キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第12回
Merlin Japan 野本晶が語る、世界のリスナーに音楽を届ける方法「どこにチャンスがあるかわからない」
まずは世界で聴かれる機会を
ーー独立心があるアーティストにとっては非常に良い仕組みだということは理解しました。一方で、逆にメジャーでやりたいというアーティストも多いわけで、メジャーでのキャリアをお持ちの野本さんから見たとき、そのメリットはなんだと思いますか。
野本:メジャーはやはり優れたスタッフが多いですし、経験も情報もシェアされる仕組みがあるので、世界に羽ばたく上で強いと思います。裏を返すと、そうした情報の共有は、インディーセクターの課題かもしれません。
また、レーベル(label)って、日本語では「ラベル」とも読みますよね。やっぱりラベルが好きな人はいて、たとえばソニーが大好きで、自分の作品にはソニーのラベルをつけてほしい、というこだわりがあるアーティストもいる。それは理解できます。ただ冷静に考えると、ユーザーはあまり気にしないのではと。そうであるなら、実入りが多くサステナブルに長く続けられる可能性がある方を選ぶのは自然であって、いまはメジャーレーベルの存在意義が問われていると思います。
ーーなるほど。メジャーレーベルは強い交渉力を持っていますが、Merlinのような組織によって、アーティスト自身も同等の力を得ることができるということですね。世界的なインディー系アーティストの増減動向はどうでしょうか。
野本:比率的には増えているというレポートが出ています。各国のデータを見ると、昔は5〜10%くらいしかなかったマーケットのシェアが、30%くらいに広まっている、というレポートが多いですね。一方で、アメリカが顕著なのですが、メジャーがマーケットシェアを追い求め、インディーのアーティストを集めるディストリビューターを買収して回っている、という状況があります。古くはソニーのオーチャードから、最近だとユニバーサルのキャロラインとか。ワーナーミュージックもADA(Alternative Distribution Alliance)というインディーズの部門を昔から持っていますし、インディペンデントの会社を買収して、マーケットシェアを戻そうという動きは見られますね。
ーーさて、日本におけるインディーレーベルというのは、海外とはまた違う部分もあると思います。日本でいうインディー、独立系というのは、世界的にはどう定義されるでしょうか。
野本:日本で「メジャーデビュー」というとレコード協会の正会員である会社さんからデビューする、というのが一般的な感覚ですが、世界では、ソニー、ユニバーサル以外のレーベルさんをインディペンデントレーベルと定義します。
ーー日本では大手であるビクターやavexといった会社もーー
野本:世界的に見たらインディペンデントレーベルです。
ーーそれでは、日本ではメジャーレーベルと認識されている大手とも、Merlinはお付き合いしていると。
野本:そういうことも始まりつつありますね。もちろん、自社だけで理想的な内容の契約ができるのであれば、Merlinを使う必要はありませんが、できないところがあってMerlinが手伝う、というパターンは増えつつあって。最初に入会頂いたのはポニーキャニオンさんですが、彼らはアニソンカタログを多く持っていて、海外展開を視野に入れた時に、Merlinを使うことで、その条件面を最適化できるだろうと。もちろん、アニソンだけではないのですが。こうした取り組みは、今後も増えていくと思います。
ーー野本さんのミッションとしては、そのように組んでいくレーベルや企業を探していく面もあるのでしょうか。
野本:ありますね。ただ、本社が非営利団体ということもあり、強要してはいけない、というポリシーがあるので、どちらかというと宣教師的な役割というか。レーベルさんが自分の意志を持って決めるべきである、ということが前提であって、条件が悪くても自分でやりたい、という人に「Merlinのほうが契約条件がいいから」と無理やりアタックすることはありません。それはインディペンデントではなくなりますからね。だから、Merlinとはどういうものか、ということを説明してまわっています。
ーー日本での手応えはどうですか?
