若者にヒットする音楽「ダリハイ」とは──Lost Frog Productions・石原ハルオに聞く、“Hyperflip/Dariacoreの現在地”
近年、音楽トレンドに敏感な一部の若者の間で注目を集める音楽ジャンル「Hyperflip/Dariacore」をご存知だろうか。過激なまでに高い音圧による音割れ、EDMをベースに、音MAD的なミームの多用、アニメやゲーム、カークラッシュ&サイレンと呼ばれる音源のサンプリングが複雑に混ざり合った、カオスでジャンル横断的な実験的要素が人気を博している。
近年のJ-POPシーンをはじめとする他シーンにも影響を与えつつあり、VOCALOIDシーンなどにおいても、HyperpopやHyperflip的なサウンドデザインの楽曲がここ数年で急増している。そんなHyperflipのシーンにおいて大きな存在感を示すのが、日本のネットレーベル・Lost Frog Productionsだ。
Lost Frog Productionsは、1992年から活動する日本最古級のネットレーベルで、数多くのアルバムを無料で配信している。そして、これを主宰する石原ハルオ氏はレーベル設立時からアンダーグラウンドシーンで活動する人物でもある。同レーベルが主催するイベント『CCS(Car Crash & Siren)』は、いまやHyperflip/Dariacore好きのメッカとも言える場になっている。
30年以上もレーベル運営を続け、サブカルチャーやインターネット好きの若者が熱狂するムーブメントに火をくべた石原ハルオ氏とは何者なのか。Hyperflip/Dariacoreとは何なのか。定義や分類から、レーベルの歴史と現在の盛り上がり、石原氏の来歴まで、詳しく話を聞いていく。(三沢光汰)
Hyperflipとはなにか 起源と音楽的な特徴について
——まず最初に、HyperflipやDariacoreと呼ばれるジャンルについて、石原さんの解釈や定義をお伺いできればと思います。最初に石原さんがDariacoreや、その原点であるLeroyのことを知ったのはいつ頃でしたか?
石原:Dariacoreを最初に知ったのは2021年頃です。うちのレーベルから「agata」や「breakchild」という名義で楽曲をリリースしていたアーティスト(現sega73)が「こういう音楽があるんだ」と紹介してくれたんですね。
彼女はもともとBreakcoreを中心に活動していて、海外のコミュニティに出入りするなかでDariacoreの存在を知ったようです。
——最初にDariacoreに触れた時の印象はどんなものでしたか。
石原:最初にLeroyの楽曲を聴いたとき、これまで聴いてきたどのサンプリングミュージックとも違うと衝撃を受けました。例えばBreakcoreは基本的にアーメンブレイクを中心としたブレイクビーツが主体になっているジャンルなので、1曲の中でどこを切りとっても刻まれたアーメンブレイクが鳴っていますが、Dariacoreは多種多様なサンプルやドラムパターンで構成されているので、部分的に切り取るとそれぞれが全く違う曲(ジャンル)に聴こえるのが興味深かったです。最初はコラージュに近いと思ったので芸術性すら感じていました。
あとはDariacoreの、あの甲高い特徴的なスネアの音ですね。エモーショナルな曲調なのに急に「カーン!」ってスネアが入ってきて「なんだこれ~!」と思った。それが最初の印象でしたね。
歴史としては、最初にLeroyがそういうのを始めて、「Snare Society」というDiscordのサーバーにいたメンバーが、彼女に続いて同じようなことをやり始めた、という流れだと思います。
——DariacoreはHyperflipと並んで表記されることも多いですよね。“ダリハイ”なんていう略称もありますが、どういった違いがあるのでしょうか?
