5thアルバム『SUPERFINE』インタビュー

冨田ラボが明かす、ポップと抽象のバランス「作るものは”日本のポップス”だと思っている」

 冨田恵一のセルフプロジェクト、冨田ラボによる通算5枚目のアルバム『SUPERFINE』がリリースされた。前作『Joyous』では椎名林檎や横山剣(クレイジーケンバンド)、さかいゆう、原由子といった個性派シンガーを迎え、エレクトロ色を加えた極上のチェンバーポップを構築していた彼だが、それから3年ぶりとなる本作では、YONCE(Suchmos)やコムアイ(水曜日のカンパネラ)、藤原さくらなど、今を輝く若きボーカリスト達を起用。これまでのシミュレーショニズム的な手法を一旦脇に置いて、このところ冨田が傾倒しているという「現代ジャズ」の意匠や抽象的なテクスチャーを持ち込みながら、ポップミュージックのフォーマットへと見事に落とし込んだ、新境地とも言える作品に仕上がっている。

 今回のインタビューでは、アルバム制作のプロセスはもちろん、ソングライティングやアレンジの手法など、冨田サウンドの真髄に迫った。(黒田隆憲)

「『ポップネス』の二大潮流は、ヒップホップとゴスペルじゃないか」

ーー今回のアルバム、本当に素晴らしくて。

冨田:本当ですか? ありがとうございます。

ーーもしかしたら、今までの作品の中で一番好きかもしれないです。

冨田:僕もそうなんです(笑)。まあ、作ったばかりだから、そう思うのかも知れないけど。

ーーいや、でも「すぐ聴いてほしい」「何度も聴いてほしい」と思いながら作っていたそうですね。

冨田:そうなんですよね。今年1月に最初のレコーディングがここ(Red Bull Studio)であったんですけど、まずは「Radio体操ガール feat.YONCE」、「Bite My Nails feat.藤原さくら」「鼓動 feat.城戸あき子」「雪の街 feat.安部勇麿」「笑ってリグレット feat.AKIO」と、5曲分のボーカルを録るということになっていて。その段階で結構な手応えを感じて思わずツイートしてしまったんだよね、「これ、早く聴いてもらいたいなあ」って。もちろん、いつも作っている時には「これは良くなる」って思いながら作っているはずなんだけど、今回は特にそう思った。

ーーアルバムのコンセプトやテーマはあったのですか?

冨田:まず出発点として、僕自身の音楽性が、興味の対象も含めて色々変わってきた時期でもあったんです。2014年くらいからかな、「新譜が面白い」と言い始めたり、いわゆる「現代ジャズ」への興味が強くなったり。それまでの作り方というのは、70〜80年代のシミュレーショニズムを中心にしたアプローチで。ただ僕はドラムが大好きだから、ドラムだけはリアルタイムで常にアンテナを張りつつ、そこで仕入れたネタを、形を変えつつも取り込んできたつもりだったのだけど、どんどんそっちが面白くなってしまって(笑)。それをもっと直接的に、自分の作品や自分が関わる作品に入れたいと、2010年前後からずっと思っていたんです。

 

ーーそれが今回、ようやく身を結んだのは何がきっかけだったのでしょう。

冨田:これは後から思ったことなのだけど、『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS)を執筆したことが大きかったのだと思う。シミュレーショニズム的な曲作りに対して、ある種のケリがついたというか。僕にとっては初著書だったわけだけど、「書く」ということにはそういう力があるのだなと思いましたね。漠然と頭の中で思っていたことを、文章にまとめたことによって、漠然と囚われていた自分の意識が、なんかスコーンとなくなったというか。

ーー全て吐き出すことができたと。

冨田:あと、決定的だったのがbirdの『Lush』。あのアルバムでは全曲の作曲とプロデュースを手掛けたのですが、そこではもう完全に今のモードになっていたんですよ。あのアルバムの手応えが相当あったおかげで、「次の冨田ラボはこうなっていくだろうな」っていう確信もあった。しかも、ゲストボーカルは若手を中心に集めようと思ったんだよね。

