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『SONIC ACADEMY FES EX 2017』開催記念インタビュー(その2)

乃木坂46らの楽曲手掛けるAkira Sunsetが語る、自身のキャリアとコライトの利点

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 ソニー・ミュージックが提案する本格的音楽人養成スクール『SONIC ACADEMY』が、“今の音楽制作のノウハウや制作者の声を直接お届けする”というコンセプトのもと、10月7日と8日の2日間、音楽人養成クリエイティブ講座フェス『SONIC ACADEMY FES EX 2017』を開催する。

 『SONIC ACADEMY FES EX 2017』では、Tom-H@ckやDJ和といったアニソンに関わる名プロデューサーや、Akira Sunset、Carlos K.、丸谷マナブ、SoulifeといったJ-POP・アイドル業界で活躍する新進気鋭の作家たち、角松敏生や加藤ミリヤ、真太郎(UVERworld)など現役アーティストによる講座を実施予定。今回はこの催しを記念し、プロデューサー・灰野一平氏と、講座に出演する音楽作家・Akira Sunset氏にインタビューを行なった。今回はシリーズの第二弾として、乃木坂46や欅坂46、Little Glee Monsterなどの楽曲を手掛ける「波乗り作詞作曲家」でありながら、APAZZIとのユニット・THE SIGNALIGHTSやバンド・HighsidEのメンバー、作家事務所・HOVERBORDの代表も務めるなどマルチに活躍する同氏を取材。自身のキャリアや乃木坂46の楽曲制作で学んだこと、コライトの利点、音楽作家としての強みなどについて、話を訊いた。(編集部)

第一回:『SONIC ACADEMY』仕掛け人に訊く、いま“クリエイター育成”が必要な理由

「僕の得意分野は楽器よりも歌だと考えた」

ーーまずはAkiraさんが音楽作家になる前の経歴を辿りたいと思います。2007年には自身のユニットSafariiとして2007年にハワイで、2008年には日本でメジャーデビューをしていますよね。そこから「波乗り作詞作曲家」に転向しようと思ったきっかけは?

Akira Sunset:きっかけは……単純にSafariiが所属していたソニー・ミュージックとの契約が終了する時に、「いい曲書けるんだし出して」と言われたのが最初です。両立しながらやっていたものの、徐々に音楽作家としての仕事が主流になっていった部分もありますね。

Akira Sunset氏。

ーーあと、調べてみると「俳優」になろうとしたこともあったとか?

Akira Sunset:それはホントに10代の頃で。僕、曲を作りたくなかったんですよ(笑)。中高生のときに3、4曲自分で作ったけど、しんどいなと思って、曲を作らずに楽曲提供を受けるにはどうしたら良いんだろうと考えた時に、思いついたのが俳優で。そこから俳優の学校に行くんですけど、結局「特技:歌」って書いてるからオーディションでは歌うし、自分のなかでは「やっぱり逃れられないカルマなんだな」と感じました。とはいえ、人の曲を歌ってみたらやっぱり嫌だったりもして。Safariiの前に組んでいたユニットでは、一緒にやっていたトラックメイカーがあまり曲を書かなかったこともあって、自分でMacを買って打ち込みを始めたんです。ギターで歌って作ることはずっとやっていたんですけど、一曲をすべて自分で作ろうと思うと打ち込みも必要だったので。

ーーユニット時代はAkiraさんがほとんど楽曲を作っていたのでしょうか?

Akira Sunset:いや、メンバーそれぞれが書くという体制でした。でも他のメンバーの書いた曲が評価されるのは嫌だったんですよね。嫉妬とかじゃなくて、「あの曲良いよね」と言われても「俺はそんなに良く思ってないのにな」と思ったりしていたので。だから、その次に組んだSafariiでは自分がいいと思う曲だけを作りました。歌詞やフレーズは皆で作るんだけど、最終的に自分が組み立てる。それは今のコライトにも近い形なので、経験が活きているといえばそうなりますね。

ーーSafariiの曲などを辿っていくと、そのルーツはレゲエやヒップホップに色濃いように感じます。「波乗り」という肩書きだったので、ジャック・ジョンソンやドノヴァン・フランケンレイターのようなサーフミュージックが原点かと思ったのですが。

