宇多田ヒカル楽曲の変遷 3つの音楽的ポイントから探る

後期〜現在…『Fantôme』『初恋』

 前作から8年半の人間活動期間を経て、曲より詩を中心に構成がなされた時期。『Fantôme』ではKOHHを客演に、また、ネットイベントにもPUNPEEを呼ぶなど、彼女が注目しているラップの要素を取り入れはじめた。若干コードを変えて同じ伴奏をループさせたり、「Forevermore」の中間でジャジーなピアノを入れたり、「花束を君に」では、クラシックの古典によくあるような装飾音(トリル)を入れるなど、R&Bをベースに様々なジャンルの要素を取り込んでいる。

リズム、速さ

 『Fantôme』は歌詞を中心に据えるとあまりわからないが、実は、意外とテンポが速い。平均してBPMは80~100くらい、『初恋』は100くらいである。「重い」と感じさせない絶妙なテンポに設定している。拍は4拍子をタテで取るようなつくりになっているが、「花束を君に」はサビ前で2/2に一瞬変えサビを引き立たせるなど、細かいギミックは健在。

宇多田ヒカル - 花束を君に

 今まで、曲展開を変えるときは歌のキーを転調させて変化をつけることが多かったが、『初恋』では、3連符ベースと16分音符ベースの2軸を中心に、交互にスイッチすることで曲の印象を変えている。「Play A Love Song」や「Forevermore」はまさにその好例だ。

宇多田ヒカル 『Forevermore』(Short Version)

 「嫉妬されるべき人生」は歌が主導となり、タイを駆使しながら全体的に3連符を意識したリズムをとっている。ドラムがわかりやくすく3拍子をとる「誓い」は、宇多田ヒカルは16分音符を意識して歌い、感情の揺れ動きを表現している。

音色

 2枚ともピアノを中心に沿え、ストリングスで盛り上げるのが基本。映画音楽のように、バックで鳴らすことを目的とした配置になっている。アルバム『初恋』収録の「残り香」には、彼女がTwitterで聴いているとつぶやいたことでも有名なフランク・オーシャンを感じさせるオルガンが入る。

コード

 他の時期と比べ、転調をつなぎに使う頻度が減った。これは、いつも曲先行でつくっていた宇多田ヒカルが、先に歌いたいテーマが決まり、そこから逆算して、音をつけたからだろう。転調が入ると、エモーショナルな展開を生みがちだが、あえてそれをしないことで、シンプルに詩が真っ先に届くような曲構成になっている。

 最近「やり直し!」という言葉を添え、アジアのラッパーを招聘しRemixをリリースした「Too Proud」。これは、ラップをベースに、音としては鳴っていないがトラップビートが裏で鳴っているようなリズムのトラックを用意して、歌詞を乗せている。〈おの れを なぐ さめ るすべの〉と新しい文字の切り方が新鮮だが、これはかつて「Automatic」で歌詞を区切ることでグルーヴを出すのと方法論としては同じである。ただ、異なるのはそのグルーヴを出すための曲のバックボーンがR&Bからラップへ変わったこと。彼女は常に新しいものを取り入れて曲に昇華しているのだ。

 『Fantôme』は特に、亡くなった母のことを思い、作ったアルバムだからこそ、音より先に詩が真っ先に届くような曲構成にする必要があった。それを経て制作された“2度目”の『初恋』は、デビュー時の自分を踏まえ、新たなジャンルの要素を取り入れてまた新たなモードに突入している。

 時期によって主軸が異なる宇多田ヒカルの音楽。今後、どんな曲を出すのか気になって仕方がない。

■pohiko
91年生まれ。ブロガー。音楽とは関係のない仕事をしているOL。
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