クリプトン・佐々木渉とLAMが語り合う「初音ミク像の再定義」 『V6』開発&イラスト制作秘話から、初音ミクに宿った“主体性”の正体に迫る

 VOCALOID6の歌声合成エンジンを搭載する『初音ミクV6』が2026年4月14日、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社より発売される。大きく刷新された機能面はもちろん、それに負けず劣らずの勢いで話題を集めたのがパッケージビジュアルの一新だ。初音ミクのイメージとして象徴的な初代ビジュアルを担当したKEI、次いで最も長くパッケージイラストを担当し続けているiXima。その系譜に新たに名を連ねる形で今回『初音ミクV6』の公式ビジュアルを担当したのは、従来よりシーンでもリスナーから熱い支持を受けてきた人気イラストレーター・LAMである。

 ボカロP・Kanariaの楽曲群をはじめ、数々の有名ボカロ曲でイラストを手掛けただけでなく、『初音ミク「マジカルミライ 2023」』メインビジュアル・衣装デザインや『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』の複数ビジュアルを手がけるなど、長年VOCALOIDシーンとは縁深いクリエイターの一人でもあるLAM。そんな彼と今回、「初音ミクの生みの親」であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の企画開発プロデューサー・佐々木渉の対談が実現した。

 佐々木はなぜ今回、新たにパッケージビジュアルへLAMを起用したのか。制作中には両者の間で、どのようなやりとりが繰り広げられたのか。ソフトの開発秘話や新たに搭載された機能面も含め、『初音ミクV6』が晴れて世間へと旅立つこのタイミングに、佐々木とLAM両名に“初音ミクの現在地点”をじっくり膝を交えて語ってもらった。(編集部)

AIによって“アイデンティティ”が失われないようにーー流暢さとミクらしさを同居させるために苦心した『初音ミクV6』開発秘話

『初音ミクV6』

ーーまずは早速、佐々木さんに『初音ミクV6』の開発経緯を伺えればと思います。

佐々木:YAMAHAさんとのやりとりを遡ると、話が最初に出たのは2022年春頃でしたね。今回使われているVOCALOID6の技術は、AI美空ひばりで話題にもなったエンジンですが、人間の声をリアルに再現するもの、昭和の演歌歌手のようなダイナミックなボーカリゼーションのためのものだと認識していて。つまりミクの歌唱の魅力を引き出すという観点ではハマらないと思っていたんです。本来ならそこで頓挫してしまうケースが大半ですが、今回は我々クリプトンとYAMAHAさんがきっちり向き合って、ミクの歌声の再現と、その先の自然なバランスを一緒に模索しました。音響技術的な面は少し割愛しますが、初音ミクの声を改めて分析して認識して、良い部分を伸ばしたり、自然な歌唱のニュアンスを付け加えたりするところにかなり注力しましたね。

クリプトン・フューチャー・メディア株式会社の企画開発プロデューサー・佐々木渉

ーー近年の音声合成ソフト界は人間らしい歌唱を求める風潮も強い一方、ミクに関しては機械らしい歌唱がある種のアイデンティティという価値観も根強く残っています。「AIエンジンが『初音ミク』にはハマらない」というのは、そういった側面とのバランスですよね。

佐々木:最初はもう、VOCALOID6の挙動が、明確にミクに合わなかったんですよ。声質もですが、それ以上に発音のスピードや声を発する時のボカロらしい言葉のリズム感とか、ミクらしい声の均一な響きと合わなかったんですね。ミクの機械的な響きをもう少し嚙み砕いて説明すると、声の表情が画一的で“凹む部分”がないんです。人間の声はいわゆる波の中に、ふっと沈んでまた上がる部分があるんですが、この“ふっと沈む”部分が初音ミクには全然なくて。なのでVOCALOID6のエンジンを搭載したミクになった途端、人間のように声が沈む部分が増えると、それは“ところどころクネクネとテンションが乱れるミク”になってしまう。でもそれって初音ミクではないよね、と。どんなメロディが来ても、声のテンションが変わらないことは、ミクにとって結構重要なポイントなんです。

ーーいわば“初音ミク像の再定義”を経た面もあった、と。それはつまり従来に比べ、V6のミクには大きな変化があるということにもなるんでしょうか。

佐々木:みなさんが初音ミクのどこを聴いているかで、変わっているようにも変わってないようにも聴こえると思います。ミクって結構V2、V3、V4と変化する中で、大多数の「全然変わらない」という声もあれば、極少数は「すごい変わった」「変わりすぎ」という方もいて、全然印象が定まらないんですよ。ドワンゴさんもミクやVOCALOIDの新バージョンが出た際に、ニコニコ動画が盛り上がると思って評判を見に行ったら賛否両論で「これはどう考えたらいいんだ?」となるそうで。僕個人としては明確にバージョンアップした際、ネットで何らかの評価・認識が明らかに変わったことは今まであまりないと思ってます。数年経ってから「やっぱりV2の声の可愛らしさが至高だと思ったけど、冷静に考えるとV4Xが一番良かった」みたいに過去形で語られることはありますけど。そうやって、いろんな人の認識を惑わす初音ミクはやっぱり“ファム・ファタール(魔性の女)”だなと(笑)。僕も含めて、あらゆる人を振り回してくれる存在ですね。

