「僕はAKBにハマりすぎて、地下に流出した」社会学者濱野智史が案内する、地下アイドルの世界

――アイドルの側からしても、やはり近接性は大きなテーマになっていると。

濱野:これは僕がアイドルにハマってますます思うようになったんですが、そもそも人間って、少しでも関係性を持ったことがある人を、依怙贔屓して見てしまう特性を持っているじゃないですか。これは僕が実際最近経験したことですが、僕は以前、Fleur*(フルール)という地下アイドルをライブで観たのですが、そのときは疲れていたこともあって、黙って座って観る“地蔵”スタイルで、そんなにいいとは思ってなかったんですよ、正直。それが、こないだもふくちゃんとさやわかさんとゲンロンカフェでイベントをやったとき、ちょうどFluer*のメンバーがお客さんとして来ていて、終わったあとに挨拶してくれたんです。そこで、“あ、僕もFluer観たことありますよ、今度また見に行きますよ”なんて調子のいい話を僕もしてしまって。

 するとおかしなもので、その後に実際にFleur*をライブで観ると、とてもよく見える(笑)。最初はそんなによく見えなかったくせに、いざ知り合いが出ていると思うととても贔屓目に見てしまうわけです。これは別にアイドルに限らなくて、知り合いがやっている演劇でも、音楽でも、あるいは小説でも、全部同じことですよね。知っている人がやっているということに、これほど人間の審美眼というか、価値観は左右されるのかと。これって表現を純粋に取り組んでる人からすると、“知り合いになったちょっと可愛い子が歌っているからよく見えるとか、お前バカいってんじゃねーよ”という話だと思う。しかし現実問題として、ちょっとでも可愛いと思った子や、ちょっとでも交流がある子、握手したり挨拶したことのある子が目の前で歌っていると、どうしても関心を持ってみてしまうし、よく聴こえてしまうし、応援してしまう。確かにこれって純粋に音楽性とかパフォーマンスを評価しているわけじゃないから、単なるバカなのかもしれない。でも、人間ってこういう「知り合いへのえこひいき」みたいな感情を持っているからこそ、仲間をつくり社会を作ることができたわけじゃないですか。社会心理学っぽくいえば。

――アイドル論者の中にも、「在宅か、現場か」という立場の違いがあるようです。

濱野:そうなんですよ。そもそも評論家は、基本的に“在宅”の側に立つと思うんですよね。たとえば『AKB48白熱論争』の4人の中だと、中森明夫さんや宇野常寛さんなんかはあんまり現場に行っていない。単純に忙しくて行く隙がないだけかもしれないですが(笑)、たぶんそれは距離をとって対象を見ようとするからだと思うんです。在宅だからこそ、純粋に対象の良し悪しをなるべく客観的に論じることができる。だってそうじゃないと、いま僕が言った“接触したら好きになってしまう”なんて話をしてたら何も論じられなくなっちゃうから(笑)。以前、田中秀臣さんが”最近のアイドルライターの現場至上主義はどうかと思う““地下アイドルの現場に行ってみたが、自説を変えるようなことは何もなかった”という意味合いのことをツイッターでおっしゃっていました。でも僕はそれを見て、「あ、田中さんは現場でレスをもらったり、高まったりしなかったのかな」と思ったんですよね。いや、もらってるかもしれませんけど(笑)。普通、評論家的な人がアイドル現場いったら、「後ろのほうで腕組んで地蔵スタイルで見る」という感じになりがちですからね。もしそうだとしたら、そりゃ現場の面白さなんて分かるわけないですよ。

 ただ、評論家が「現場」を重視しすぎてはだめ、というのはよくわかるんです。客観性が失われてしまうから。でも、僕が考える少なくとも地下アイドルの姿というのは、客観性なんてものはないんです。その人がいいと思ってハマっていれば、それがすべて。“たまたま握手したことがある”とか、“最前で観たらたまたたまレスをもらってしまった”とか、現場で何をいいと思うかは、本当に偶然の産物だと思います。そしてそれでいいんですよ。僕に言わせれば、そういう主観的な経験を大量生産するのが地下アイドルという装置なんだと、と。

 僕はもともと映画や音楽や小説の作品批評をする評論家でもないから、別に個別のアイドルの素晴らしさをどうこう論じるつもりはないんですよね。僕は「アーキテクチャ」といって環境がどう設計されているかにしか興味がないから、あくまで自分自身をいわば実験台にして、いろんな地下アイドルの現場に潜ってはなぜそれが人を夢中にさせるのか、その環境の設計ばかり気になってしまう。こういう見方をする人もかなり特殊だから、別に自分の言っていることが地下アイドルのすべてだとも思いません。ただ、地下アイドルの世界が非常に面白い環境であることは、AKBから地下に潜ってますます分かるようになりましたね。

第2回:CD1000枚購入の猛者も…ファンを虜にする地下アイドルの“ゲーム的な仕掛け”とは

(取材=神谷弘一)

■濱野智史(はまのさとし)
社会学者、批評家、株式会社日本技芸リサーチャー。千葉商科大学で非常勤講師も務める。専門は情報社会論で、著作に『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)、『前田敦子はキリストを超えた――〈宗教〉としてのAKB48』(筑摩書房)、『AKB48白熱論争』(共著/幻冬舎)などがある。

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