『Bohemian Bloom』インタビュー
seeeeecunが明かす、ボカロシーンへの感謝を胸に新たな場所へと踏み出した現在の想い
2014年の活動開始以降、v flower(Vocaloidボイスバンク)を使ったロック曲などでボカロPとして人気を集めてきたseeeeecun。彼が8月7日に最新アルバム『Bohemian Bloom』をリリースした。このアルバムは、自身歌唱の楽曲で全曲を構成した、「シンガーソングライター・seeeeecun」としての初の作品となる。彼が現在の音楽性に至るまでの音楽遍歴と、ボカロシーンへの感謝を胸に新たな場所に踏み出していく現在の想い、そして作品の制作風景を聞いた。(杉山仁)
名刺代わりの作品として「すべて自分で歌おう」と決めました
――seeeeecunさんはどんな音楽遍歴を辿ってきたのでしょう? 小さい頃は、それほど色々な音楽を聴いていたわけではなかったそうですね。
seeeeecun:そうですね。『ウルトラマンティガ』(TBS系)にハマったのがきっかけで、小さい頃はV6のファンでした。当時は、ジャニーズの音楽を聴くぐらいだったんですが、歌を歌うこと自体はずっと好きでしたね。母親がピアノの先生をしていましたし、父親もカラオケが好きだったので、無理やり連れていかれて歌ったりもしていて。その後、中学のときに地元の新潟から埼玉の全寮制の学校に進学したんですが、そこでカルチャーがガラッと変わったんです。RIP SLYMEやポルノグラフィティ、BUMP OF CHICKENのような、これまで知らなかった音楽を色々と知ることになって、最初は周りのみんなの話についていくために、色々な音楽を聴きはじめました。
――コミュニケーションのきっかけとして必要だった、と。
seeeeecun:そこからしばらく日本の音楽ばかりを聴いていたんですけど、同時に、父親がQueenやUKロックのバンドを聴いていたので、「よく聴くとめちゃくちゃいいな」と気づいて。その当時Mr.Childrenも好きになって、両方を並行して聴いていました。当時の僕はイケてるタイプではなくて、運動ができなかったし、トークも上手くなかったので、割と周りからいじられるような人間だったんですよ。でも、あるときクラスのみんなの前で、歌を歌うことになって。そのときQueenの「We Will Rock You」を歌ったんですけど、クラスのみんなの反応が存外によくて、初めて褒められるという経験をしました。
――人前で歌う楽しさを実感したのは、それがきっかけだったんですか?
seeeeecun:不思議な話で、それがなかったら、今ほど音楽にのめり込むことはなかったかもしれないですね。そこからギターをはじめて、ゆずやMr.Childrenや19を弾くようになって、音楽に関してはみんなから褒められるようになって。そこで自分の人生が変わったような感覚がありました。音楽がコミュニケーションツールの役目を果たしてくれましたし、「ちょっと自信を持っていいのかな」と思うようになったんです。それから、高校のときにELLEGARDENにハマって、大学に入るとSly & The Family StoneやFunkadelicのような60~70年代のファンクが好きな人たちと仲よくなって、The Rolling Stonesのような4大UKバンドや、00年代のArctic MonkeysやBloc Partyのようなバンドの音楽を聴くようになりました。
――その辺りで聴く音楽が広がっていったのですね。たとえば、当時はUKロックのどんなところに惹かれたんでしょう?
seeeeecun:まずは「サビがない」ことに衝撃を受けました。曲のつくりが全然違うと思ったんです。特に衝撃を受けたのはRadioheadです。印象的なフレーズがあれば、AメロでもBメロでも関係ないし、「それでいいんだ」と。そこに「なんて面白い音楽なんだろう?」と感じて、どんどんハマっていきました。そして大学4年生のときに、初めて自分で曲をつくりはじめて。でも、一番の大きな転機は、社会人になってから、いとこがボカロPとして活動しているのを知ったことですね。そこで曲のつくり方やボカロの調声、DAW(音楽制作ツール)の使い方を教わったのが、曲を本格的につくりはじめるきっかけになりました。
――初めてボカロ文化に出会ったときの印象は?
