世間を騒がせたライブにまつわる数々のエピソード 沢田研二騒動を機に振り返る

 ジャズ、フォーク、ロック、ヒップホップ、いずれも外来文化であり、観客が興奮して失神とか荒天での野外演奏とか、ライブでの出来事が伝説化されるパターンもあわせて輸入したようなところがある。予定は未定、開演遅延など当たり前といった洋楽の大物並みのわがままと無軌道といえば、X JAPANがまず思い浮かぶ。X JAPANの傍若無人ぶりをみて、日本のロックも立派になったものだと思った世代は存在する(たぶん)。

 滅茶苦茶をやるばかりが伝説への道ではない。中止になってもしかたがない状況なのにライブを決行した心意気が賞賛されることもある。LUNA SEAは1999年に東京ビッグサイトの屋外でライブを予定していたが、開催前に強風でステージセットが倒壊した。だが、当日は廃墟と化した残骸を背景にしてライブを実施し、約10万人の観客を動員した。

 LUNA SEAは開催会場の問題だったが、出演する本人の体調が悪いにもかかわらず、ステージを無事につとめあげて語り継がれるケースもある。昭和の歌姫と呼ばれた美空ひばりが、大腿骨頭壊死症などの闘病後、1988年に『不死鳥』と銘打った復帰公演を催した。それは同年完成した東京ドームでの日本人ソロアーティスト初公演だったが、39曲を歌った美空が脚の激痛に耐えていたことが後に報じられた。彼女は翌年、再入院し亡くなっている。

 また、X JAPANがデビューして破天荒なエピソードの数々で注目を集めるようになった1980年代末から1990年代の同時期に、海外で暴力沙汰、観客とのいざこざ、暴言などで悪名を轟かせていたのが、Guns N’ Rosesだった。その中心人物、アクセル・ローズは、2016年には初期メンバーを再結集してGuns N’ Rosesをリスタートさせただけでなく、喉の不調でボーカルが離脱したAC/DCのツアーへ代役として参加するワーカホリックぶりをみせた。その大変な時期に彼は足を骨折したが、特注の椅子に座って熱唱し、ステージでの役目を果たした。かつての悪童も心を入れ替えたようだったが、同様の奮闘は過去に日本の悪魔がみせてくれていた。

 1986年に聖飢魔IIが『蒜山ロックフェスティバル』に出演した際、デーモン閣下はオープニングで野外ステージの屋根からステージに飛び降りて早速骨折。1曲歌ってから「諸君、元気か。吾輩は元気ではなくなった」と明かし、それでもマイクスタンドを杖代わりにして持ち時間の出演をこなした。この時のことは、本人がネタにしてしばしば語っている。足の「改造手術」直後には、悪魔らしいゴスなデザインの車椅子(「スーパーデーモンカー・ターボGTロイヤルサルーン」)に乗って聖飢魔IIのライブを行っている(DVD『悪魔の黒ミサ』に記録されている)。

 とはいえ、蒜山の一件を美談として語るべきではないだろう。今年は女子駅伝で転倒した選手が右足を骨折したまま四つんばいになって進み、たすきをつなげたことで運営側が批判された。傷ついた体で無理をして後の人生に影響が出てもいけない(悪魔なら人生に配慮しなくてもいいのかもしれんが)。

 ライブに関しては、アーティスト、会場に来たファン、報道で現場のことを知る人々で同じ出来事でも受けとめかたが変わってくる。また、編集ができないライブはアーティストの素が出る場であり、生きざまが晒されると同時に、興行として成り立つかどうか、出演者の商品価値が問われる機会でもある。すべてを計算づくで整えることはできないし、きれいごとだけでもすまない。清濁あわせ呑むことを要求される。それだけに時々、予想外のアクシデントが発生する。だからこそ、ライブは面白い。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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