矢口史靖監督が語る、『サバイバルファミリー』の裏側と独自の製作スタイル「発見がなきゃつまらない」

矢口史靖監督インタビュー

 矢口史靖監督作『サバイバルファミリー』のBlu-ray&DVDが9月20日に発売される。『ウォーター・ボーイズ』、『スウィング・ガールズ』、『WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常』など、知っているようで知らなかった世界を取り上げ、唯一無二の映画を生み出してきた矢口監督。最新作となる『サバイバルファミリー』では、「もしも地球から電気がなくなったら」をテーマに、都市機能が麻痺した東京から脱出した一家の奮闘を、コミカルに、そしてハードに描いている。

 リアルサウンド映画部ではBlu-ray&DVDの発売を記念し、矢口監督にインタビューを行った。公開から半年が経過し、今だからこそ話せる製作の裏側から、自身の映画作りのスタンス、そして特典映像の魅力までたっぷりと語ってもらった。

「全部無くなっちゃえばいいのに」が本作の出発点

――まず、劇場公開を受けて、観客のリアクションその他、監督自身は、どんなことを感じましたか?

矢口:これまで自分が作ってきたストレートなコメディとはまったく違う、ちょっと背中に寒気が走るようなものを作ったつもりだったんですけど、意外とお客さんが笑って観てくれたというのはありました。予告編や公開前の宣伝の影響もあって、お客さんのほうも、観る前からある程度心の準備ができていて、「きっと、こういう感じで観たらいいんだろうな」っていうのがあったのかもしれないです。ただ、その一方で、笑うつもりで来たのに、観ている最中に「おや?」って思った人も結構いらっしゃったようで。そうやって、お客さんによって、その見方がすごくバラけるという現象が起きていて、それはちょっと面白かったですよね。

――公開前の段階では、いわゆる“パニック映画”や“ディザスタームービー”であるという説明のされ方が多かったように思いますが、それにしては、少し奇妙な映画になっていますよね?

矢口:そうですね。ディザスタームービーと言うには、そのディザスターが起きた瞬間は場面として映らないし、誰も見てないという(笑)。

――その原因も、よくわからないまま、話が進んでいく。

矢口:だから、ちょっと空を掴むような話と言いますか、どうしていいかわからない映画のなかに放り込まれて、どうしていいかわらからない主人公たちが右往左往する。実は、そういう映画を、意図して作ったんですよね。

――物語ありきではなく、まず状況ありきという意味で、これまでの矢口監督の映画とはアプローチが異なるように思いましたが、本作の出発点には、どんな発想があったのでしょう?

矢口:そもそもの出発点は、僕自身の機械オンチからスタートしています。まわりの人たちから、携帯とかパソコンのメールを使いなさいよって言われた頃に、この話を思いついたんです。それはもう、『ウォーターボーイズ』を撮った直後くらいまでさかのぼるんですけど。

――というと2001年とか、そのくらいの頃に、すでにアイディアとしてはあったと。

矢口:そうですね。で、携帯やパソコンを持ってないと困るって言うから、一応持ち始めはしたんですけど、なにせ機械オンチなもので、なかなか使いこなせない。それでもう、嫌になっちゃったんですよね。そんなに便利になって、何かいいことあるんだろうかと。で、それが気づいたら、「全部無くなっちゃえばいいのに」っていう発想になっていって。急速にデジタル社会になっていったけど、それによって何か大事なものが、どんどん欠落していくような気がしたんです。だったら、「いっそ無くなったほうが、人は幸せになるんじゃないか?」と。そういう強引な発想がスタートでした(笑)。

――過激な発想ですね(笑)。

矢口:で、それからちょっと時間が経って、一応作れることになったのですが、これはディザスタームービーのような体裁だけど、主人公たちもお客さんも、その災害が起きた瞬間を目撃してなくて、危機感を抱かないまま判断に迷うっていうのは、どうだろうと。そういうものって、まだできてないなと思って。それで、作りたくなったんです。普通のハリウッド映画、たとえば大停電の映画だったら、停電が起きて街の明かりがパパッて消えて、大パニックになるみたいなことが、いちばんの見せ場になる。そうじゃなくて、電気が消える瞬間は、誰も見てないと。で、そのうち戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。「これ、どうすべきなんだろう?」っていうのがわからない状況は、実は相当怖いことで。その状況を何とかしようと思う人もいれば、大丈夫って思う人もいる。で、大丈夫って言っているうちに、「あ、ちょっとアウトかも」っていう手遅れな状態に陥ったり。そうやって、判断のタイミングがズレることで、生きるか死ぬかの一線がいつの間にかそこまで来ているというのは、すごく怖いことだし、誰もやったことがなさそうだから、面白いんじゃないかと思いました。それで考えたのが、この『サバイバルファミリー』という話なんです。

――では、割と怖いものを撮ろうというのは、最初の段階からあったわけですね。

矢口:はい。だからこそ、主人公一家は、気がついてないんです。怖いことが起きているってことに。それで、最初は素っ頓狂なことをしたり、ピンボケなことを言ったりするっていう。それはそれで笑えるんですけど、この映画の根底には、「それ、ホントに笑ってていいの?」っていう不穏な感じがあるというか。そういうものにしたかったっていうのは、最初の段階からありましたね。

――ただ、その後、2011年に東日本大震災が起こります。それを受けて、映画の内容が少し変わったりしたのでしょうか?

矢口:震災を経て、ダイレクトに気分が変わったのは、「この映画、作っちゃダメなんじゃないか?」と思ったことですね。長いこと、やりたいやりたいと思っていたんですけど、現実のほうが、非常にシビアな感じになっていって。被災した人も多ければ、その傷跡も非常に深い。だから、地震とか津波とか原発とかを直接描こうとした場合、大きな覚悟がいるというか、「今の日本、ホントにこれでいいんですか?」という、ジャーナリスティックな意味合いが強く出るようになってしまったんです。ただ、僕がやりたかったのは、エンターテインメントなので、震災直後は、やってはいけない気分になりましたね。

――なるほど。

矢口:ただ、それから1年、2年経ってみると、震災の被災者と、それ以外の地域に住んでいる人たちとの意識の差が、開いてきたように思えて。震災直後は、災害に対して備えようって、みんな散々騒いだり準備したりしていたのに、意外と速いスピードで、みんな忘れていった。それはある程度しょうがないことなのかもしれないけど、だったらもしかすると、今こそ、この映画を作るべきタイミングなんじゃないかと思ったんです。ただし、地震や津波や、現実に近いものではなく、あくまでもフィクションで描くべきだと。もしかしたら、誰もが自分の身に降りかかるかもしれないと思える映画にしないと意味がない。ギリギリあるかないかわからないけど、「もしそうなっちゃったら、あなたならどうする?」というものにしたのは、今言った理由からなんですよね。

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