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松江哲明の“いま語りたい”一本 第1回

松江哲明の『LOVE【3D】』評:見世物的な面白さ以上の、豊かな映画体験が待っている

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松江哲明
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ギャスパー・ノエ監督は、暴力や性の描写から逃げない

 ギャスパー・ノエ監督の最新作『LOVE【3D】』は、“3D映像でセックスシーンを捉えた作品”として注目を集めていて、実際に見世物的な面白さもあるのですが、それ以上にとても“良い映画”です。

 まず、画面から飛び出たペニスが射精する瞬間を3D映像で撮るという、まあストレートすぎる描写をやっているのですが(笑)、それは3Dの使い方として正しいんです。所詮、3Dは映画に人を呼ぶためのギミックであって、鉄砲の弾が画面から飛び出してきて思わず避けてしまうとか、そういう体験こそが楽しいもので、映画表現としては目新しいことではないんです。最近の3Dは奥行きがすごい、なんて言いますが、結局のところ飛び出してくるものにびっくりするのが3Dの醍醐味で、それが精子というのは単純に面白いし、みんな観たいと思うんですよ。そして、この3Dの射精シーンこそがギャスパー・ノエ監督のサービス精神と実直さの表れだと僕は思います。そこら辺の"2Dと大差ない3D"とは志が全然違います。

 ただ、日本の公開では肝心のシーンでボカシがかかっていて、それはすごく残念でした。あれは、単純に性器を隠しているというだけではなく、ギャスパー・ノエ監督の演出意図まで隠してしまっているんですよ。ボカシを入れると平面になってしまって、ペニスが3Dでどう縦に伸びているかが確認できない。

『LOVE【3D】』 特別映像

 ギャスパー・ノエ監督は、暴力や性の描写から逃げない監督で、その容赦のなさは一貫しています。たとえば『アレックス』(2002)ではすべてのシーンをワンカットで観せていて、ショッキングなレイプシーンもロングショットでじっくりと捉えています。なぜそうするかというと、観客を映画の世界に引きずり込み、その場に居合わせたような気分にさせて、助けたいのに助けられない主人公の絶望感を擬似体験させるためです。そうすることによって、各シークエンスを時間軸とは逆に観せていく手法も、より効果的になっていました。メイキング映像を観ると、男の萎んだペニスもリアルなCGで作っていて、すごくリアリティを追求していることが伺えます。日本の映画ではベッドの中でもぞもぞやって、次のカットではすでに行為が終わっている、ダサいセックスシーンが描かれがちですが、ギャスパー・ノエ監督はそういうことを絶対にしません。それは映画という表現に誠実であることの表れであり、最新技術を使ってもその芯がブレないところには、志の高さを感じます。入り口の印象は下品に感じるかもしれないけれど、出口はとても豊かな映画体験が待っている作品だと思います。

大失敗してしまう可能性を恐れずに、紙一重のところで撮り続けている

 僕自身、ギャスパー・ノエ監督が大好きで、中編映画『カルネ』(1991)は六本木の俳優座劇場で観ました。あそこでは当時、夜10時から始まる“俳優座シネマテン”というレイトショーをやっていて、『悪魔のいけにえ』(1974)のリバイバルや『キラーコンドーム』(1996)など、ほかではあまり観られない変わった映画ばかりを上映していました。『カルネ』は40分の尺の中で、「これから衝撃映像が始まります」みたいな感じで“映画自体にツッコミが入る映画”だったんですけれど、それがあざとい感じじゃなくて、演出としてちゃんと機能しているんですよね。それに感銘を受けて、『カノン』(1998)も『アレックス』も『エンター・ザ・ボイド』も、全部観ました。どの作品も映画自体に批評性があって、様々な手法を駆使するんですけれど、それがちゃんと映画のテーマとリンクしているんです。

 僕も、記憶を失ったディジュリドゥ奏者・GOMAさんの復活を追ったドキュメンタリー『フラッシュバックメモリーズ 3D』(2012)を撮ったときは、3Dで表現する必然性を考えて、彼が失った過去の物語と現在の時間軸とを同時に描き、3Dで重ねるという手法を採りました。記憶というテーマと3Dという手法をリンクさせたんです。そういう実験的な映画の作り方は、うまくいく時とそうではない時があって、当然ながらうまくいかない可能性の方が高いのですが、ちゃんと機能すれば映画の強度がぐっと上がります。その意味でギャスパー・ノエ監督は、映画がぶっ壊れて大失敗してしまう可能性を恐れずに、紙一重のところで撮り続けている作家と言えるでしょう。常に挑戦的な姿勢で映画に向き合うことそのものが、“ギャスパー・ノエ”という作品なんだと、言い換えることもできると思います。そういう監督と同時代に生きることができているのは、とても嬉しいですね。

 3Dで性描写をしたということ以外にも、この映画には魅力があります。たとえば音楽は、ピンク・フロイドやエリック・サティの既成曲を使っているんですけど、自分が好きな作品を記号として取り入れていくのは、ギャスパー・ノエ監督らしいやり方です。作中に自分の過去作のビデオテープを登場させたり、登場人物に自分の名前をつけたりするのも、彼のお茶目なところ。過去のイメージを組み合わせて自分の表現とするのは、クエンティン・タランティーノにも通じる方法論ですよね。

 音の使い方もすごく好きなポイントです。ギャスパー・ノエの映画には“黒味”が多く入るんですけれど、そのときも常に音は鳴っているんです。なぜそうするかというと、ワンシーンをワンカットで観せるため、黒味を入れることで編集点を設けているんだと思います。もうひとつ、演出面でも効果があって、カメラが主観のときはあの黒味が瞬きのように感じられるんです。『LOVE【3D】』は、主人公の過去の回想が物語の大部分を占めているけれど、そうしたシーンで黒味が入ると、記憶の中を辿って思いを巡らせているような演出にも見えてくる。常に音を止めないことで時間の経過を伝えるとともに、より没入感を得られる手法だと思います。

     
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