矢野利裕のジャニーズ批評

KAT-TUN、田中聖脱退で音楽性はどう変化? 新アルバムに仕組まれた“危険な香り”とは

 ジャニーズとディスコの関係は浅からぬものである。筒美京平によるディスコ歌謡の傑作、郷ひろみ「君は特別」から始まって、田原俊彦や少年隊による楽曲の数々、あるいはフィリー・ソウル風の「ファンタスティポ」など、ジャニーズ・ディスコの系譜は脈々と存在する。今回採り上げるKAT-TUNも、さまざまな楽曲があるのは承知だが、筆者としてはジャニーズ・ディスコの系譜で見ているところがある。

 とくにKAT-TUNは、ディスコ特有の猥雑な雰囲気を健全化しがちなジャニーズ・ディスコ――拙共著『ジャニ研!』(原書房)では、これを「ディスコから夜とセックスを引いたもの」と表現している――にあって、ほとんど唯一、危うい色気を抱えたままディスコを表現することができるグループとして、強い存在感を示していた。まさに夜のダンスフロアについて歌った「THE D-MOTION」などは、その到達点のひとつと言えるだろう。ディスコ音楽は、時代の移り変わりとともに、打ち込み主体のハウスに発展してくわけだが、「THE D-MOTION」はヴォコーダーを駆使した見事なハウスである。

 先日発売された、2年半ぶりのフルアルバム『come Here』は、田中聖が脱退して初めてのフルアルバムである。田中こそ「夜とセックス」イメージの筆頭だったので、脱退後の動向はその意味で注目だったが、大きな路線変更はなかったと思う。もっともKAT-TUN自体、徐々に当初の猥雑な雰囲気が脱臭されているのではないか、という声も聞く。なるほど前作『CHAIN』などは、エレクトロ・ハウスを基調にした曲も多かったが、全体的には猥雑さが後景化されているようにも思えた。したがって、ポップスとして洗練されたのが前作『CHAIN』、その方向をさらに押し進めたのが今作『come Here』である、というのが、筆者の基本的な印象である。

 ただし注意したいのは、『come Here』が『CHAIN』と比べて、いくらかリズムを複雑化していることである。例えば、「COME HERE」ではヴォーカルのサンプルを細切れ(チョップ)にしてリズムが作られる。あるいは、「クレセント」(中丸雄一)や「フェイク」では、ビートのパターンが変則的に切り替わる。『come Here』では、言わばダブステップの要素が取り入れられている。『CHAIN』の頃と比べると、ダブステップ的なリズムはだいぶ広まっているが、『come Here』はそういった感覚を見逃していない。このようなリズムへの工夫が、聴いていて楽しい。ここ最近、日本のポップスのリズムが単純だという不満を抱えていたので、なおさらである。印象的なホーンで始まる「BREAK UR CAGE」も、強い打ち込みのビートに生音的なジャズの演奏を重ねる構成が凝っている。「Emerald」(亀梨和也)は、DAISHI DANCEらしいメロディアスなピアノとアコースティック・ギターのウワモノに4つ打ちが加わる。全体としては単純な曲とも言えるが、間奏でリズムパターンが変わり、EDM的な低音のシンセサイザーを聴かせる展開が、予定調和になっておらずとても良い。新境地ではないか。もちろん、『CHAIN』収録の「SMILE FOR YOU」や「RUN FOR YOU」なども、ダブステップ的な試みをポップスに昇華した好曲だったが、これらのリズムを比較すると、単純に思えてしまうくらいだ。

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