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FUNKY MONKEY BABYSがシーンに残したもの メロフロートのカバー曲から考える

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 メロフロートのニューシングル『悲しみなんて笑い飛ばせ』が、掟破りともいえるFUNKY MONKEY BABYSのカバーということで話題になっている。メロフロートはFUNKY MONKEY BABYSと同じ2ボーカル&1DJという編成であるし、彼らはこれまでにもFUNKY MONKEY BABYSへのリスペクトを公言していた。だからこそ、このカバーはファン層を拡大するにはうってつけであると同時に、熱心なFUNKY MONKEY BABYSファンから反発されるリスクも少なくない。しかし、あえてそこにチャレンジしたことは、それだけ自信も大きいということなのだろう。

メロフロート「悲しみなんて笑い飛ばせ」MV

 大阪出身のメロフロートが始動したのは2011年。ボーカルのYu-KiとKENTの2人で結成されたが、翌年の11月に別のユニットで活動していたDJ KAZUMAが合流して3人体制となった。2013年にはインディーズでミニアルバムを発表し、2015年7月にシングル『夢のカケラ』でメジャーデビューを果たした。また、デビュー前には47都道府県路上ライブツアーを行い、ストリートでも存在感を見せつけることになると同時に、地元大阪ではZepp Nambaでのワンマンライブを成功させるほどの実力も身に着けた。

 メロフロートはメンバー全員が1993年生まれということなので、彼らの音楽的なルーツは近いのだろう。共通するフェイバリット・アーティストがFUNKY MONKEY BABYSだというのも納得がいく。FUNKY MONKEY BABYSがデビューしたのは2006年。翌年にシングル『Lovin’ Life』でブレイクしているため、まさにメロフロートのメンバーは10代の多感な時期に彼らから大きな影響を受けたはず。FUNKY MONKEY BABYSも、もともとはファンキー加藤とモン吉の2人組で、後からDJケミカルが正式メンバーとなったので、成り立ちはメロフロートとも共通する。こういったところも、メンバーが共感する理由ではないだろうか。

 FUNKY MONKEY BABYSのようなボーカリストとDJの組み合わせは、今でこそ定番スタイルになっているが、彼らが登場した2000年代前半は珍しかった。もちろん、ケツメイシやHOME MADE 家族、湘南乃風、nobodyknows+といったレゲエやヒップホップからの流れで登場したアーティストはいたが、J-POPの王道として確立したのは、やはりFUNKY MONKEY BABYSからといってもいいだろう。

 FUNKY MONKEY BABYSが一気にお茶の間に広がったのは、2009年あたりのことだ。すでにCMや映画などのタイアップで、そのストレートな歌詞やメロディは浸透していたが、この年の3月に発表された3枚目のアルバム『ファンキーモンキーベイビーズ3』がオリコンのアルバムチャートで初の1位を獲得。6月には初めての日本武道館公演を成功させ、年末には『第60回NHK紅白歌合戦』への初出場も果たした。そして、2013年の東京ドーム公演を最後に解散するまで、常にトップを走り続けたのである。

      

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