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『PAN ネバーランド、夢のはじまり』に見る、ジョー・ライト監督の映画作りのルーツ

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牛津厚信
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 幼少期、誰もが多少なりとも「ピーター・パン」の物語に心踊らせた記憶があるだろう。『PAN ネバーランド、夢のはじまり』は、この“永遠の少年”がネバーランドのヒーローになる前日譚を描いた物語。といっても、そもそも作家J・M・バリーが「ピーター・パン」の戯曲を執筆したのが1904年。本作はバリーの手からはふわりと離れて、その数々の著書から「ヒントを得る」形で創造性を膨らませたストーリーなので、そこに独自の面白さを見出せるかどうかはまさに観客の感じ方次第ということになる。

 正直言って『PAN』の評価は割れている。それに現時点でアメリカでの興収は3200万ドル程度(世界興収だと1億800万ドル)。製作費が1億5千万ドルと伝えられているので、これは相当頑張らないと回収しきれないレベルだ。しかし、だからといって筆者にはこの映画が駄作だなんて決して思えない。もしもこれまでに一度でもジョー・ライト監督作品に心を奪われた経験のある人ならば、絶対に見逃さないでほしい作品だ。というのも、ライトの作品としてはもっとも、彼の映画作りのルーツというか、原初的なところが自ずと表出していると感じたからだ。

retellingによって生まれる新たな光

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 まずひとつ目に挙げたいのはジョー・ライトの持つ「retelling」の才能だ。たとえば彼の名を一躍世界中に知らしめた『プライドと偏見』は序盤から思いがけない長回しショットをぶちかまし、観客の心を一気に目の覚めるような感覚で充たしたものだった。つまり、伝えるべき物語をそのままに、ではなく、フレッシュに再構築して伝える術に長けているのだ。もちろん『アンナ・カレーニナ』もこれに含まれる。

 『つぐない』ではフィクションの構造そのものに「retelling」と相通ずるものを感じさせられた。それに現代劇『路上のソリスト』やアクション映画『ハンナ』においても、ありふれたジャンルや題材をそのまま伝えるのではなく、あえて彼流の特殊なギミックを炸裂させることで別の角度から降り注ぐ光を見出している。それらの妙味を見つけ出すのが非常に楽しいし、恐らくジョー・ライト作品の面白さはそこに集約されるのだろう。

 『PAN』はその意味でも「retelling」路線を引き継ぐものとなろう。観客の心をフレッシュな気持ちで古典ファンタジーへと真向かわせるのは彼のお家芸。本作では孤児院で暮らす少年の「お母さんに逢いたい!」という願いに呼応するかのように、ふわりとファンタジー世界が起動してネバーランドへ通じていく。とりわけこの冒頭部分の、現実とファンタジーをつなぐ整合性の描き方には捨てがたいものがある。

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 そしていつしか、映画にはとめどなく色彩が溢れ出す。現実世界ではモノクロに近いほど色が乏しかったのに対し、ネバーランドではその奥地へ足を踏み入れれば入れるほど、目の覚めるような極彩色に包まれて行く。こういった部分、『アメリ』で名を馳せたアリーヌ・ボネットが美術を担い、ライト監督の期待に存分に応えているのも注目すべき点だろう。

 ちなみに、意識的か無意識か、ジョー・ライトがその創造性を「ワーナー」の庭で無邪気に遊ばせているのも印象的だ。というのも、黒ひげ(ヒュー・ジャックマン)の登場シーンは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のイモータン・ジョーの降臨を彷彿させるし、海賊船が無重力へと突入し身体がふわりと浮かび上がるシーンは『ゼロ・グラビティ』を思い起こさずにいられない。さらに、主人公のパン少年が空を飛ぶ場面は『スーパーマン』や『マン・オブ・スティール』、孤児院での生活には同じ学園モノとしての『ハリー・ポッター』のエキスが落とさている…と言うのは言い過ぎだろうか。

     
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