『トキサカシマ』インタビュー

山口美央子、35年ぶりとなる4thアルバム『トキサカシマ』 松武秀樹との制作過程を語る

 テクノポップ旋風吹き荒れる80年代に登場し、3枚のアルバムをリリースした”シンセの歌姫”こと山口美央子が、実に35年ぶりとなる通算4枚目のオリジナルアルバム『トキサカシマ』をリリースする。

 本作は、前作『月姫』の続編ともいえるべき内容。”妖のファンタジー”をコンセプトに、ヨーロッパのデカダンやジャパネスク〜オリエンタルを融合した楽曲たちは、相変わらず唯一無二の輝きを放っている。職業作曲家としてコンスタントに活動を続けていたとはいえ、自ら歌うのは1985年にリリースされたベスト・アルバム『ANJU』以来というメロディに、ブランクなど微塵も感じさせないのは驚きだ。むしろ、彼女の得意とする和洋折衷の世界観は、中田ヤスタカや相対性理論、米津玄師といったアーティストの持つオリエンタリズムを通過した耳で聴くと、とても新鮮。松武秀樹(Logic System)と共に作り上げたサウンドスケープは、ヴェイパーウェイヴやフューチャーベースなどに親しむ若い層にもきっと響くことだろう。

 「声」とサンプリング以外、ほとんどシンセで作り上げたという本作。その制作秘話について山口と松武に聞いた。(黒田隆憲)

今聴いても新たな発見が埋まっていた

ーーそもそも山口さんと松武さんは、どのようにして出会ったのでしょうか。

山口美央子:私は1980年に『夢飛行』というアルバムでデビューしたのですが、その頃にはもう松武さんはシンセサイザーのプログラマーとしてトップの人だったんです。当時の私は”シンセの歌姫”というキャッチフレーズがついていたくらい(笑)、シンセを多用した音楽を作っていたので、それで必然的にお仕事を依頼することが多くて。『夢飛行』、『NIRVANA』、『月姫』と、全てのアルバムに参加してもらっています。特に『月姫』は、サウンドプロデュースの土屋(昌巳)さんと松武さん、そして私の3人で作ったようなアルバムでした。当時はまだみんな若かったですし、その時期からのお付き合いも随分と長いので、もう言いたいことは何でも言える間柄ですね(笑)。

ーー(笑)。松武さんは、当時の山口さんをどう思っていましたか?

松武:デビュー時から一貫して自分のカラーを持っているシンガーソングライターという印象ですね。和の要素やAORのエッセンスを取り入れつつも、ベースにはテクノがあって。他のアーティストとは明らかに色合いが違っていました。

ーーなるほど。山口さんは、デビュー時からそういうサウンドを志向していたのでしょうか。

山口:はい。当時YMOにはとても影響を受けました。KYLYNから辿っていくうちにYMOに行き着いたというか。大学の友人で自宅にスタジオを持っている人がいて、デビューのきっかけになったデモテープは、彼の家でTEACのマルチレコーダーを使って多重録音したものなんです。それをいくつかの音楽出版社に持っていき、その中の1社が気に入ってくれてデビューが決まりました。

ーー『月姫』以降、松武さんとの交友はずっと続いていたのですか?

山口:そうですね。共通の友人も多いですし。松武さん主催のイベントに出席するなど、割とコンスタントに顔を合わせていました。

ーーでは今回、実に35年ぶりとなるニューアルバム『トキサカシマ』を作ることになった経緯を教えてください。

山口:昨年12月に、私の過去3作が松武さんのレーベル<pinewaves>からリイシュー(初CD化)されまして。ファンの方からの反響もとても良かったんです。まだ覚えていてくれた方が大勢いてとても嬉しかったところに、今年に入って松武さんから「新作を作りませんか?」という話を頂いたんです。

松武:あの3枚がCDになっていないこと自体が信じられなかったんですよ。僕のFacebookアカウントにも海外のリスナーから、「MIOKO YAMAGUCHIのCDを購入したいのだけど、どうしたらいいか分からない」という問い合わせがよく来ていたんですね。「いや、CDはないんだ」というと「絶対出してくれ」って(笑)。それで私が原盤会社へ直談判しに行きました。それで(リイシューが)実現することになるのですが、やはり今聴いても良い音楽だし新たな発見が埋まっているんですよね。これはもう、新作を出すしかないと。

山口:『月姫』リリース以降も、私はずっと作家活動をしていたので、人に楽曲提供することには慣れていましたが、自分自身の作品なんてもう何年も作っていないし、そもそもそんな発想がなかったから出来るかどうか不安だったんですよね。でも、松武さんと打ち合わせを重ねていくうち、お互いが好きな音楽……例えばUKのプログレっぽいサウンドに、物語性のある歌詞を付けるのだったら、私自身とても好きな世界観だし、”ファンタジー”をテーマにしたアルバムだったら出来るかもしれないなと。まずは取り掛かりとして曲だけでも書いてみようと思って5月の連休に試してみたら、作っているうちに段々楽しくなってきちゃって(笑)。


ーー”妖のファンタジー”をテーマにした理由は?