ーーそこで起用したのが、「新世代ジャズ」の中心にいる人たちではなくて、例えば藤原さくらさんだったり、コムアイ(水曜日のカンパネラ)さんだったり、YONCE(Suchmos)さんだったりするところが面白いなと思ったんです。

冨田:そこはやっぱり、僕自身がポップフィールドの人間だからなんだろうね。もちろん、新世代ジャズ周辺の人たちを集めれば、面白くてカッコ良い作品ができるとは思ったのだけど、どうしても自分の作るものは「日本のポップス」だと常に思っていて。「ポップス」のカテゴリーの中にちゃんと入りつつ、自分の好きな音楽的要素が多分に含まれた作品、そういうものを作りたいという意識が常にあるんです。

ーーあと珍しいのが、普段なら冨田さんが一人で構築していくようなコーラスパートを、Suchmosやnever young beach、CICADAのメンバーたちがやっています。

冨田:様々な声質が混じり合うことで、ゴスペルのクワイアっぽくしたかったというのが一番の理由。現代ジャズ的なものの中に潜むポップネスには、ヒップホップ的なものと、もう一つゴスペル的なものがあると思っていて。現代ジャズと言われているものって、もはや全くジャズじゃなかったりするじゃないですか(笑)。そこで感じる「ポップネス」の二大潮流が、ヒップホップとゴスペルじゃないかという大雑把な見立てがあって。大人数が歌うパートは必ず欲しかったんですよね。

ーー彼らとは、20くらい年の差がありますよね。なのに、直近の上下の世代より音楽的にシンパシーを感じるところも少なくなかったとか。

冨田:今回、若手のシンガーをフィーチャーするにあたって、最近「いい」と言われている若手の音源を、スタッフと一緒にガーッと何十枚も集めてきて、それを大量に聴いた中からセレクトしていったんですよ。その時に、「あ、いい感じに(ルーツミュージックを)取り入れているな」と感じた。5年前の人たちがやってたことより、明らかにスムーズというか。自分の音楽の中に、違和感なく取り入れている作品を、いくつも耳にしたんですよね。まあ、ちょっと大雑把な言い方かもしれないし、直近の世代の中にも素晴らしいミュージシャンは沢山いるのだけどね、もちろん(笑)。

 

ーーそれって、何なんでしょうね?

冨田:興味深いのは、(ルーツミュージックを)取り込むことで、彼ら自身の音楽性が育まれ、形成されているというのとは、ちょっと違うんですよね。僕ら世代だとさ、とにかく好きな音楽を聴き込んで、それが自分の血となり肉となり、音楽性が形成されていったものじゃない? けれど、彼らの場合はもっとスムーズに、サクッと取り入れている感じ。しかも、それが非常に洗練されているので、全然嫌味な感じがない。ひょっとしたら、彼らのベーシックにあるのが、例えJ-POPだとしても、それ自体がすでに洋楽をうまく取り込んだJ-POPだったりして、そこと繋がっているから違和感をあまり感じないのかもしれない。

ーー90年代の渋谷系的な音楽の取り込み方と、今のYouTube世代と呼ばれる人たちの音楽の取り込み方って、個人的にはどこか共通のものを感じるんです。ただ、大量の情報を処理するスピードも能力も、我々の世代と比べて遥かに上がっているから、冨田さんがおっしゃるような現象が起きているのでしょうか。

冨田:そうかもしれないね。渋谷系的なものより精度が上がった感じがする。90年代からサンプリング文化が始まって、それが進化していく一方で、昔の渋谷系って自分たちの音楽性の中に取り込む時に、そのままエッセンスをサンプリングするのではなくて。血肉化するというか、自分の本来の音楽性に寄せていくことが多かったじゃないですか。そうすると、元々のエッセンスが薄まってしまう場合もあったと思うんですよ。しかも、その「変容」こそが面白かったりしたのだけど、今は取り入れる時に、そういった「変容」があまり起きていない感じがする。それが良いのか悪いのかは別としてね。で、何故そうなっていったのかは僕には分からないのだけど。

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