カーネーション、結成35年の歳月で培われた豊潤な音楽と歴史 ベスト盤リリースを機に振り返る
カーネーションは今年結成35周年である。
それを記念してオールタイムベスト『The Very Best of Carnation "LONG TIME TRAVELLER"』がリリースされ、来たる6月30日には日比谷野外大音楽堂での節目のライブ『35年目のカーネーション「SUNSET MONSTERS」』が行われる。
ここ数年、結成20年とかデビュー20年を迎えるバンドがやたら多く、彼らが現れた90年代後半という時代がどんな時代だったのか考える機会が多くなっているのだが、35年はそれよりもさらに15年も長い。とてつもない長さだ。しかもその間、このバンドは常に動き続けてきた。
カーネーションが結成されたのは1983年。前身バンドは「耳鼻咽喉科」(とてもバンド名とは思えないが、ニューウェーブ全盛期のセンスだなあ、と思う)で、フランク・ザッパや初期XTCに通じるような変拍子バリバリの、アヴァンギャルドでエクスペリメンタルなバンドだったという。そのメンバーの一人である直枝政広(当時は直枝政太郎を名乗っていた)が、ムーンライダーズのアルバム『MANIA MANIERA』を聴いてショックを受け、新たにカーネーションを結成する。耳鼻咽喉科の実験性やパフォーマンス性の強いザッパ的な趣向から、よりオーソドックスなバンド編成で、歌中心のバンドサウンドの妙味を追求するような音楽性に変化した。これがその後35年のカーネーションの方向性の基調となる。
初期カーネーションから生まれた名曲が『The Very Best of Carnation "LONG TIME TRAVELLER"』にも収録された「夜の煙突」である。現在でもカーネーションのライブのハイライトとなっている。これが彼らのデビューシングルとなった。有頂天のケラが運営するインディーズレーベル<ナゴム>からのリリースである。今となってはカーネーションと有頂天や/ナゴムはあまりイメージ的にそぐわない気もするが、当時は有頂天もまだ人気が出る前だったし、ナゴムもレーベルカラーがはっきりしていない時期だった。耳鼻咽喉科時代から彼らを気に入っていたケラは直枝らの可能性と才能に賭けたのだろう。制作にはほとんど口出しすることなく、レコードは完成した。シングル「夜の煙突」は1984年9月にリリースされ、のちにボックスセット『CARNATION EARLY YEARS BOX』に収録された。この時のメンバーで現在も残っているのは直枝しかいないが、馬田裕次(Ba)、坂東次郎(Gt)、徳永雅之(Dr)というオリジナルメンバー(全員、耳鼻咽喉科時代からのメンバーでもある)は、今回の日比谷野音でゲスト参加するというから楽しみである。ついでに言うと、ケラもゲストとして登場する予定だ。
『The Very Best of Carnation "LONG TIME TRAVELLER"』に収録された「夜の煙突」はオリジナルバージョンではなく、『GONG SHOW』(1988年リリースの2ndアルバム)のCDボーナストラック用にリメイクされたバージョンだ。『GONG SHOW』は、打ち込み主体だった1stアルバム『Young Wise Men』(1988年)に対してバンドサウンドを打ち出した作品である。途中でリズムが変わったりコミカルな面を打ち出したりエフェクトをかけたり構成に凝っていて、それでいてまだ手探りな感じも否めないオリジナルバージョンは、あえていえば頭でっかちな宅録的発想から抜け出ていないし、まだ当時のニューウェーブ(というかXTC)の残滓を引きずっているように聞こえる(それが悪いというわけではない、念のため)。歌詞もアレンジもよりストレートかつシンプルになり、ハードなギターを前面に出してよりロックバンドらしいタイトさと迫力を打ち出した『GONG SHOW』バージョンの方がずっと完成度が高い。
つまり一時は「XTCになりたいと願って育ってきた」(直枝政広著『宇宙の柳、たましいの下着』)と考えていた直枝が、その「XTCなるもの」から決別することで、スタイルを確立したのかもしれない。「夜の煙突」は『GONG SHOW』の翌年の1989年に森高千里にカバーされるが、バブルの時代を象徴する希代のメタ・アイドルが、原曲のポップセンスを極端に激しく、あっけらかんと拡大してキャッチーなポップソングとして提示したことで、カーネーション=直枝の持つ資質はよりはっきりと誰にでも共有される形で明らかになったと言えるだろう。つまりはその出発点を記したメルクマールとして、あえてリメイクバージョンの「夜の煙突」を冒頭に配し、2018年時点から逆照射で「カーネーションの歴史」を始めた『The Very Best of Carnation "LONG TIME TRAVELLER"』は正しい。
彼らが結成された1983年に戻ると、同じ年に結成された主だったバンドは、BARBEE BOYS、プリンセス プリンセス、レベッカ、TM NETWORK、そしてあぶらだこ、GASTUNK、割礼、ローザ・ルクセンブルグといったところだ。その後メジャーで大成功したバンドもいるし、現在でも活動しているバンドもいるが、解散や活動休止が一度もなく、ライブもリリースも途切れることなくコンスタントに続けているのは割礼とカーネーションぐらいしかない。これは大変なことだ。逆に言えば、インディーズブーム、バンドブーム、渋谷系、メロディックパンク、クラブ系、ヴィジュアル系、オルタナ系などさまざまなムーブメントが現れては消える中、このバンドだけが生き残ってこられた。それは流行や世の中の風向きやシーンの移り変わりに左右されない音楽的自我を、この両バンドがしっかり確立しているということだ。とりわけメジャーフィールドでの活動を貫き、ポップシーンとの接点も保ち続けながら、浮き沈みなく35年間(メジャーデビューしてからは30年だが、それでも十分に長い)やってきたカーネーションは凄い。
ではカーネーションの何が凄いのか。バンドといっても現在の正式メンバーは直枝と大田譲(1992年加入)のみ。となるとバンドと直枝ソロを分けるものは何なのかという話にもなるが、その鍵はおそらく、今回の日比谷野音のゲストの人選にある。交流のある/あったミュージシャン仲間や敬愛する先輩音楽家、カーネーションを慕う後輩たち、そしてかつてのバンドメンバーまで27名ものゲスト(6月24日発表現在)が出演する。節目の年の祝祭に相応しい賑々しさだが、これは彼らの分け隔てなく誰とでもオープンに接し、その影響を受け入れ、隠しだてすることなく素直に出すことができる、その姿勢を表していると言える。そしてもっと大事なのは、過去を断ち切ったり切り捨てたりしないこと。過去を全否定しないと前に進めないタイプの音楽家もいるが、彼らはそうではない(実は否定したつもりでも、すべては繋がっている)。過去の集積で現在の自分がいるという自覚がある。かつては隠したかったXTCなるものからの影響も、今となっては十分に消化吸収し、血肉となっているはずだ。すべての影響を蓄え消化した結果、今の彼らの豊穣な音楽がある。その証が、この豪華な、そして大量のゲスト陣なのだ。
前出の『宇宙の柳、たましいの下着』は、評論家顔負けの博覧強記の音楽マニアである直枝がディスクガイドという体裁をとって自らの音楽遍歴を披露した書だが、そこに記された膨大な量の音楽的記憶(「ロック的記憶」と言い換えても良いだろう)こそがカーネーションを支えている。長い時間をかけ採取してきた音楽的記号を共有することで、聴き手はとても幸福な、切ないような懐かしいような甘酸っぱいような、煎じ詰めて言うとワクワクするほど楽しい、そんな気分にさせられる。