ーーそこが魅力であり不思議さですよね。同じ初音ミクの話をしているのに、全員初音ミクとして見ているものの像が少しずつズレている、と。

佐々木:シンドローム的な感じもありますよね。世間一般の初音ミクのステレオタイプはこうかもしれないけど、俺の中でのミクはこうなんだ、という自分語りになりがちで。そういう意味でも初音ミクは本当に分かりにくい存在ですし、そこに僕自身が苦しめられ続けてもいます(笑)。今回のLAMさんのビジュアルも本当にみなさんから好評をいただけて、それも嬉しくはあるんですけれど。

ーー重ねて、V6は英語詞が流暢に歌えるようになった点も大きなアップデートのひとつかと思います。

佐々木:明確にいま、VOCALOIDの作品は海外に広まってますし、クリエイターさんの数も増えています。作品によっては、海外リスナーが8割近くを占める曲も出てきてますよね。海外の方々にとっての初音ミクやボカロは、まさに真新しいものとして受け入れられている状況で。今後それが文化として定着していくために、手軽に触れられる英語歌唱の初音ミクが必要だという意識はやはりありました。VOCALOID6やAI機構が搭載されたものって、やはり多言語化も上手いんです。少し前の世代の歌声合成技術だと日本語は構成しやすい反面、英語や他国の言葉、複雑な母音の響きや多彩な子音への対応はかなり苦手で。最近でこそ日本人は日本語のボカロ曲を聴いて「ああボカロね」とスムーズに受け入れる方も増えましたが、英語圏の方は英語のボカロ曲を聴いてもわけがわからなかったり、ボカロの特徴的な早口の曲だともっとわからない、となることも多かったはずで。そこを打破する要素のひとつになるといいなと思います。

『初音ミク V6』記念ソング(Like a Shooting Star)

ーー00年代のミク登場時には、ボカロ曲を聴いても「何を言ってるかわからない」という方も大勢いました。同じ現象がいま、海外で起こっているのはなんだか感慨深い気もします。加えて今回のV6には“隠し要素”もあるとのことですが……。

佐々木:今回の『初音ミクV6』には、通常のボイスに加えて「Soft」という柔らかくて可憐な歌声も搭載されています。通常のボイスである「Original」には音の輪郭をキリッとさせるために15%ほど『初音ミク・アペンド』での藤田咲さんの収録データ成分をブレンドしていますが、これはほぼ2007年の発売当初の初音ミクのままの声で。一方の「Soft」はこれまでリリースされた同系統の声を中心に、藤田咲さんの声の柔らかさや切なさ、ウエットな部分の成分を注入して、より「Soft」らしくチューニングした声になっています。名称については本当にギリギリ、パッケージが刷り上がる直前ぐらいまで悩んだんですけれど。「Soft」のムーディな雰囲気の声は、おそらく大勢のボカロPさんに気に入っていただけると思いますよ。

『初音ミクV6』の操作画面

ーー作風としてはバラードや、ピアノやストリングスを用いる柔らかい曲調に合う声、というイメージでしょうか。

佐々木:アンニュイな歌い方にも合うので、往年のn-bunaさんのような歌わせ方や、メランコリーな雰囲気を出すのにもぴったりだと思います。とはいえ曲調を選ぶこともあまりないので、いろんな使い方を試していただければ。少し暗い雰囲気の曲や、ブレスを含んだような歌い方とも相性がいい気がしますね。今回はVOCALOID6の中でも、結構実験的なことをいろいろさせていただいていて。YAMAHAさんにもエンジン自体をミク用に少しカスタムしてもらったり、ある種遊び心のある実験の中で生まれた側面が色濃い気もします。

『初音ミクV6』の操作画面

ーーとはいえ、開発にはかなり苦心された部分もあったかと思います。遡ると、『初音ミクV6』の発売は結果として2度延期になっていますよね。

佐々木:そうですね、確か2回ほど「また伸ばすの?」と怒られた記憶があります(笑)。一番はやはり、開発を進める中で「わざわざAIである理由は何か」「自然な印象の初音ミクらしさ」を突き詰めていたからで。VOCALOID2から歴代それぞれに初音ミクとしての印象があり、じゃあV6ではどう個性を出すか、という点が結構悩みどころでした。途中だいぶ手探りというか、どこかトンネルの抜け道はないかと模索していた頃はやっぱりかなり不安でしたね。

ーー結果として、そういった状態をどう打開したのでしょう。

佐々木:あまり褒められた回答ではないかもしれませんが、最終的には自己暗示的な部分もありましたね。自分がいかに納得できるV6としての個性を見出せるか、「いけるかも」という直感的なとっかかりを掴めるか、という側面が大きかったです。ちょっと背伸びした初音ミクなりの頑張っている歌声……として納得できたのでリリースとなりました。

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