Akira Sunset:そこがルーツではありながら、そのなかでもJawaiianというハワイのレゲエが好きで、SafariiではJawaiianとJ-POPを混ぜることを意識して作っていました。「波乗り作詞作曲家」という肩書は、音楽作家として活動するときに引っかかりが欲しくて付けました。プロデューサーやコンポーザーだと埋もれるし、いまいち何をやってる人か分かりづらい。なので得意なジャンル感もわかるようにと。でも、意図しないところにどんどん進んではいます(笑)。

ーーたしかに、RSPや大国男児といったキャリア初期の提供曲は、ラップ調のものが多くて、得意分野を活かしている感じはありますね。

Akira Sunset:アコギにメロラップやユルい歌メロを乗せるタイプの曲は得意ですね。でも、同じ曲調ばかり作ると飽きちゃうんですよね。

ーー飽き性なんですか?

Akira Sunset:かなり。グループ時代もそうでした。アーティストとして活動していると、その軸に置いている音楽性ってブレちゃいけないと思うんですよ。でも、ひとつのテーマでアルバム一枚作ったら、お腹いっぱいになっちゃうんです(笑)。「あれもやりたい、これもやりたい」という状態じゃないと、創作意欲が続かないんですよ。だから、音楽作家という仕事は向いていたのかもしれないですね。

ーー色んなジャンルを並行に作っているとモチベーションが保たれると。

Akira Sunset:そうですね。同じジャンルで作り続けると、初期に作ったものを越えてこないし、手癖で作れちゃうから面白くなくなってくるんです。それこそ仕事みたいな感覚で「はいはい、ここでカノン進行ね」みたいな感じになっちゃうので。

ーーその飽き性は機材面にも顕著だったりするのでしょうか。

Akira Sunset:そうですね。元々機材にはあまり興味は無いものの、昔から使っているのはアコギくらいで、ほかは次の音楽作家としての仕事が決まったら新しくするようにしています。あと、良い機材を使っていると、耳がそっちに慣れるので悪い音がわかるようになってくるんですよ。

ーーなるほど。2012年に乃木坂46へ初めて提供した「狼に口笛を」はハードなカッティングも目立つロックンロールという、ここまで聞いた話からは想像もつかない楽曲なのですが。

Akira Sunset:そうですね。乃木坂46に提供した曲については「何をすれば勝てるか」をすごく意識していました。清楚なグループイメージだったので清楚系の曲はたくさん集まるだろうなと思っていて。なのでしばらくは乃木坂46っぽいものというよりは、エッジの効いたものを送っていました。「狼に口笛を」も、最初はもっとハードな曲調だったんですよ。とはいえ元々の感じは失わずに通ったので、「このやり方だな」と確信しました。

ーーその「人がやらないことをやらないと勝てない」という考えは、Akiraさんの中に元々あった価値観ですか?

Akira Sunset:例えば、学校で一番サッカーが上手くても、必ずJリーガーにはなれないしワールドカップに出られるわけではないですよね。だけど、その運動神経を活かしてマイナーなスポーツを選んだとしたら、競争相手が少ないんじゃないかな、と。例えば夢が「オリンピックに出たい」だったら、何の競技でも結果は同じことなんですよね。

ーーそれは「手段よりも結果を選ぶ」という考え方だと思うんですが、Akiraさんにとって音楽における「結果」とは?

Akira:何でしょうね……。やるからには誰よりも一番になりたいという気持ちが強いんだと思います。でも、大通りは渋滞してるので抜け道を探しているというか。たどり着く先はきっと同じなんでしょうけど。乃木坂46でいうと、「今、話したい誰かがいる」まではシングルの表題曲っぽいものを書いたことがないんですよね。

ーー時間帯や場所など、楽曲はどのような環境で書くことが多いですか?

Akira Sunset:詞メロが同時に降りてくるのは、バイクに乗っているときとシャワーを浴びているときですね。ほかはほとんど机に向かって頑張っています。ただ、集中力が5分くらいしか続かないので(笑)。作業は延ばし延ばしで夜中にやることが多いですし、サビから書き始めて、良いサビ頭2小節が書けたらもうあとはスラスラと進むので、フラッと出かけたりします。

ーー今回お話を伺うことに決まってから、Akiraさんの乃木坂46への提供曲を時系列順にして聴いてみたんですけどーー。

Akira Sunset:変わった曲ばっかりでしょ(笑)。

ーーいえいえ(笑)。3rdシングル『走れ! Bycicle』収録の「海流の島よ」から7thシングル『バレッタ』収録の「そんなバカな・・・」まで、4作の空きがあるんですよね。それ以降の間隔を考えると、ここだけポッカリ空いているのですが、この間はコンペに落ち続けていたということなのでしょうか。

