ニューアルバム『Gracia』インタビュー
浜田麻里が語る、音楽的快感を作品に求める理由「同じ自分で居続けるのが面白くない」
より気持ちを入れられて、より質の高いものを
ーー今回すごくテクニカルな曲が多いですよね。演奏面もそうですし、ボーカルアレンジも凝っていて、めちゃくちゃ高いハードルでやっている。
浜田:そうですね。結果的にはそうなりましたけど、でも自分としてはそんなに苦労はないんです。ただ幅は広いと思いますね。ハードな歌や、すごく広い音域のメロディに自然になっちゃう。プラスして、ハードなものだけではなく繊細なタッチのアカペラとか、自分の得意なクラシカルなコーラスアレンジみたいなものをベーシックに入れてみたりとか。
ーーライブでやるのは結構大変そうですね。
浜田:コーラスも結構厚いですし。いつも厚いんですけど、最終的に補助的な感じまで(音量バランスを)下げてリードを立たせようとするんですけど、今回はちょっと上げめにして、よりハードに聞こえるように、とか。オクターブ上下のコーラスを入れるとか、いっぱいいろんなことをしてるので。それはそのままライブでは再現できないので、新たな取り組みとしてやることになると思います。
ーーそういうボーカルアレンジは当然全部ご自分で考えて、ご自分のプライベートスタジオで録るわけですよね。
浜田:そうですね。
ーーそれは完全におひとりの作業?
浜田:そうです。
ーー孤独な作業ですね。
浜田:孤独ですし……やってること自体は私にとって全然難しいことじゃないんですけど、時間がかかるんですね。アカペラのところも一本一本キレイにやっていって、それを2重にしたり3重にしたりして、それにまた3度上、もっと上、下と加えていくので。時間と根気は要りますね。
ーーそれは最初から完成形のイメージが頭にあって、それに近づけていくという作業なのか、それともやっていくうちに積み重なっていって、複雑で予測のつかないものになっていくのか。
浜田:だいたい想定はしてますけども、録っていくうちに新たなアイディアが出てきたりとかはあります。7割ぐらいは元から頭の中にあるものを具体化していくって作業ですね。プラス3割は、それができた上で、カウンター的に入れてみたりとか。演奏面では、今回ミュージシャンたちは全てハイレベルだったので、そんなに苦労した点はなかったんですけど、ドラムの編集からやるのでその点は結構大変でした。
ーー録ったドラム音源のエディットまでご自分でやられるんですか?
浜田:はい。ドラム、ベースはいつも先に録るので、ギターダビングの前に全部やります。
ーーそれはすごく時間がかかりそうですね。
浜田:すっごくかかります。ひとりでコツコツコツコツやっていかなきゃいけない。
ーーこういうこと聞いたら失礼ですが、そういう作業楽しいですか?
浜田:(笑)。いやあ〜疲れるなあと思うことはありますけど、基本的には好きですし、それで生きてきたんで。苦ではないですけど。
ーーそういうスタジオのコツコツした作業とライブと、どっちが性に合ってます?
浜田:……難しいですね(笑)。普通だったらライブってすぐ答える人が多いと思うんですけど、私の場合、もともとプロのキャリアがスタジオシンガーから始まったということもあるので、レコーディング自体にすごく価値を感じるタイプなので……作品作りもすごく楽しんでますし、ライブはまた全然違った感覚ですかね。いいものができて、お客さんとの一体感を得た時にはほんとにハッピーな気持ちになりますし、思うようにいかないと、うーっとなっちゃうし。
ーーメロディはすべて麻里さんが考えてるんですね。
浜田:基本的にはそうですね。掴みのあるメロディが浮かんだ時点で、その曲が採用となる……そんな感じです。
ーー楽曲を仕上げていく過程で自然にメロディが生まれてくると。そこで「今度はこの音域に挑戦しよう」とかそういう気持ちで作ることはあるんですか。
浜田:そういうの、全然ないんです。自然にできてきたメロディが結構なところにいっちゃうというか(笑)。
ーーなるほど。今作の楽曲はすべて日本人の作家が書いてますね。せっかくこれだけのミュージシャンに演奏してもらってるわけだし、楽曲も海外の作家に頼んでも面白そうな気がしますが。
