キミノオルフェの“ポエトリーポップ”はどのように生まれた? 蟻×Chocoholic×ioni×中原裕章×dustsounds座談会

 ex.蟲ふるう夜にのVo.蟻のソロプロジェクト・キミノオルフェが、6月4日に1stアルバム『君が息を吸い、僕がそれを吐いて』をリリースした。前バンドの活動停止から4カ月後、2016年6月4日にワンマンライブでデビューを果たしたキミノオルフェ。同作は、そこから2年の歳月を費やし制作したアルバムだ。

 リアルサウンドでは7月15日に恵比寿ガーデンルームでのワンマンライブ『半径3メートルのキミへ』を控えるなか、蟻とアルバムに参加したトラックメイカーであるChocoholic、ioni(in Case of Emergency)、中原裕章、dustsoundsによる座談会を行った。蟻はなぜ様々な作家と音楽を作る道を選び、それぞれどんな音を目指した結果、アルバムが生まれたのか。音楽ジャーナリストの柴那典氏を聞き手に迎え、じっくりと語り合ってもらった。(編集部)

蟻とトラックメイカーたちの“出会い” 

ーーまずは蟻さんに伺いたいんですが、蟲ふるう夜にを解散して、キミノオルフェとしてプロジェクトをスタートさせましたよね。そこからなぜ、色んなトラックメイカーと音楽を作っていこうと思ったのでしょうか。

蟻:バンドの時は、経験を積み上げた上で生まれていく音の良さがあったんですけど、1人だと「自分の好みだけで決めちゃえる」という醍醐味があって。キミノオルフェに関しては、自分が好きな人だけを探して「一緒にやってもらえませんか?」と一人ひとりに声をかけていったんです。

ーー今回集まった4人についてはどうでしょう?

Chocoholic:私は、蟻さんというよりプロデューサーの津倉(悠槙)さんと共通の知人を介して知り合って、後日蟻さんに引き合わせてもらったんです。それが確か、昨年の夏くらいですね。

蟻:「First Class feat. kev, Tate Tucker and SUBI」を聴いて、これが本当に日本人の作った音なのかとびっくりしました。リズムの作り方が良い意味で日本人っぽくなくて、私にとってはいままで全く歌ったことのないタイプの曲を作ってくれるかも、と思ったんです。

Chocoholic

ioni:僕は、フリーBGMサイトに「虫ピン」の原形となる曲を投稿していたんですが、それを蟻さんが見てくれたみたいで。そこに歌を乗っけてくれて、僕のやっているバンドのライブに来てくれて「歌を入れたので聴いてください」と音源をもらったんです。すごいことをやる人がいるんだなと思ったんですけど、話を聞いたら面白そうだったので「やってみよう」と思って。その時はまだ2分弱くらいだった曲を4分弱の尺に伸ばすところから始まりました。

中原裕章(左)とioni(右)。

ーーでは、「虫ピン」の原型といえるトラックは、このプロジェクトと関係なかったんですね。

ioni:はい。専門学校の授業で作った曲だったんです。

蟻:しかも、人生で初めて作った曲なんですよね。

ioni:あの曲を作る前まで作曲をやる気はなかったんですけど、作り終えたときに「曲を作るのっておもしろいな」と思って。だからこそ、この曲を気に入ってくれたのには驚きました。初期衝動の塊みたいな曲だったので(笑)。

蟻:ioniさんの良さは、Chocoholicちゃんとは真逆かもしれないですけど「日本人っぽい、ちょっと変態チックな、オタクっぽいかっこよさ」みたいなものがあって。それが初期衝動と重なってて、すごくわたしの中でも大好きなテイストなんです。

ーー中原さんはどうですか?

