宇野維正の『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』評
「映画音楽家」としてのくるり・岸田 繁、 その手腕に寄せる期待
もちろん、日本でも過去に多くのポピュラーミュージック出身の音楽家が映画音楽の世界に参入してきた。冨田勲や坂本龍一はその音楽的なバックグラウンドも功績も別格として、有名なところでは細野晴臣、鈴木慶一、宇崎竜童、佐久間正英、大友良英、中田ヤスタカなどなど。しかし、日本のロックバンド出身で、なおかつ継続的に映画音楽を手がけてきたミュージシャンとなると途端に前例が少なくなる。
本作『岸田 繁のまほろ劇伴音楽全集』は、2011年4月に公開された『まほろ駅前多田便利軒』と2014年10月に公開されたその続編『まほろ駅前狂騒曲』のために岸田 繁が手がけた全57曲に及ぶ楽曲を収録した作品。岸田 繁にとって個人名義での映画音楽の仕事はこれが初めてとなるが、くるりとして2003年に『ジョゼと虎と魚たち』、『リアリズムの宿』、2011年に『奇跡』のスコアも手がけているので、これで(主題歌のみを提供したものを除いて)5作品の映画音楽に関わったことになる。
大半が1分以下の小品であるその楽曲群は、鳴っている音からしてギター一本、ピアノ一本、バンドサウンド、生の管楽器や弦楽器、アナログシンセ、打ち込みと多岐にわたっていて、音楽性もフォーク/ロック/クラシック/エスニックを自由自在に横断するもの。尺自体はどれもミニマルではあるが、さすがあの名作『ワルツを踊れ』をものにした男、時折ハッとするほどシンフォニックな管弦楽曲が飛び出してくるなど、映画音楽家としてのポテンシャルの底知れなさを伺わせる作品となっている。「くるりの音楽を構成しているパーツをバラバラにしたらこんな作品になる」と言えばわかりやすいかもしれないが、実際のところはこれまでくるりの音楽には使われてこなかったようなパーツもゴロゴロ転がっていて、何よりもそこに興奮を覚える(ご存知の方も多いだろうが、『まほろ』シリーズはテレビドラマ版も製作されていて、そちらの作品では坂本慎太郎がスコアを手がけている。当然のようにまったく音楽的趣向が異なるので、聴き比べてみるのも一興だろう)。