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トム・フーパー監督が語る『リリーのすべて』制作裏話 「内面の葛藤を描くことが本来のドラマ」

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 トム・フーパー最新作『リリーのすべて』が現在公開中だ。実話を基に制作された本作は、世界で初めて性別適合手術に臨んだトランスジェンダーの女性リリーと、その妻ゲルダの深い愛と葛藤を描いたラブストーリー。第88回アカデミー賞では、リリー役のエディ・レッドメインが主演男優賞にノミネートされ、ゲルダ役のアリシア・ヴィキャンデルが助演女優賞に輝き、日本でも注目された。今回、リアルサウンド映画部では、『レ・ミゼラブル』や『英国王のスピーチ』などの作品でも知られるトム・フーパー監督へインタビューを行い、『リリーのすべて』にまつわる制作裏話や作品に込めた想いを語ってもらった。

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トム・フーパー監督

ーー監督は脚本を読んだだけで、三回も泣いてしまったと聞きました。

トム・フーパー(以下、トム):リリーとゲルダが織りなす愛の物語が、あまりにも素晴らしかったので。結婚という完成した関係性の中で、そのうちのひとりが変貌を遂げていく。夫を失うとわかっていても、リリーが本当の自分になるための手助けをするゲルダの姿には、慈愛の心を見ることができました。犠牲を払いながらも真の愛を貫き通す力、そこに深い感動を覚えたんです

ーー仮に、監督がゲルダと同じ立場になったとしたら?

トム:彼女のように行動できたら、どんなに素晴らしいだろうと思います。しかし、愛において彼女はある意味で超越した存在なので、その真似することは並大抵の気持ちでは難しいでしょう

ーーまさに究極の愛が描かれている作品だと思います。トランスジェンダーを扱う本作は、監督にどんな影響を与えましたか?

トム:脚本が完成してからもう7年経ちますが、私にとって大変勉強になる作品でした。ロンドンやニューヨークなど、各都市でトランスジェンダーの方々と出会い、素晴らしいインスピレーションを受けました。それに、トランジション経験者であり、ハリウッドの監督として活躍しているラナ・ウォシャウスキーとも知り合うことができました。当時、エディ・レッドメインが彼女の作品に出演していたことがきっかけで出会ったんです。彼女もリリーの存在を知っていたので、いろいろと話を聞き、トランスジェンダーのことを幅広い意味で理解することができました。

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ーー先日、ラナの(元)弟、アンディ・ウォシャウスキーも性別適合手術を受け、「リリー」と名乗ることを公表していました。実際に、トランスジェンダーの方と接してみてどんな印象を受けたのか教えてください。

トム:非常に勇敢な人々だと思います。生きていく上で様々な差別を受けることがあるだろうし、周囲の環境に抑圧されることもあるでしょう。トランジションを認めていない国では、自分を解放することさえできない。しかし彼女たちには、そんな逆境の中に立たされていたとしても、自分のアイデンティティーを守るために行動できる闘志が備わっている。その闘志を胸に苦難を乗り越え、輝いている人たちの姿に私はとても惹かれました。

ーーこの作品がトランスジェンダーの方々に勇気を与える可能性は大きいと思います。

トム:本作が広く話題になることで、自身の性別を拒否することに抵抗を持たなくなる人が出てくるかもしれませんね。リリーは、あの時代に生まれたからこそ性別適合手術を受けることができました。つまり、現代に生きる私たちも、強い意志を持ってすれば自分を自由に解放することができるし、自分のアイデンティティーを追求することもできるということです。

ーー映画の舞台は約80年以上も前ですが、現代にも通じるメッセージが内包されている、と。本作は、絵画的な構図を意識した美しいカメラワークも特徴的だと感じました。

トム:アイナー時代のリリーとゲルダの職業が画家だったことと、彼らが描く美しい絵からインスピレーションを受けました。アイナーは風景画をワイドショットで描いており、一方ゲルダは人物をクローズアップするポートレイトを描いています。その二つの描き方を映像で表現しようと、本作を制作する最初の時点で決めていました。そして、その美しさを最初から最後まで維持し続けたいと考えていました。アイナーの辿る人生が、最後までリリーに対する美の追求だったことを表しているんです。

ーー二人が暮らす部屋の内装も素敵でした。

トム:彼女らがコペンハーゲンで暮らす部屋や光の演出は、デンマークに実在した画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵を参考にしています。青とグレーを基調とした部屋の中にただ人が立っている、厳格なスタイルを持つ絵が印象的です。

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ーー方、彼らがパリに移住してから暮らす部屋は、コペンハーゲンの部屋と比べて華やかな印象を受けました。