石原:そもそも「Dariacore」というのは、Leroyが『Daria』という海外のアニメ(*1)をコンセプト/テーマにしていたことからついた名前で、SoundCloud特有の個人的なタグ付け、「○○core」を名乗るムーブメントの一環だと思ってもらえたらわかりやすいでしょうか。だから厳密に言うと何かに定義されたようなジャンルではないという認識です。
【*1:MTVで放映されていた海外アニメ『Beavis and Butt-Head』のスピンオフ作品】
——『serial experiments lain』をテーマにしたBreakcoreがムーブメント化して「Laincore」と呼ばれるようなものですか。
石原:そうですね。その名前を付けた人の中では、おそらく「lainのイメージ」と「サウンドデザインのイメージ」が結びついていると思うんですけど、原作の『lain』自体に音のイメージなんて特にないじゃないですか。それとわりと同じような感じなのかなと思っていて。
で、こうしたムーブメントが広がる中で、後続の人たちが「みんなが『Daria』をテーマにしているわけではないのに、Dariacoreを名乗るのはおかしくない?」と指摘して議論になり、その際にxaev(ゼイブ)というアーティストが、広義に使える言葉として「『Hyperflip』はどう?」と提案したところから、Hyperflipという呼称が広まっていきました。
また、Hyperflipの意味についてですが、まず言葉のベースにある「Flip」は、音楽界隈におけるRemix(リミックス)の一種です。一般的なRemixが原曲の要素を活かしたアレンジだとすれば、Flipは英語の「ひっくり返す」という言葉通り、原曲の印象をガラリと変えてしまうような大胆なアレンジを指すと私は捉えています。
その「Flip」に「Hyper」が付いているわけですから、Hyperflipとは「さらに過剰なアレンジを加え、もはや原曲の原型を留めていないレベルのトラック」ということになりますね。この認識については以前xaevとも話したことがあるのですが、彼も概ね同じ意見でした。
実際、いろんな人から「Hyperflipの定義は?」「どういうジャンルなの?」という質問をよく受けます。ただ、多種多様なサンプルや楽曲をマッシュアップしたり、1曲の中でHip HopやJersey Club等々、様々な展開が目まぐるしく混ざり合ったりするため、型にはまった一つのジャンルとして定義するのは難しいのが本音です。強いて言うなら、あらゆる境界を飛び越える「マルチジャンルなスタイル」でしょうか……。
Hyperflipという言葉の発案者であるxaev自身も基本的には「サンプルベースのニッチな音楽」と言っているあたり、厳密なルールや定義はないと思っています。
だからこそ、これは特定のジャンルというよりも、一種の「ムーブメント」や、あのコミュニティ特有の「強烈なバイブス(空気感)」そのものなんだと思っています。初めて聴く人には捉えどころが難しく感じるかもしれませんが、いろいろなHyperflipの楽曲を聴いていくうちに、言葉を超えて「あ、これだ!」とその熱量がわかってくる、そんな面白さがあります。
——音楽的な特徴としては、よく「ダリハイ=音割れ」と言われることもありますよね。
石原:「音割れ」を特徴的な部分として取り上げる人が多いのですが、それ自体は他のジャンルなどにも見られる要素なんですよ。Hyperflipの場合、さらに過剰に音割れした曲が多いのは確かですが、個人的には「音割れ」自体がHyperflipのフックになっているとは思っていません。
——たしかに。Hyperflip系統のアーティストと言われる人でも、全然音が割れていないし、BPMがすごく速いわけでもない、という人も普通にいますもんね。marshall4なんかも、一般的なイメージとは少し異なる楽曲をリリースしていることが多々あります。
石原:marshall4は音割れもソフトで、音圧もかなり低めです。こういう部分も決まりきった定義がないからこそ、自由な部分だと思っています。全員が同じ方向向いてたら面白くないじゃないですか(笑)。
——SoundCloudのタグ文化も含めて、今のEDM系の音楽って明確なジャンル分けがしづらいというか、それこそ「○○core」ってみんな結構勝手にジャンルを名乗り始めるじゃないですか。自分の個性を表現したり、セルフボーストしたりするためのものになっている気がします。
石原:そうですね。そもそも「タグ」や「ジャンル名」って、本来はリスナーのためにあるものなんですよね。リスナーがタグを辿って「この曲が良かったから、同じタグでもっと探してみよう」とディグりやすくするための、いわば検索の道標が大前提。だからこそ、Hyperflipはまさにネット文化だからこそ生まれた、ネットならではのムーブメントだと言えます。
逆に、今ほどネットが普及していなかった90年代のように、レコードやCDといったフィジカルが主体だった時代なら、この音楽はどう扱われていたんだろうと考えることがあります。
もし当時のレコード屋に置くとしたら、よほどマニアックな専門店でもない限り、棚の仕切りは「ロック」「テクノ」「ハウス」のように大まかにしか分けられていないはずです。そんな中で「これは一体何なんだ?」となったら……おそらく、ざっくりと「ダンス」や「クラブミュージック」のコーナーに分類されて、そのまま誰にも注目されずに埋もれていたかもしれません。
そう思うと、ネットのタグによって瞬時に世界中と繋がれる現代だからこそ、この尖ったバイブスがちゃんと届くべき人に届いて、一つのムーブメントになり得たんだなと実感します。