浜田:うーん……今は結構“書きたい”と言ってくれるミュージシャンが周りにたくさんいてくれますんで、身近なところで発注するので全然足りてるというか。外国人とのコラボも過去にはやりましたけど、細かい煮詰めとかはやはり日本人同士の方が楽といえば楽ですし、データを使ったやりとりも、日本人の方が繊細にやれるんです。もちろん海外の作家でも、これという人が出てくれば全然ありえますけど。
ーー今作の楽曲の発注はどういう形でやられたんですか。
浜田:周りのミュージシャンに発注するんですけど、その人ごとに、この人にはこういう曲を書いてほしい、この人にはこういう曲を書いてほしい、という風に自分で決めて、発注するんです。それぞれの得意な傾向を考えて。一回目にできてきたものをそのまま使うことはまずないので、それをいろいろ組み替えてみたり書き換えてみたりして、何度もやりとりしながら最終形に持っていくんですね、アレンジも含めてです。歌詞はそこから考えます。
ーーじゃあお任せみたいな感じで丸投げするんじゃなく、麻里さんの方から「こんな感じの曲を」とリクエストする。
浜田:そうですそうです。
ーーたとえば1曲目の「Black Rain」という曲はかなりインパクトのあるテクニカルなヘヴィメタルチューンですが、どういう形で発注されたんでしょうか。
浜田:そうですね……まあ聴いてもらったまんまなんですけど(笑)、スピードチューンで、リフがかっこよくて、タッピングがメインになってる、という。
ーーああ、そこまで細かく指定するんですね。
浜田:そうですそうです。
ーー麻里さんの中で、こういうものを表したいということが、それだけ明確になっていた。
浜田:そうですね。毎回そうですけど、今作は特にそうでした。
ーーアルバム全体の構成を考慮して、さまざまなタイプの楽曲を考えて、ふさわしい作家に発注する。
浜田:曲順は最終的に錬るので、これが1曲目とか最初から明確に決まってるわけじゃないですけど、だいたいの読みとしてはあります。
ーー実際に曲ができる前に、どういうアルバムにするか、はっきりとしたビジョンが頭にあるわけですね。
浜田:そうですね。ただ、相手方のシチュエーションにもよるし、できてくるものにもよるので、最初から完全に確定してるわけじゃないですけど、やりとりの中でより近づけていくというか。
ーーだいたい向こうも意図をわかってすぐ書いてくれるものなんですか。
浜田:うーん……まあそういう人もいるし、なかなかうまく伝わらない人もいます。だいたいいつも同じような人たちが残っちゃいますね。特に頑張ってくれた人の曲をもっと良くしてあげたいからなのかもしれないですけど。実際はもっとたくさんの人たちが書いてくれてるんです。
ーーこのアルバムのために用意した曲は何曲ぐらいあるんですか。
浜田:数えてないのでわからないですけど……一時期はそれこそ何百曲も来る時代もありましたけど、今は数十曲ぐらいです。昔はデモテープだけで400曲ぐらい聞いたこともありましたね。やっぱり書きたいと思ってくださる方が多いんですよ、有難いことに。
ーー曲によってはアレンジャーが別につきますね。
浜田:そうですね。基本的には作者がアレンジすることが多いですけど、私の曲(今作では「Lost」「Dark Triad」)は大槻(啓之)さんや増田(隆宣)君に発注しています。大槻さんは私の曲を噛み砕く能力にすごく長けている方なので、これは大槻さんだなと。
ーー「噛み砕く能力」とは、麻里さんの曲の意図をくみ取って、的確に形にしてくれるということですか。
浜田:私の意図も感じてくださってると思いますし。経験が少ない人と比べると、一時代、ヒットソングを一緒に作ってきた感覚というものがありますから。プロデュース感覚に近いものですね。クオリティが高く、かつ掴みのある曲にアレンジしてくれることを期待して。
ーー最近は若い作家も起用されて、だいぶ刺激を受けてるんじゃないですか。
浜田:そうですね。自分の世代とは違う感覚も大事です。最終的に残ってる人は数人ですけど、準備段階ではもっとたくさん若い人に発注してるので。
ーーなるほど。そうして集まった楽曲からさらに厳選したものを煮詰めて完成させたものがこの11曲というわけですね。その楽曲をLAに持っていって現地のミュージシャンにプレイしてもらうわけですが、その時はどういう指示の仕方をするわけですか。
浜田:ベタ付きで(笑)。デモの段階でほとんど決め込んでいっちゃうので、ほぼ完璧なデモを作っていく。それを、各ミュージシャンの個性も出していただきつつ、より良いものにするという形ですね。
