香月孝史『アイドル論考・整理整頓』 第十四回:アイドルと「年齢」

「アイドルと年齢」の捉え方に変化の兆し? 乃木坂46・橋本奈々未の発言をきっかけにシーンの成熟を探る

 ここで想起されるのは、アイドルというジャンルにおいて、しばしば「年上いじり」がライブのMCなどトークの場面でおなじみの光景になっていることだ。若手メンバーが年上メンバーのが「年上である」ことを話のネタにすることや、年上メンバー自身が時に「自虐」のようなスタイルで自己言及することは、アイドルのMCにとってひとつの常套になっている。もちろん、先の橋本の発言がそうであるように、主に若年層によって担われているジャンルの実践者である以上、年齢と自身の立ち位置とを結びつけて語ることは不自然な行動ではないし、同じジャンル内にいる他者のキャリアを意識して観察することは重要でもある。あやういとすれば、「若手」か「大人」かという立場の違いをトークのテーマにすることが、年長であることをからかうような振る舞いによって、いつしか「若さこそを価値と見なす」ような語りへと接続されてしまう場合である。

 年上であることをからかうような一幕は、一方で旧態依然とした抑圧を生みやすいものだが、また同時にそれは、ジャンルを問わず以前からよく親しまれてしまっている会話の一パターンでもある。こうした年齢に関するやりとりは、「笑い」を起こすためのスタンダードなトークとして多用されやすい。もちろん、パフォーマーとしてMCの経験値を積むうえではスタンダードな笑いのパターンを使用しながら語りに慣れていくことは必須だし、年齢にまつわるトークはそのためのツールとして活用されている面がある。ただし、そうした会話の反復によって、「若さこそを価値と見なす」ことがそのままムードとして根づいてしまうと、このジャンルにとってあまりポジティブな実りにはならない。所属年数を重ねてキャリアを積むことが、からかいや軽視の対象に近づくことと同義になってしまえば、それはすべてのアイドルにとって、やがて等しく抑圧として作用することになる。というよりも、「若さこそを価値と見なす」考え方は、ステージに立つ人間であるなしにかかわらず、皆に生きづらさをもたらす。

 今日のアイドルシーンは、それぞれのやり方で自己をいかにプロデュースしてみせるかが鍵になり、主体的な立ち振る舞いが際立つ人物が支持を集める傾向にある。それはアイドル個々が自身の言動を受け手に伝えるための場を無数に手にしたために可能になったことだ。だとすれば、それは彼女たちがさまざまな場所で紡ぐ言説が、このジャンルのムードを方向づけうるということでもある。先述したように「年上をいじる」やりとりは以前からよくある会話の一パターンとして反復されやすいし、受け手であるアイドルファンも、アイドルというジャンルのファンである以上、ステージ上の人々が「アイドルである」時期の姿にこそ注目しやすい。けれども、やがてすべての人を抑圧していくような風潮に、アイドル自身が付き合い続ける必要もない。この時、人が年齢を重ねていくというごく自然なプロセスの扱い方について、深川のドキュメンタリーおよび「大人メンバー」たる橋本の言葉は示唆に富んでいる。アイドルであろうとアイドルでなくなろうと、責任をもってその人生を背負い続けるのは彼女たち自身にほかならない。「加齢」に対するステレオタイプなイメージをアイドル自身の言葉で更新できるのならば、それはこのジャンルの実践者のみならず受け手にとっても、風通しのよいものになるはずだ。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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