山口:昔からファンタジーというか、オカルティックな世界が大好きで、買うのもそんな本ばっかりなんですよ(笑)。神秘思想家のゲオルギイ・グルジエフも好きでした。「見えるものだけが真実ではない」と思っているので、例えばパラレルワールドや波動も本気で信じてますし。『ファイナルファンタジー』的な世界も、この宇宙のどこかにあると思っているので、ちょっとヘンなんですけど(笑)。そういう、目に見えないものを表現する手段として音楽は最適な手段ではないかと。

ーー今作のジャケットも、そういう世界観を象徴しているのかなと。まさに異世界への入口という感じですよね。

山口:そうなんです! これはドイツの通称「ラコツ橋」の写真です。水の上にかかる見事な曲線のアーチは、きっと悪魔の王であるサタン自身が作ったに違いない、として「悪魔の橋」と呼ばれていて。これ、本当にあるんですよ。何かでこの写真を見つけて「これがいい!」と。それに、「女性が部屋に飾りたくなるようなジャケット」というのも裏テーマにありました。そう思って探していた時に、この写真を見つけたんです。例えばジャズのECMや、ヒプノシス(レッド・ツェッペリンのアートワークなどを手がけたデザイン集団)っていつも、「これは何を示唆しているんだろう?」と思うような不思議なアートワークじゃないですか。

ーー確かに。そういえば、山口さんって今は森の近くに住んでいるそうですね。それも今作に影響を与えていますか?

山口:そう思います。私、5つの自然元素でいうと属性が「水」なんですよ。水って流動的なので、土に根を生やし立っている木々の近くにいると落ち着くんです。安定したものを求めているのでしょうね。それと、「精霊の森」という曲でも書きましたが、森というのは異界への入り口ですし、古くからある森は、様々な時代で「何が起きたか?」を全て見てきた神秘的な存在です。ちなみに森といえば、ロシアの戯曲『森は生きている』(サムイル・ヤコヴレヴィチ・マルシャーク)も小さい頃から好きで、そこからもインスパイアされた部分は大きいですね。

ーータイトルにもなっている「トキサカシマ」の意味は?

山口:ひと言でいえば「時を逆行する」という意味です。……私、ゲームでは『クロノ・トリガー』が好きなんですよ。「時の番人」とか、「時を旅する」みたいなキーワードが頭の中にあって、それを上手くひと言で表せないか悩んでいた時、ふと本棚を見たらジョリス=カルル・ユイスマンスの幻想小説『さかしま』(澁澤龍彦訳)が目に入ったんですね。「さかしま」は「逆さま」という意味ですから、そこに「とき」をつけようと思ったんです。

ーー『クロノ・トリガー』が出てきたのは驚きましたが(笑)、なるほど、そんな風につながっていたのですね。楽曲はいつくらいに揃ったのですか?

山口:さっきもお話したように、楽曲は5月くらいから作り始めて、8月にはほぼ出そろっていました。これまで作曲家として人に楽曲を提供する時には、アレンジャーの邪魔にならないように、簡易的なデモテープしか作っていなかったんですが、今回は松武さんに、「自分のやりたい世界なんだからアレンジも自分でしたら?」と言われて。

松武:そこは強く言いましたね。「サウンドメイキングは僕が全部助けるから」と。なので、全体のコンセプトと、最終的なブラッシュアップに関しては僕も色々言いましたが、曲作りやアレンジについては一切口を出しませんでした。特に歌詞に関してはほとんど彼女が1人でやっていますね。

山口:プロセスとしては、9月から1曲ずつ1週間〜10日と決めてアレンジを詰めました。それを松武さんにデータで送ってチェックしてもらいつつ、サウンドのブラッシュアップをお願いしました。ただ、「これは外せない」というシンセの音や、エフェクトに関しては事前に松武さんに釘を刺しました。特にディレイに関しては結構こだわりがあって、松武さんに勝手に変えられないようデータをバウンスして渡しましたね。「このディレイを外されたら私、絶対に許さない!」と思ったので(笑)。

松武:(笑)。それでいいんですよ。彼女のこだわりに関して、僕がとやかく言うことではないし。ただ、トラックダウンは流石にやりづらかったですね、バウンスされたデータではディレイの微調整とかできなくて(笑)。

ーーアレンジは苦労しましたか?

山口:最初は大変でした。データのやり取りをメールでしながら曲を作っていくという作業自体、初めての経験でしたし。

松武:DAWは日進月歩ですからね。もともと彼女が使っていたのはCubaseのかなり古いバージョンだったので、まずはそれを最新版にアップデートしてもらいました。そこからは、あっという間にやり方を覚えてくれて。理解するのがものすごく早いんですよ。きっと負けず嫌いなんでしょうね、「人に教えてもらうくらいなら自分で調べる」みたいな感じかな(笑)。思いついたらとりあえずやってみるっていう姿勢もいいなと思いました。音楽制作ってそういうものですしね。ともかく、予想以上にスピーディーに作業が進みました。

山口:Cubaseの基本操作は分かっていましたからね(笑)。使ってみたら、内蔵のソフトシンセにすごく良い音が多くて、今回のアルバムでも多用しています。アナログシンセと違って配線に悩まされることもないじゃないですか。女性なので、部屋がシールドだらけになって汚くなるのも嫌だったんですよ、前は(笑)。そういう煩わしさもなくなってすごく快適でした。


ーー今回のアルバムで、メインで使っているシンセサイザーは?

松武:アナログでいえば、やはりMoogとProphet-5がメインでしたね。あと、彼女が自分で気に入っている音色。Cubaseの中に入っているFM系のきらびやかなシンセ音が好きなんですよ。ちょっとでも変えると、「変えたでしょ」って言われる。バレちゃうんです。音作りやミックスダウンに関しては、Logic Systemの相棒である入江純のスタジオで、彼と一緒に詰めていきました。

山口:(笑)。でも松武さんの凄いところは、ミックスダウンで更に分かったんですけど、私が気に入っていれたストリングスに、別の音色を少し足すことで音を引き締めてくれたり、グッと前に出してくれたり、そういう幾つかのパターンを用意してくれて、実際に聴き比べをさせてくれたんですよ。混ぜる音色の比率なども、その場で調整させてくれたし。それはとても嬉しかったです。

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