seeeeecun:もともとニコニコ動画が好きだったので、ボカロ文化に触れられる環境ではあったんですけど、特に初期の頃はアニソンをバックグラウンドに持った方が多かったので、「自分がハマることはないかもしれないな」とも思っていました。その考えが変わったきっかけは、みきとPさんです。「サリシノハラ」を聴いて、「こんなギターを奏でる人が、どうしてボカロをやっているんだろう?」と衝撃を受けました。当時は、ボカロシーンでもギターロックが盛り上がっていた時期ですよね。僕も初期の曲は、みきとさんやbuzzGさんに影響されて曲をつくっていました。ただ、そのときはUKロックが好きだった自分を忘れていて、純粋にボカロを使って音楽をつくっているような感じでした。
――では、活動を続ける中で、その2つの要素が混ざっていったような感覚ですか?
seeeeecun:みきとさんやbuzzGさんのような曲をつくっても二番煎じになってしまうので、他の人がやっていることを真似ても面白くないのかな、と思ったんです。そこで、自分がこれまで聴いてきた音楽の要素を出してみたのが、「脳内雑居」(2016年/初音ミク)でした。この曲はRadioheadに影響を受けたものだったんですけど、意外にみんなが聴いてくれて。「こんな自分も出していいのかな」と思えたことが、小さな成功体験になって積み重なっていったような感覚です。
――もともとseeeeecunさんの曲は、ボカロ的ではないものも多いように感じます。
seeeeecun:それは、僕がもともと人が歌うことを想定してつくっているからなのかもしれないですね。たとえば、メロディの音階が「ボカロっぽいもの」ってあるじゃないですか?
――ボカロだからこそ歌える、人には歌いにくい譜割や音階のことですね。
seeeeecun:そうです。でも、僕の場合は青春時代にボカロに触れていたわけではなかったので、あまりそのベースがない状態で、ボカロ曲をつくりはじめたのがその理由かな、と思っていて。
――実際、今回のアルバムも、自身でボーカルを担当していることが自然に感じられました。
seeeeecun:嬉しいです。でも、僕自身はあまりそれを意識しているわけではなかったんです。今回のアルバムも、自分の声に合う音楽に行きついた結果、シンガーソングライターっぽい作品になったという感覚で。これが完成形ではないと思っているんですけど、そういう場所に一歩足を踏み込むような、名刺代わりになる作品をつくりたいと思っていました。
――そもそも、シンガーソングライターとしてやっていこう、と思ったきっかけというと?
seeeeecun:ひとつは、去年の6月に和田たけあきさんと、はるまきごはんくんと3マンライブ(『チュルリィランドタイムズ』/追加公演も実施)をやったことですね。そのときに、seeeeecunとしてライブに出るんだったら「自分でボーカルをやろう」と思いました。もともと歌うことは好きでしたけど、ニコニコ動画で活動をはじめてからは、本当に上手い歌い手さんたちの歌を聴いて、「これは無理かもしれない」と封印していたんです。でも、久しぶりにライブに出たときに、お客さんの反応に感動してしまって。そこで「自分で歌うのってこんなに楽しいんだ」と気づきました。もうひとつは、宮下遊とDoctrine Doctrineをはじめたことです。もちろん彼のボーカルはすごくよかったんですけど、同時に「自分の曲を自分の歌でも表現してみたい」という気持ちになりました。ちょうどその頃、Mr.Childrenの作品がストリーミング解禁されて、久しぶりに聴いてみたら、「ああ、これが俺のやりたかったことだったんだな」と改めて思ったこともあって、久しぶりにライブDVDを買い直して、「自分もこうなりたいな」と思ったのは大きかったと思います。
――もしかしたら、ボカロP的というよりは、ずっとシンガーソングライター的な感覚を持っていた人だったのかもしれません。
