くり返すが、『come Here』は基本的には『CHAIN』路線の洗練されたポップスだ。いや、アルバム後半などは、『CHAIN』以上に落ち着いた楽曲を聴かせてくれる。しかし、随所で見られるリズムへのこだわりが見逃せない。筆者としては、『come Here』のいくつかの曲に見られたリズムへの工夫を、今後は全面的に展開して欲しいと思うが、どうだろうか。様々な要望を引き受けざるをえないのがアイドルだが、KAT-TUNには、みんなで踊れる健全で無害なダンスミュージックではなく、どこか危険な香りを残しておいて欲しい。『come Here』で随所に見られたダブステップ要素は、そのような危険な香りをうまく包み込んでいる（もちろん、この構成がどこまで意図されたものかはわからないのだが）。

　こうなると、田中聖がいないのが惜しく感じてしまう。とくに田中不在の「不滅のスクラム」や「TO THE LIMIT」は、正直物足りない印象を受けた。また、「フェイク」などの曲にも、ぜひいて欲しかったと思った。今後の彼のアーティスト活動に期待したい。ちなみに赤西仁はアルバム『#JUSTJIN』で、やはりヴォーカルをチョップした「SCREAM IT」を歌うなど、表現の幅を広げている。『#JUSTJIN』もまた、楽曲が多彩で、意欲的な好盤だ。

　田中が抜けたKAT-TUNは、ますます洗練された爽やかなポップスに向かうかもしれない。しかし一方で、野心的で一筋縄にはいかない細部がある。この一筋縄にはいかない細部にKAT-TUNらしさがある。『come Here』からは、そういう態度を勝手に受け取った。それはそれで、今後が楽しみである。

■矢野利裕（やの・としひろ）
批評、ライター、ＤＪ、イラスト。共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研！』（原書房）、宇佐美毅・千田洋幸『村上春樹と一九九〇年代』（おうふう）などがある。