『Ghost Notes』インタビュー
Kan Sanoが追求するサウンドのオリジナリティ 全てを一人で作り上げた『Ghost Notes』を語る
ブラックカルチャーと日本人的要素が混じり合ったオリジナリティ
ーーアルバムを出すごとに、サウンドコンセプトも大きく変わっていきますよね?
Sano:1枚アルバムを作ると、次は違うことをやりたくなる性分というか(笑)。『2.0.1.1.』の時はゲストをたくさん呼んで、ドラムもmabanuaや神谷洵平くんなど、複数の人に叩いてもらったのですが、次の『k is s』(2016年)では全部自分で打ち込んで、アップテンポな曲を増やしました。ミックスダウンが終わってマスタリングの作業に入っている時は、いつも次の作品のことを考えているんです。とにかく、早く作りたくてしかたないという(笑)。
ーーじゃあ、本作『Ghost Notes』は、『k is s』を作り終えた時にはもう構想を練っていた?
Sano:練っていましたね(笑)。なんとなく「次は生楽器主体でやりたい」という風に考えていました。
ーー今回のアルバムを作る上でインスパイアされたものは何かありましたか?
Sano:もともとのスタートとしては、10代や20代の頃に聴いていたネオソウルと、もう一度向き合ってみたいというのがまずありました。当時はまだ自分にその力量がなかったので、ちゃんとアウトプット出来ていなかった気がしていて。今ならそれが出来るので、ちゃんとカタチに残しておこうと。厳密にいうと、ディアンジェロやエリカ・バドゥの作品の中でも僕が好きだったのは、J・ディラがトラックを組んでいる曲よりクエストラヴが生ドラムを叩いている曲だったんですよね。
ーー要は、「生音のネオソウル」を追求しようと。
Sano:そうすると、彼らのルーツである70年代のソウル……ロイ・エアーズやハービー・ハンコックのようなジャズファンクからの影響も、アルバムには出ていると思います。僕はエイドリアナ・エヴァンスの1stアルバム『エイドリアナ・エヴァンス』(1997年)がすごく好きなんですけど、それがものすごく洗練されたヒップホップ・ビートなんですよね。今作を作る前によく聴いていたので、その影響もあると思います。
ーー90年代のネオソウルや、そのルーツである70年代のブラックミュージックにインスパイアされつつも、コンテンポラリーなサウンドになっているのが興味深いですよね。
Sano:そう思ってもらえたら嬉しいです(笑)。そこは、作る時にすごく意識したというか、考えたところでした。もちろん作為的に取り込むのではなく、自然に醸し出すにはどうしたら良いのかと。
僕は今、クラブシーンの中にいるので、いろんな人と関わる機会も多いし、何が新しくてどんなものが流行るのか、そういう情報も入ってくるんですけど、そういうトレンドとは常に距離を保っていたいタイプなんですよね。それでいて、完全に外れてはいないというか(笑)。きっとそれは、今この時代を真剣に生きていれば、自然とそうなるんじゃないかなと。とにかく「今、自分が聴きたい音」を作ることに集中していました。
ーー具体的なところでいうと、とにかく低音がすごい。「Stars In Your Eyes」のベース音など、胃がせり上がってくるようです。
Sano:低音を出すというのは、ここ最近の音楽に共通している要素だと思うんですけど、今回ドラムは生でも低音は欲しいので、Roland「TR-808」のキックを後から足したり、スネアにも薄くシンセを重ねたりしていますね。そこが、70年代のソウルや、90年代のネオソウルとの違いにもなっているのかもしれない。
ーーそれと、先行シングル「Sit At The Piano」のような楽曲には、日本人の琴線に触れるコード感やフレーズが散りばめられていて。それがネオソウルのグルーヴと融合しているところが、Sanoさんのオリジナリティになっているのかなと思いました。
Sano:ああ、確かに。自分の中にある日本っぽいテクスチャーは、例えばピアノ作品などソロ名義とは別の活動で出していたんですけど、そういう枠組みみたいなものも段々なくなってきていて。「Sit At The Piano」では自然に融合出来たなと思っています。作為的なことは何も考えず、頭の中にふと浮かんだというか。
あと、Nujabesさんや、彼と一緒にやっていたUyama Hirotoさんの音楽を、最近またよく聴いていて。彼らの音楽は、10年くらい前の自分はどちらかというと避けていたところもあったんですけど、今聴くとやっぱり「いいな」と思ったりして。それって時代の変化も関係していると思いますし、僕自身が色んなアーティストと関わるようになったのも大きいかもしれないですね。
ーー今回、ドラムやトランペットなども全て演奏しているのですか?
Sano:はい。トランペットは、高校の吹奏楽部でやっていたことがあって、今回久しぶりに引っ張り出してきて演奏しました。とにかく「生楽器主体でやりたい」というのがあったので、鍵盤はフェンダーのRhodesをメインに、いつもならシンセで入れるようなフレーズも、ギターやトランペットに置き換えてみようと。Rhodesの音色は、昔から大好きだったんですよね。ネオソウルやオリジナルソウルを代表する楽器でもありますし。最近はシンセサウンドが巷に溢れすぎていて。みんなカッコいいしクオリティも高いんですけど、同じような音ばっかりだなという感じもしていたので、ちょっと違うものを作りたかったというのもありました。
ーー歌詞はどのように取り組みましたか?
