僕は、自分が出演していたライブイベントもあったからよく新宿に行ってたんです。歌舞伎町の「izm」というクラブとか。だけど、MSCの音源を聴くようになったら、歌舞伎町の裏側の方が怖くなってきて。いつも車をその辺に停めてクラブに行ってたんですけど、本当に小走りになるくらいでした。音楽を聴いてこんなに街の見方が変わるんだと思ったし、ニュースやドキュメンタリーよりリアリティがあった。海外に住んでいるマイノリティの人たちが、ヒップホップをリアルに感じるのってこういうことなんだろうなって。そこに住んでない人たちはそのエリアのことがわからないけど、ヒップホップを聴くとすごくわかるというか。「ここはこんな街なんだ」って見方が変わってくるということを、MSCで初めてリアルに体験したんですよね。

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