中原裕章:僕は自分のバンドと蟲ふるう夜にが対バンしたのをきっかけに知り合ったものの、特に会話もせずTwitterだけお互いをフォローしていた状態だったんですけど、昨年に蟻ちゃんがたまたま「誰か一緒に音出しませんか?」とつぶやいていたのをみて、「いいね」を押したらメッセージをもらって。そこからioniさんと蟻ちゃんと僕で飲みに行って、セッションをしたんです。

蟻:へべれけに酔っぱらいながら音を出す、ただただ気持ちいい会みたいなのをやりたくて(笑)。

中原裕章:そこからもう1回ぐらいセッションをやったよね。

蟻:はい。当時は曲作りというよりライブを一緒にできるサポートメンバーを探していたので、中原さんにお願いするようになりました。彼は感受性とかがすごく近くて、気を使わなくていい信頼関係もあって、落ち込んでる時にLINEで「落ち込んでるんだ」みたいなのをお互いに送りあえるような気楽さがあるんです。

ーーdustsoundsさんはどうでしょう?

dustsounds:私の場合、音楽の短いループサウンドをアップしてる「dustsounds」というサイトを運営していて、そこに蟻さんから「楽曲を利用していいですか?」という質問が来たのがきっかけです。快くお返事したら、そのトラックに歌を入れて送ってくれたうえで「一緒にやりませんか?」と話しかけてくれたんです。


ーーdustsoundsはそもそもどういう意図で始めたサイトなんですか?

dustsounds:自分で曲を作ろうと思ってるんですけど、どうしても途中までしか完成できないんですよ。しょうがないからそれを出していこうと思って置いているサイトなんです。いわばパーツ屋さんみたいな。音楽が今後分業化されていくとパーツ屋さんみたいな職業もでてくると思うし、そういう立場になりたいなと考えているんです。

ーー自分1人で曲を全部構築するっていうよりは、その音色の一つでもいいから曲作りに携わりたいと。

dustsounds:そうです。自分のためだけのものを作ったら、そこで結構満足しちゃうんですよね。

ーー蟻さんはどういうふうにdustsoundsさんを知ったのでしょう。

蟻:ネットの中にいい曲がないか彷徨っていたときに出会ったもので、一つひとつの楽曲も全部バランスがよくてかっこよくて、私の好きな感じだったんです。

ーーここまで皆さんとの出会いを聞きましたが、あまり共通点はないですね。

蟻:たしかに共通点はないですね。でも、出会いも音楽性もバラバラだからこそ、1枚のアルバムに全然違う楽曲を詰められる良さもあって。

ーーなるほど。Chocoholicさん以外はネットを通じて出会っていますが、シンガーがトラックメーカーとそうやって出会うという関係性は、SNSが普及した以降の今の時代っぽいものですよね。

蟻:ここ数年で一気にいろんな場所やコミュニティに自分からアクセスしやすくなったなという感覚はありますね。自分が興味を持った人に直接行くためのハードルが低くなったのはすごくいいことだし、ライバルも増えるんだろうなと思います。

ーーChocoholicさんもそういう出会いはありますか?

Chocoholic:ありますね! 私が音楽をアップロードしていたのはSoundCloudだったんですけど、海外のまだ知られていないプロデューサーやシンガーから連絡がきたり、メールを送れば返信がもらえたりと繋がりやすくなっているので、コラボしやすくなったと思います。J-POPも好きなんですけど、洋楽にルーツを持っていて、普段コラボレートする際も英語がメインなので。海外の人と一緒にやってもらっていますね。

ーーioniさんやdustsoundsさんは、フリーの素材サイトという意味ではまた少し違うのでしょうか。

ioni:そうですね。あんまりお金をかけずにオリジナルの音源を使いたい、でもクオリティの高いものが欲しい、という人が増えている気がしますし、実際にどんどんYouTubeでの再生数も上がっているんです。

dustsounds:そうですね。YouTubeを見ている時に自分の音を使ってもらってるのをたまたま知ったりすると、嬉しくなりますね。今はみんながモノを作れるようになったけど、やっぱり得意分野はそれぞれあるじゃないですか。それこそ、動画を作るのは得意だけど音楽は作れないとか。だからこそお互いに持ちつ持たれつな時代になっているのかなと。

関連記事