Akira Sunset:そうですね。「海流の島よ」以降は通らなくなったこともあって、さらに考えてコミカルな路線を攻めた結果が「そんなバカな・・・」だったりします。あとは通らないと思って拗ねて出してなかった時期もあるんですけど(笑)。

ーー次の抜け道を探すための期間でもあったと。

Akira Sunset:そうですね。何をするにしても「誰かがやっていること」は嫌だったので。例えば「無表情」も、このタイミングなら初期の乃木坂46っぽい曲を書いても誰とも競わないかなと思ったのがきっかけです。

プロデューサーの灰野一平氏(左)とAkira Sunset氏(右)。

ーー初めての表題曲は8thシングル曲の「気づいたら片想い」ですね。Akiraさんの作った楽曲でいうと、この曲と「ハルジオンが咲く頃」は得意のメロラップがAメロやBメロで活きています。

Akira Sunset:「気づいたら片想い」の原型はもっとメロラップでしたね。それでサビがいい曲系になると言う曲をイメージしていたんですけど、それじゃ勝てないだろうし、自分の手癖で作れてしまうなと思ったので、「歌謡曲」と掛け合わせることを考えました。「バレッタ」(7thシングル表題曲)も同じような路線なんですが、まだこの曲が表に出る前に制作していたので、本当に偶然2作歌謡曲が続いた形になったんですよね。

ーーメロラップと歌謡曲の掛け合わせは気持ちよくハマっていたと思います。頭のサビを経て、Aメロから急にテンポが上がる展開は、初めて聴いたときに面白いなと感じました。

Akira Sunset:マッシュアップ的な手法を率先して使うようになったのもこのタイミングです。最終的にはメロラップも少し形が変わって、フォーク調になったので、サビとも整合性の取れる感じになりました。で、サビ頭に関しては、コライトを始めるまでに作った大半の曲で採用しているんです。

ーーたしかに、乃木坂46だけでも「海流の島よ」や「ダンケシェーン」、「君は僕と会わないほうがよかったのかな」「別れ際、もっと好きになる」とサビ頭の構成が多いですね。これは何か理由があるのでしょうか?

Akira Sunset:僕の得意分野は楽器よりも歌だと考えたからです。先に自信のある歌を聴かせて、そこで心を掴もうという狙いでしたね。イントロを作れないわけじゃないんですけど、楽器が得意な人のイントロには勝てないと思ったし、聴いてもらう側の状況が分からないので、サビにたどり着くまでに止められてしまったら嫌だなと。テンポの速い曲だと、サビ頭ではなくその曲をハーフテンポにした落ちサビ的な箇所を頭に持ってきて、メロディを聴かせる構成にしていました。アップテンポだと、どうしても良い曲感が薄れるんですよね。最近はコライトも多くなってきて、曲のイントロについての縛りは無くなってきました。

ーー2回目に表題曲を勝ち取った「今、話したい誰かがいる」はAPAZZIさんとのコライトということもあってか、作風が一気にグループ寄りになった気がします。

Akira Sunset:映画(『心が叫びたがってるんだ。』)の主題歌で“乃木坂46らしい曲”が求められたからというのも大きいですね。まあ、その“らしさ”は杉山勝彦(「制服のマネキン」や「君の名は希望」など、グループの代表曲を手掛ける)くんが作った「杉山フォーマット」なんですけど(笑)でも、乃木坂らしい曲といえばピアノイントロなんですけど、原型はその部分に意外性を持たせたくて、アコギで作っていたんですよ。

ーーそういう背景があったんですね。イントロだと、14thシングル表題曲「ハルジオンが咲く頃」の厚いストリングスアレンジも意外でした。

Akira Sunset:あれは……30回以上直すという地獄のようなやり取りがあった曲です(笑)。でも、まさかこの曲が表題になると思ってなかったくらいチャレンジを詰め込んでいたんです。

ーーBメロの展開が面白いですよね。

Akira Sunset:そうなんです。あの時点では「この曲調でこのBメロは俺だけしか作れない」というくらいの気持ちでした。世に出てしまうとどんどん真似されてしまうんですけど(笑)。曲中でコード進行を変えていないので、そのなかで緩急をつける必要があって、このBメロを思いついたときは「勝てる!」と思いました。

      

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