野本:実際にいいことが起き始めています。たとえば、リアルインディペンデントレーベルというところで、UKプロジェクトさんとかデンジャークルーさんなどのレーベルも参加していますが、その海外での売り上げが、Merlinに入る前後で2倍から4倍くらい変わってきているんです。
ーーHIP LANDもそうですね。
野本:HIP LANDさんはレーベルにおけるデジタルライセンスの鏡だなと思うんです。たとえば、アフリカで「Boomplay」というサブスクリプション型音楽ストリーミングサービスが盛り上がっていて、500万人超の会員がいるようだ、という情報があっても、「リアリティがないし、ライセンスは辞めておこうか」となるのが、これまでのだいたいのレーベルだった。けれどHIP LANDさんは、まずやってみて、1年くらい経ったところで判断する。仮に「ないな」となったら、契約期間が終わったところで下げてしまえばいい、という西洋的な考え方を実践されていて、素晴らしいと思います。
ーー中には思いがけない地域で盛り上がることもあるのでしょうか。
野本:そうですね。たとえば、きのこ帝国が活動休止するというニュースが出ましたが、その翌週、インディーズ時代の作品が次週の中国のストリーミングサービスのトップ10に入ったりしました。そういうことは世界各地で起きていますね。
ーー日本の音楽を世界に展開するというときに、私たちはついアメリカやヨーロッパをイメージしますが、アジアはもちろんアフリカまで広がると。
野本:そうです。どこにチャンスがあるかわからない。たとえばブラジルとメキシコはめちゃくちゃ音楽が好きな国で、ユーザーが驚くほど多くの音楽を聴くんです。日本で言えばアニソンも強いですし、日本の音楽、アーティストでも「一番よく聴かれた国」になることが多いです。
ーーそれでは、日本のどういうタイプのアーティストが海外に出ていくべきだと考えますか。
野本:誰ということではなく、全員が出ていくべきだと思います。デジタルになったということは、インターネットを通じてストリーミングで出した瞬間に世界のユーザーとつながってしまうわけで、いろいろ考えて制限すること自体にあまり意味がない。まずは聴かれる機会をできるだけ増やした上で、そこから戦略を決めていく、ということをアーティストもレーベルもできる時代なので、そういうふうに意識を変えていってもらえれば、うまくいく人たちがどんどん増えていくと思います。
ーー日本でも、ストリーミングで音楽を楽しむという流れは今後も止まらないと。
野本:止まらないと思いますね。日本は欧米と比べて、良くも悪くも常に2〜3年遅れています。このまま同じシナリオで進むとは言いませんが、近しいところまではいくのではと。ビルボードジャパンの2019年の楽曲トップ100を見ると、2018年は50%だったストリーミング配信曲が、85%まで上がっています。嵐の「BRAVE」もトップ50に入っていますが、それもストリーミングに出ていますね。
日本語という特殊な環境
ーー英語圏ではトップアーティストはかなりビジネス的にも成功しているように見えますが、日本語のマーケットではどうでしょうか。ストリーミング時代になって中堅クラスで活躍するアーティストが増えるかどうか。
野本:ストレートに言って、「日本語」という特殊な環境もあり、日本のアーティストに限って言えば国内のマーケットが一番大きい。海外にも広げていかなければいけない、というのは明らかですが、ストリーミングだけで食べていけるアーティストが10万人になるかと言えば、そうはいかないでしょう。つまり、ストリーミングでファンと繋がり、ライブなのか、マーチャンなのか、CDなのか、きちんと売り上げを出すエコシステムを作っていくことがより必要になるので、マネージメントとレーベルが混ざり合っていくことになるでしょう。もっとも韓国もそうですし、海外ではもともと、インディペンデントに関してもレーベルが、マネジメントが、と分ける感覚はあまりないと思いますが。いずれにしても自分がどこで儲けるのか、ということを意識していく時代になっていきます。
ーー最初からマーケットの大きい英語圏では、音楽で食べていくためのハードルは低くなっているのでしょうか。
野本:かなり低くなっているイメージです。うちの会員でもあるTommy BoyのTom Silvermanさんも言っていましたが、ストリーミングで大いに儲かっていると。日本はストリーミングで儲けるのか、フィジカルといういままでのビジネスモデルで儲けるのか、その両方を追っているように見えて「なっていない」と言うんです。つまり「二兎を追う者は一兎をも得ず」で、それでは成功しないと。ストリーミングを選んだ彼らは、CD時代よりカタログでは4倍くらい収益が上がるようになったということで、歴史があるレーベルほど、ストリーミングに向いていると言う収益構造になってきていて。新譜も昔は3〜6カ月、長くても1年で制作費や広告費を回収しなければいけませんでしたが、ストリーミングになり、2年をリクープ期間として見るようになったそうです。株式会社は毎年決算がありますが、それを乗り越えて長期的な視点にシフトしていけばーー。
ーー企業体としてのレーベルもいずれ儲かっていて、アーティストに分配される部分も増えていくと。
野本:その通りです。先ほど、「日本語」という壁があると言いましたが、その壁は作品というより、ビジネス的な部分にあると思っています。ビジネスにおいて、世界の人たちと共通言語化されにくいところがあり、ストリーミングというものにもリアリティがいまいちない人が多くて。その通訳をMerlinがしているということですね。ただ、現状にリアリティを持っていない人は、いずれにしてもビジネスモデルの変化についていけなくなってしまうと思いますから、自然と新陳代謝が生まれていくでしょう。インターネット発のアーティストが増えているのはそういうことを示していて、アーティストの中でもすでに新陳代謝が起こっていると言えます。
ーー感覚の鋭いアーティストが、初めから世界のリスナーを見据え、日本の音楽ビジネスのエコシステムを飛び越えてスターになっていく。その可能性は十分あるということですね。
野本:実際、AWALに登録した日本人アーティストは数名いて、最近では小袋成彬や山崎彩音がそのネットワークを使ってうまくいき始めていると思います。彩音ちゃんはドイツのラジオ局でヘビーローテーションされていたり、そういうところまで広がってきていて。やはりチャレンジすべきことはあると思います。
ーー最後に、今後Merlinを日本でどのように展開していきたいとお考えでしょうか。
野本:エピック・ソニーの創始者である丸山茂雄さんは、当時から「メジャーは3つ4つで、あとは1000のインディーズがあればいい」という発想の持ち主でしたが、まさにそういう時代にできたらいいなと。いくつかのメジャーと、1000、10000というインディーズが輝いているーー夜空も星がたくさんあったほうが綺麗ですよね。
ーーその1000のレーベル、アーティストが輝いていくために、市場競争に任せきりではうまくいかない部分もあるから、Merlinのように彼らを束ねる存在が必要なのかなと感じます。
野本:Merlinを使うか使わないかにかかわらず、他人にオールを任せてはいけません。自分のボートは、自分で漕ぐ。そういう意識を持つ人が増えてくれれば、自然とMerlinを選ぶ人も増えていくだろうと考えています。