トム:パリのセットは、ラナのアイディアが活かされています。彼女は、リリーが出現するシーンの背景はアールヌーヴォのセットがいいんじゃないかとアドバイスをしてくれました。アールヌーヴォは直線と男性の拒絶がコンセプトになっているので、男性から女性に変わる背景としては、文脈としても、当時の歴史においても合っています。パリのシーンの撮影自体は、アール・ヌーヴォの美しい建物が数多く残っているブリュッセルで行いました。

ーーアイナーとリリーの内面の変化が装飾にも表れているんですね。鏡や水の反射を使った演出も多用されていた印象があります。

トム:水や鏡の反射には昔から興味がありました。自己投影もこの映画のテーマの中に含まれているので、水の中で揺らいだり途切れながら写っている姿は、トランスジェンダーのアイデンティティーに苛まれている登場人物の心情を表現していると言えます。水は変化のメタファーであると同時に、旅を意味します。本作でもコペンハーゲンの運河、パリのセーヌ川、ドイツのエルベ川がリリーの変化と旅路を象徴しているのです。

ーーアイナーが自分の中の女性性(リリー)を自覚するシーンは、演出が衝撃的でした。

トム:あのシーンはもともと脚本に含まれていて、リリーとアイナーが持つ肉体の複雑な関係を示す重要なシーンだと考えています。リリーの美しい肉体の中で唯一捉えがたい、衝動的な部分を隠すことで、リリーは初めて心から笑うことができた。その瞬間が重要だとエディも話していました。

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アリシア・ヴィキャンデル

ーーアリシア・ヴィキャンデルはアカデミー賞の助演女優賞に選ばれました。現場ではどんなやりとりを行いましたか?

トム:ここ2年間、本作の撮影期間を含めて彼女は多忙を極めていました。とても忙しいのは知っていましたが、ゲルダになりきってほしいと彼女にお願いしました。同じく忙しいエディも頑張っているんだからって(笑)。君とゲルダのどこが違うのか、自分なりに考えほしいという話もしましたね。

ーーゲルダは男性的な要素を多く持っているキャラクターだったと思います。アリシアとゲルダの間には、どんな差異があったと感じましたか?

トム:アリシアは聡明で、よく鍛錬された大きなハートを持っている役者です。幼い頃からバレエを続けてきた経験もあって、練習を繰り返すことに抵抗がないし、撮影でリテイクを何度繰り返しても揺るがない精神力を持っている。そんな内面的な強さはゲルダにも負けていないでしょう。ただ、ゲルダは1920年代に実在した力強い女性です。内面だけでなくボディーランゲージなど、男性的な要素を多く持っているところはアリシアとは全く違うところでした。時代を先取りする女流画家であり、夫のジェンダーを理解することに努力を惜しまない良き妻。たとえ夫を失うことになったとしても、決して犠牲者にはなろうとしない強靭さを最後まで彼女は守っていた。そんな心のしなやかさや慈愛の精神は、アリシアや僕とは比べものにならないくらい大きい。愛の天才であり、強靭なハートと意志を持つ女性だったんじゃないかと、アリシアと話し合いました。

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エディ・レッドメイン

ーーエディとは、『エリザベス1世 ~愛と陰謀の王宮~』『レ・ミゼラブル』に続き、3度目のタッグですね。

トム:エディは今回の役作りを一年間かけて行ったといいます。役者としてのプロ意識や集中力が高く、撮影期間中は休日にも演技をする時間がほしいと言っていました。本作を撮影している時期にオスカーの受賞式がちょうどあったのですが、受賞式の後は空港から撮影セットまですぐ戻ってきて、集中力を切らすことなく重要なシーンを演じてくれました。普通であればお祝いをするところですが、役者としての成功を収めても謙虚で、何事もなかったようにプロの仕事をしてくれたことが深く印象に残っています。

ーー監督は今後も、苦難を乗り越えていく人を描いていくのですか?

トム:昔から複雑さを抱えているキャラクターや題材に興味を持っていました。映画に限らず現実においても、みんなの人生にそれぞれの障害があります。しかし、人間は愛の力や自分を変えていく力をもってして、人生の障害を乗り越え、一番自分らしい姿を獲得していく。そんな内面的な葛藤を描きたかった。かつて大学の恩師に、「内面の葛藤を描くことが本来のドラマで、人と人との間の葛藤を描くのはメロドラマなんだよ」と言われました。その言葉に習い、これからも本当のドラマを作り続けていきたいですね。

(取材・文=泉夏音)

■公開情報
『リリーのすべて』
公開中
監督:トム・フーパー
脚本:ルシンダ・コクソン
出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ
配給:東宝東和
原題:The Danish Girl /R15+
(C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:lili-movie.jp

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