6thシングル『orion』リリースインタビュー
米津玄師が明かす、“新しい音楽”が生まれる場所「子どもの頃の自分にお伺いを立てながら作る」
米津玄師が2月15日に6thシングル『orion』をリリースする。アニメ『3月のライオン』(NHK総合)のエンディングテーマとして書き下ろした表題曲は、ヒップホップ/トラップ的な感覚をサウンドに取り込み、米津のトラックメイカーとしての新たな一面を打ち出した楽曲だ。また、硬質でありつつ幻想的な歌詞の世界も磨きがかかり、全3曲にわたって米津玄師の「最新の歌」を届ける一枚に仕上がっている。今回のインタビューでは、羽海野チカの描く原作『3月のライオン』に共鳴した部分や、米津にとっての“創作の源”、さらにはライブパフォーマンスなどから伝わる「身体性」への新たなアプローチについて、じっくりと話を聞いた。(編集部)
「美しさって、緊張感のあるところにしか宿らない」
——ニューシングル『orion』は3曲通じて、ロックバンド的な曲もありつつ、トラックメーカーとしての新しい面が強く出た作品だと思います。まず、表題曲「orion」の制作はどんな形で進んだのでしょうか。
米津:「LOSER」の制作が終わったところで、『3月のライオン』のエンディング曲を作ってくれないか、というお話がありました。原作がすごく美しいマンガで、以前からそもそも好きな作品だったので、これは願ってもない話だなと。そうして、作品に寄り添うような音楽を作ろう、というところからスタートしました。
——“美しさ”というのが、作品に共感したポイントだったのでしょうか。
米津:そうですね。羽海野チカさんの描くマンガは、登場人物の心の機微まで、すべて逃すことなく表現してやろう、という気概というか、集中力というか……それを持つ人の作品にしか宿らないものが宿っているという印象がものすごく強くて。それを一言でいうと「美しい」マンガであって、その美しさに自分が負けないように、というやりがいを持って、がんばって作ったんです。
——つまり、ご自身のなかの“美しさ”を表現する部分が引き出されたと。
米津:そうですね。根本的に、もともと音楽を作る上での指針としてもあるものですが、そういう点で『3月のライオン』という作品に共感して。とにかく、やわらかくてキラキラしている。ギャグも面白いのですが、その裏側にシリアスなシーンがあり、ヒリヒリする部分も色濃く出ているんです。その両方があって初めてひとつの作品になっている、というものの作り方は、やっぱりすごく共感するんですよね。少しでもバランスを崩すと成立しない、綱渡りのようなものかもしれない。自分がそういう音楽の作り方をしてきたからこそ、勝手に共感を覚えていて。このマンガが原作なら、自分が物語に沿った音楽を作れるんじゃないか、という予感もすごくありました。
——確かに、「orion」も明るさのある曲でありながら、一方でヒリヒリしていて刹那的でもあり、表現に鋭さを感じます。実際に制作する上では、どんなモチーフを思い描きましたか。
米津:やっぱり桐山零(※『3月のライオン』の主人公)くんですよね。彼自身がすごくヒリヒリしているし、どんどん深いところに潜っていく。その視点からじゃないと始まらないなと。彼が追求しているのは対戦相手のいる将棋で、こっちは音楽だから、少し形は違いますけど、共通しているものが確かにある。将棋盤の上の駒からいろんな可能性が広がっていて、そこからひとつひとつ、自分が思う美しいテーマを模索しながら進んでいく——将棋はまったくやったことがないのですが、そういう部分には心覚えがあります。零くんの心理と、自分に共通する部分が重く含まれているんだろうなって。
——音楽を作っていて、ある種、将棋の対局のようにヒリヒリする感覚は、10代の頃からありましたか?
米津:そうですね、むしろ何もわかっていなかった10代のほうがあったと思います。もちろん、今でもわかっていないことなんて腐るほどありますが、やりたいこととか、やらなきゃいけないことがあって、当時はそれがうまくできない自分に対して絶望を抱くこともあったし、だからこそ、音楽に深くのめり込んでいくことになった。それはきっと零くんも同じで、自分の資質や周囲の環境に苛まれながら、もがき苦しんでいて、だからこそどんどん将棋にのめり込んでいくんです。
10代の頃と比べると、今は俺も25になって、生きることがうまくなってきたと思います。まだ全然ムチャクチャなところもあるけれど、表向きな顔を作って、何かをいなすということは、昔からするとものすごく上手くなった。そして、それによって死んでしまうものというのは、確かにあるなと思っていて。10代の青春という状態を経て、みんな大人になるわけで、通過したらなくなってしまうこと自体は、別にそれでいいんです。でも、自分のなかにはまだ、子どもの頃の自分がものすごく強くいて、子どもの頃の自分にお伺いを立てながら音楽を作っている、という感じがあるんですね。
——子どもの頃のご自身との対話というのは、とても面白いですね。
米津:25歳の俺が「こんな感じでどうですか」と言うと、「今のお前は好きなのかもしれんけど、12歳の俺はそんな好きじゃねえ」って言われたりするんですよ。少なくとも自分にとって、音楽を作るというのは、“ヒリヒリしていた青春期の自分を形に残す”ということなのかなって、最近になっていろいろと思うようになりました。
——なるほど。確かに「orion」という曲は、米津さんが持っているいろいろな世界のなかでも、すごく純化されたものが込められていて、10代のリスナーにも響く曲になっていると思います。米津さんの青春性が凝縮されているというかーー。
米津:まず冬の曲を作ろうと考えて、自分のなかで冬のイメージを広げると、小学生の時に、ふと見上げた星空が浮かんだんです。冬の空は澄んでいるから、星がきれいに見える。そうして見上げると、星が3つつながっていて、「あれはもしかしたら、オリオン座じゃないか」と思ったんです。それが人生で初めて、星座というものを自分の力で見つけた瞬間だったんですよね。そのことにいたく衝撃を受けた記憶が強く残っていて。これも、子どもの頃の自分に誠実にものを作る、という部分が出てきたんだなと思います。
——一方で、サウンドについてはやはり、進化を続けてきた今の米津さんの世界になっていますね。米国のヒップホップやトラップ的な要素が、米津さんの関心として出ているのではないかと。
米津:そうですね。最近はアメリカっぽい音楽が好きで、よく聴いています。『3月のライオン』に寄り添うべき音楽を作ろうというところから始まって、メロディーと言葉——歌を作るということに対しては、ものすごく真摯にやってきたというか、うまく作れるという自負もあって。だからこそ、サウンドアレンジの面では、自由に実験的なことができるんじゃないかなという気はしますね。アメリカっぽいものと、日本のJ-POP的なものを引っ張り合いしながら、いい按配のところを探していくっていう。少なくとも今は見つけられたんじゃないかという気がします。
——確かに、言葉とメロディーは純粋に突き詰められていて、一方でサウンドは、パーティー・ラップが乗っていてもおかしくない仕上がりになっています。そのせめぎ合いに緊張感がみなぎっている。
米津:美しさって、そういう緊張感のあるところにしか宿らないんです。キラキラしてたり、ギャグ的なシーンとシリアスなシーンがせめぎ合っている『3月のライオン』もそう。自分が何をすべきか、何をするとマンガに対して、あるいは音楽に対して一番いいのか、ということを突き詰めて考えられる人間は、遅かれ早かれそういうところにたどり着くんだと思います。それこそ羽海野チカさんはそういうことをちゃんとやれている方で、作品を読むと勇気をもらえるし、自分はどうなのかと振り返らせてくれる存在。こういう曲が作れて、本当にうれしいですね。