Sano:もともと自分のサウンドや声質は「夜」っぽいなと思っていたし、周りの人たちにもよく言われるので、今回はとことん夜のイメージで作っていこうと思って。でも、歌詞を本格的に書くのは前作くらいが初めての経験だったので、まだ自分の書き方が見つかっていない感じなんですよね。試行錯誤しているところというか。
ピアノなら例えばビル・エヴァンスがいて、キース・ジャレットが……みたいな、なんとなく系譜や歴史が分かっているんですけど、歌詞に関してはそれが全くわからなかったので、自分が好きで聴いているミュージシャンや、尊敬しているアーティストがどういう歌詞を書いているのかを改めて読み直すなどはしましたね。その上で、自分がどういうものを書くのか決めていきました。
ーー例えばどんなアーティストに刺激を受けましたか?
Sano:例えばCharaさんや七尾旅人さん、去年ツアーで参加したKIRINJIの堀込高樹さんなど、僕の周りは本当にすごい人たちばかりなんですよね。今の自分では、そのレベルには到底たどり着かないですけど、とにかく今回は素直に、個人的な感情に沿った言葉を選びました。アルバムタイトルが『Ghost Notes』という音楽用語にしているのも、自分にとって一番リアリティのある言葉だったからだと思うんです。
ーーミックスダウンはどんなところにこだわりましたか?
Sano:これもタイトルの『Ghost Notes』が象徴しているように、細かいニュアンスが聴き取れるようにしたくて。音をどんどん詰め込んでいくと、一つ一つの音が聞こえづらくなるじゃないですか。なるべく音数を少なくすることは心がけました。例えばRhodesって鍵盤を離した時に、ちょっと音が鳴るんですよ。それがシンセには出せないグルーヴ感にも繋がっていて。そういう細かいニュアンスを生かすように心がけました。
ーー音数を少なくすれば、その分1音の持つ存在感や説得力が増しますよね。
Sano:20代の頃は、自分に自信がなくてそういうことをあまりやらなかったんですけど、30歳を過ぎて、自分の演奏にいい意味で自信と諦めが出来たというか(笑)。もちろん、まだまだ満足はしていないし「自分はこんなもんじゃない」という気持ちもあるんだけど、「こんなことくらいは出来るんだぜ?」っていう気持ちもあって。なるべく弾いたまま、録ったままのサウンドをパッケージしたかったんですよね。
ーー「諦める」って、「己を知る」という意味でも大切なことなのかもしれないですよね。何が出来て、何が出来ないのかを見極める強さというか。
Sano:そうなんですよね。確かに、そこは明確になった気がします。だからこその自信とも言えるのかな。僕今、80歳まで音楽を続けたいと思っていて。
ーー80歳までですか?
Sano:アルバムを出したいんですよね、80歳くらいまで。というのも、もしこの先音楽をリタイアして「次に何をやるだろう?」と想像してみても、何も浮かばないんですよ。なのできっと、死ぬまで音楽を続けるのだろうし。だとしたら、今いかに健康的な体を維持してコンスタントに作品を作るにはどうしたらいいのかを、ここ最近は考えています(笑)。僕がやっているような音楽は、決して万人ウケするようなものではないと思うんですけど、仮に1年に1枚ずつ出したとしたら、あと4、50枚は作れるから(笑)。まだまだ色んな事が出来るし、トータルで100万枚売れれば自分としては万々歳なのかなって。1枚で100万枚狙わなくてもいいと思う。
ーーこの先もずっとSanoさんの作品が聴けるのは、ファンとしてとても嬉しいことです。最後に、本作を作り終えて改めて気づいたことを教えてもらえますか?
Sano:僕、「ゴースト・ノート」という言葉が昔から好きなんですよね。アメリカの音楽用語なんだけど、直訳すると「幽霊の音」で、見えないものの存在を感じたり、不確かなもの、小さなものに価値を見出したりするところはちょっと日本っぽいし、自分の価値観の根本にもある気がして。さっきも話したように、アメリカのブラックカルチャーと、日本人的な要素が混じり合った音楽というのが、自分のオリジナリティだと思うので、これからもそういう作品を作っていきたいですね。
(取材・文=黒田隆憲/写真=はぎひさこ)
■商品情報
『Ghost Notes』
限定盤:¥3,240(税込)
ディスク:1
1. End
2. Baby On The Moon
3. Stars In Your Eyes
4. Horns Break
5. tech mac maya com
6. My Girl
7. Don’t You Know The Feeling?
8. DT pt.2
9. Sit At The Piano
10. Nightfly
11. Ride On The Back To Back
12. 1140
13. Melody At Night
ディスク:2
1. Lucille
2. Runnin’ Away
3. Lovely Day
4. Seein’ Is Believing
5. Untitled (How Does It Feel)
6. What’s Going On
7. Grace
8. A Change Is Gonna Come
通常盤:¥2,700(税込)
1. End
2. Baby On The Moon
3. Stars In Your Eyes
4. Horns Break
5. tech mac maya com
6. My Girl
7. Don’t You Know The Feeling?
8. DT pt.2
9. Sit At The Piano
10. Nightfly
11. Ride On The Back To Back
12. 1140
13. Melody At Night