ーーデモテープを聴かせて、このまま弾いてくださいと。
浜田:そのまんまが絶対いいと思ってる時は、そう言います。ここは完全にフリーで、その人に任せたいという所はそうお願いして。
ーーデモの通り弾くということであれば、日本で日本人のミュージシャンと録っても大して変わらないのではないかとシロウト考えでは思うわけですが、LAに行って現地のミュージシャンに演奏してもらうことで、何が変わるんでしょうか。
浜田:そうですねえ……自分のお付き合いの範囲の中ではその人がベストだと思うからお願いしてるだけで、それがたまたまアメリカ人でロサンゼルスにいるっていうことなんですね。私のアルバムの核になっているのがグレッグ・ビソネット(デイヴ・リー・ロス、サンタナ、リンゴ・スター、ラリー・カールトン等に参加したこともあるベテランのセッションドラマー。『Sur lie』(2007年)以降の浜田の全アルバムに参加)で、彼に対する信頼感はすごく強いので、やはり彼だな、と。だから“人”ですね。アメリカに行くというよりも。
ーーマイケル・ランドウ(Pink Floyd、マイルス・デイヴィス、ロッド・スチュワート、ジェームス・テイラーなどに参加経験のあるベテランギタリスト)とも付き合いが長いですね。麻里さんにとって初の海外レコーディングとなった『In the Precious Age』(1987年)以来、欠かさず参加しています。
浜田:マイクは完全に安心感もありますし、マイクだったら絶対これ以上のフレーズが出てくるだろうという確信をもって預けて、実際に現場で期待通りのプレイをしてくれる。そういう絶対的な信頼感はあります。
ーーたとえば持っていったデモテープから大きく形が変わったとか、そういうことはありましたか。
浜田:そんなに大幅に変わった曲はないですけど、最後の「Mangata」は、ジェフ・ボーヴァ(ビリー・ジョエル、エリック・クラプトン、ハービー・ハンコック等に参加経験のあるベテランキーボード奏者)のプレイがすごく良かったんです。今回は結構濃密にコラボして、思った上のオーケストラアレンジになりました。それで世界観が広がったというのはあります。曲のテーマを細かく訊かれるので、お話ししたら共感してくれて、静かな波、そして人の葛藤と意志を連想するような素晴らしいアレンジをしてくれました。
ーーLAのミュージシャンのいいところってどこにあるんでしょう。レコーディングの環境も含めて。
浜田:うーん……そうですねえ……単純に技量が、特にドラム/ベースの場合は優れているというのはあります。特にグレッグ・ビソネットは、なんでもできるんですね。ドラマーですが、譜面の細かいニュアンスなんかも初見で読み取ってしまうような、基本的な音楽のアビリティがとても高いんです。ドラマーに特化してるというより、あらゆる意味で音楽的に信頼できる。今回の「Disruptor」なんかも変拍子満載でポリリズムがバースに入っていたりする。作曲したISAO君のアレンジなんですが、これを誰が叩けるんだろうって考えて。やっぱりこれはグレッグかなと思ってオファーしたら、全然苦もなくプレイしてくれました。グレッグ自身は「大変だった、こんなに難しい曲は滅多にやったことないよ」って言ってましたけど(笑)。こなすだけでなくグルーヴ感のあるプレイで、やっぱり凄いなと。(海外のミュージシャンは)そういう単純な能力やタイム感が、特にドラムに関しては高い人が多いかな、と思います。
ーー今回はテクニカルな曲が多いですからね。
浜田:そうなんです。もう1人のドラマーはマルコ・ミネマンというドイツ人ですけど(ポール・ギルバート、ジョー・サトリアーニなどに参加)、もう本当に超絶的なテクニックなんです。手も足も。その辺でよりテクニカルに聞こえるというのはありますね。
ーー麻里さんの楽曲は一時はかなりポップな、あるいはしっとりとした方向に行っていた時期もありますが、ここにきてアレンジも演奏も歌唱も非常に複雑な技巧を凝らしたテクニカルな楽曲が増えていますね。
浜田:うーん……なんて言えばいいんですかね(笑)。難しいことをしたいという発想ではないんですけど、より気持ちを入れられて、より質の高いものを、と目指しているうちに、だんだんそうなってきちゃったんです(笑)。ただもともと変拍子系とか転調とかがすごく好きで。シンプルキャッチーな良さとは対極の音楽的快感としてありえるので。かっこいいと思えるんですね。