seeeeecun:心持ちとしては、そういうところがあったのかもしれないです。「ボカロP」や「ボカロの曲をつくっている人」という感覚ではなくて、単純に自分がつくりたい曲、表現したい曲をつくるために活動をしてきたので。それがしっくりきたからこそ、今回のアルバム制作も、すごく楽しかったんだと思います。ただ、シンガーソングライターのアルバムにしようと決めたのも、結構直前のことだったんですよ。もともとは、ボカロ曲と、自分の歌唱曲を両方入れようと考えていました。でも、最終的には、シンガーソングライターとしてやっていくのなら、まずは名刺代わりの作品として「すべて自分で歌おう」と決めました。あと、もともと僕が好きなアルバムには、そのアーティストの1stや2ndで「粗削りなんだけれど、それがすごくいい」という作品がたくさんあるんです。たとえば、Oasisの1stアルバム『Definitely Maybe』や2ndアルバム『(What's the Story) Morning Glory?』は、まさにそうですよね。Arctic Monkeysの1stアルバム『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』もThe Strokesの1stアルバム『Is This It』もそうだと思います。そういう作品が目指したいもののひとつだったので、「粗削りでもいいから、頑張ってみよう」「自分もそこに並びたい」という心構えがあったと思います。
――つまり、今回のアルバムは、シンガーソングライターseeeeecunにとっての「1stアルバム」だ、ということですか。
seeeeecun:そうですね。もちろん、僕はすでにデビューアルバムを出していますけど、僕自身、今回の作品を「2ndアルバム」とはあまり言っていないんです。それは、「これがシンガーソングライターとしては1枚目だ」という気持ちがあるからだと思います。制作に際しては、最初は全体像は考えていませんでした。ただ、曲名は浮かんでいて、その時点で「有象無象空想C荘」「ハンマーヘッズ」「ピーナッツと慟哭」というタイトルはありました。
――普段から、タイトルを先に思いつくことが多いんですか?
seeeeecun:タイトルは、日頃から思いついたものをメモ帳に書き溜めていますね。僕は言葉の語感や言葉の力を重視しているので。今回のアルバム『Bohemian Bloom』も、もともとは題名から思いついたものでした。『Bohemian』という言葉を使いたいと思ったのが去年ぐらいで――。
――この単語は、Queenの「Bohemian Rhapsody」から取っているそうですね。
seeeeecun:そうです(笑)。ただ、もともと「bohemian(=放浪的な/伝統にとらわれない/自由奔放な)」という単語自体も好きでした。それを「Bohemian Rhapsody」にもなぞらえられるなら「いい言葉かもしれない」と思ったんです。「Bloom」の方は、最初は「Blue」にしようと思っていました。つまり、最初は『Bohemian Blue』だったんです。でも、「それだと寂しいな」と思ったときに、トロイ・シヴァンを聴いていたら、「Bloom」という曲があって――。
――2018年にリリースされた2ndアルバムのタイトル曲ですね。
seeeeecun:彼もシンガーソングライター的な雰囲気がある人ですから、そこへの憧れも含めて、『Bohemian Bloom』というタイトルにしました。組み合わせてみたらすごくいいと思ったんですよ。自分が影響を受けているものと、それをチョイスして組み合わせる=自分らしさを出すことの両方が込められますし、それは僕がずっとやってきたことだと思ったので。
――『Bloom』という単語には、「花開く」という意味が込められているんですか?
seeeeecun:そうです。「ボヘミアンが花開くって、どういうこと?」と思うかもしれないですけど(笑)、それも、今までボカロPとしてやってきた自分が、シンガーソングライターになるという意味では、どうしても異端者的というか、宙に浮いたように見えるかもしれないと思ったので、今の自分に合っていると思いました。それが、「ちゃんと花開いてほしいな」って。
――そうやって活動の形を変えることって、勇気のいることですよね。
seeeeecun:ファンの人たちも、アーティストが変わることって、こわいはずだと思うんです。でもひとつ言えるのは、アーティスト自身も変わるのはとてもこわいということです。でも、同じような曲をつくり続けていたら、いつかはきっと飽きてしまう。もちろん、ボカロPとしての僕が好きだった人もいると思いますし、それはそれで仕方のないことだと思います。でも、興味を持ってくれるなら、僕が変わっていくところを見てほしいですし、自分がやりたいと思った方向に変わることを、応援してくれたら嬉しいと思っています。僕は頑張っていくから、「信頼してほしいな」という気持ちです。