キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」第3回

初音ミク生みの親=クリプトン伊藤博之社長インタビュー「今は“いかに狭く売るか”という試みが大事」

 

「原盤を買うのではなく価値を買う、共感を与える」

――音楽面でいうと、日本に以前からあったボカロに繋がる文化的な資産としては、MIDI等を使った音楽制作の蓄積がありますね。

伊藤:日本人は、フィジカルな部分でマッチョに自分を表現してノリを鼓舞する…ということについては得意ではないけれど、繊細なメロディや歌詞や歌世界を表現する分野では独特のものがあると思います。フォアグラウンドな音楽で世界に太刀打ちしようとしても、身体能力の制約上、短距離走で金メダルを狙うこととが難しいのと同様に、やはり難しい。しかし、UGC(User Gnerated Contents)、CGM(Consumer Generated Media)の世界ではその価値観だけが唯一絶対というわけではありません。そうではない価値観を持つ人々同士でクラスタ化される側面があります。初音ミクから派生したボーカロイドシーンの盛り上がりは、「歌を歌う」という機能を持つソフトウェアが派生した結果、ある種の世界観や音楽的な雰囲気がひとつの文化圏を作っていき、クラスタ化していった状況だと思っています。

――それがアジア圏をはじめとする諸外国にも飛び火していきました。

伊藤:2007年に初音ミクをリリースしてから7年間経ちますが、海外からの問い合わせは翌08年から少しずつ増えています。もともと弊社は音楽ソフトウェアの輸入からスタートしているので、海外展開に対しても気負うことなく普通に対応してきました。初音ミクのfacebookページは2010年に開設して、「微博」という中国語版ツイッターでの情報発信も始めました。現在はfacebookのユーザー数が240万、微博のフォロワー数が60万人ほど、海外向けのファンコミュニティには約20万人の登録者がいます。これだけのユーザーがいると、海外で何かアクションを起こす際の下敷きになる。海外で展開する際に難しいのはPRですが、このように情報発信活動を何年間もやったうえでお客さんにリーチできるようにしておけば、何か情報を出す際に価値を持つわけです。「お客さんと接点を作ること」だけをずっとやってきた結果として、アメリカやインドネシアでもいい展開ができているのでしょう。

――その効果として、多くのクリエイターを世の中に登場させることになりました。一方で「ボーカロイド楽曲のダウンロード数が頭打ちではないか」という議論もあり、その意見について伊藤社長は「少し違う取り組みが必要」ともおっしゃっています。

伊藤:90年代までは「いかに広く宣伝して、広く売るか」ということを競っていたように思いますが、そこから一気に営業の数字が伸びなくなりました。今は『アナ雪』やEXILEと同じ売り方ができない99.9%のミュージシャンにとっては、「いかに狭く売るか」という試みが大事だと思います。例えばLD&Kさん(参照:LD&K大谷秀政社長インタビュー「CDの売上が3分の1でもアーティストが存続できる形を作ってきた」)などは、音楽だけではなくファッションやライブ空間といったライフスタイルを一気通貫でひとつの価値観に束ねて、ブランドにしている。そういった意味での「レーベル」なんです。それを価値として提示する、深くお客さんに楽しんでもらうことが重要ですね。

 僕が考えることもそれと同じです。同人CDをいきなり一般の流通で売ってブレイクするかと言えば、そうではない。一方で、同人イベントで行列ができるような人もいます。ある種のクラスタを形成できる価値を中心軸に、いかにピンポイントでキャッチーにブランディングするか、その価値をいかに顧客に伝えて情報を提供するか、ということが重要です。それはカフェやフェス、書籍という形もいい。音楽とは違う形を利用することにより、音楽、アーティストの価値をより深く消費してもらう。それが「いかに狭く売るか」ということであり、これからのプロデュース方法だと思います。そこで「原盤というものはコピーできる」という事実を前提として、コピーできるものを気持ちよく買ってもらうために「原盤を買うのではなく価値を買う、共感を与える」という見せ方や売り方が大事になってきます。

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