“やりたいこと”と“できること”をイコールに 「応援」でつながる音楽フェス『ニッパチ祭』が目指すもの
アーティストと観客が“応援”を通してつながる、新しい形の音楽フェスティバル『ニッパチ祭』が、12月6日に大阪・梅田の新たな文化装置「VS.」で開催される。
同フェスは東京都を拠点にデジタルマーケティングやイベントプロデュース事業を展開するニッパチ製作所が主催を務め、日中にトークセッションやワークショップを開催し、夜には真鍋大度をはじめとした国内外のアーティストが、音楽・映像・身体表現が融合するオーディオビジュアル/即興ライブパフォーマンスや超高精細サウンドシステムを活かしたDJパフォーマンスを行う予定だ。
さらに、同フェスは来場者がアーティストの表現を応援できる仕組み「Cheer for Artists Program」を導入。観客は入場チケットに含まれる「Cheer Tickets」を通じて、感動したアーティストへ応援の気持ちを直接届けることができ、集まったCheer Ticketsは全額アーティストに支援金として還元されるという。今回はニッパチ製作所にインタビューを行い、同フェスの開催意図や独創的なプログラム導入背景などについて、代表取締役CEOのMasashi氏、COOのItti氏、Aya氏にじっくりと話を聞いた。(Jun Fukunaga)
「アーティストの表現やパフォーマンスをもっと身近に感じてほしい」
ーーまず『ニッパチ祭』という音楽フェスを立ち上げようと思ったきっかけを教えていただけますか?
Aya:『ニッパチ祭』は2022年に沖縄の宮古島で始まりました。当時のコンセプトは、一言で言うと「最高に無駄な時間を楽しみつくす」というものです。コロナの時期に、エンタメやアートが「不要不急」と言われていたことが、このフェスを始める大きなきっかけになっています。ニッパチ製作所自体もコロナのタイミングで立ち上がったのですが、その時期にメンバーみんなで自分たちの人生や生き方を見つめ直す機会があったんです。効率や生産性が優先される世の中で、もっと夢中で遊ぶ時間や、表現に出会って心を動かす瞬間こそが人生の目的になるのではないかと考えました。
私たち自身も学生時代にDJをやっていて、そこで出会った仲間と一緒にこのフェスを立ち上げたのですが、そういう表現との出会いが人生を豊かにすると信じているんです。ただのイベントではなく、大人も子供も夢中になって遊べる「祭り」のような雰囲気を作りたいと思い、『ニッパチ祭』と名付けました。
ーー今回、大阪で開催されますが、どういったテーマで開催されるのでしょうか?
Aya:今回は、もっと自分軸で音楽や表現の良し悪しを判断できるようになってほしいという思いから「RAW, REAL, RHYTHM」という新しいテーマを掲げています。
今はSNSのアルゴリズムによって個人の感性が引っ張られてしまい、誰かが「良い」と思ったものを「良い」と受け取るような状況になっていると感じています。プレイリストやおすすめから一度離れて、その場で生々しく体験したものに対して「自分はこれをどう思うのか」と向き合ってほしい。自分で実際に体感して、「これが好きだ」と言い切れるものを見つける場にしたいと考えています。
ーー会場に「VS.」を選んだ理由を教えていただけますか?
Itti:一言でいえば、ご縁があったということですが、もともと開催場所には強いこだわりを持っているんです。2022年と2023年に宮古島で開催した際の会場は「レーベの村」という会場で、初めて訪れた瞬間に「ここでやろう」と決めたくらいすごくいい雰囲気でした。それくらい場所というのは不思議なパワーを持っているので、そこは妥協したくなかったんですよ。
それで今回は、クラブと美術館の中間のような施設をずっと探していたところ、仕事のご縁でVS.の方と繋がることができ、トントン拍子に話が進んでいきました。
ーー施設として「VS.」にはどんな特徴があるのでしょうか?
Itti:VS.は昨年9月にグラングリーン大阪のうめきた公園内にオープンした「文化装置」です。建築家の安藤忠雄さんが設計監修を手がけ、サウンドシステムは坂本龍一さんのツアーを担当していたイースタンサウンドファクトリー代表の佐藤博康さんが監修しています。
この規模間でVS.のサウンドシステムをフル活用したオーディオビジュアルやDJなどの音を軸にしたイベントは、今回が初開催だと思います。音響的にも素晴らしいスペックを持つ施設なので、特に音楽好きには存分に楽しんでいただけると思っています。
ーー昼はワークショップとトークセッション、夜はライブパフォーマンスという二部構成にされていますが、この構成にはどのような意図があるのでしょうか?(チケット購入でどちらも参加可能)
Aya:意図としては、アーティストの表現やパフォーマンスをもっと身近に感じてほしいということですね。例えば、パフォーマンスだけを見ると、どうしても完成品を鑑賞する形になってしまい、憧れの対象にはなっても、自分との繋がりを感じにくい。特にすごいものを見せられることで、かえって「難しそう」と感じてしまうこともあると思うんですよ。でも、イベントに来てくれた方には「自分もやれるかも」「やってみたいかも」と思って帰ってもらいたいんです。
そこで第1部では、ワークショップやトークセッションを通じて、表現の第一歩目を見せて体感してもらうようにしました。そうすることで、その後に完成品としてのパフォーマンスを見た時に、「この一歩目ってここにあったんだ」「これは何をしているんだろう?」と考えながら鑑賞できるようになります。表現をより自分ごととして捉えられるのではないかと考えています。
ーーワークショップとトークセッションはどのような内容なのでしょうか?
Aya:トークセッションではアーティストの方に表現を始めるきっかけや使用機材について話していただきます。ワークショップに関しては、3つ用意していますが、そのひとつがVS.の屋外でのサウンドレコーディング体験です。これは音楽的な視点で身の回りを鑑賞してみるというもので、「表現は自分たちの身近に隠れている」というメッセージを伝えたいと思っています。
ーーデイイベントだと家族連れでも気軽に参加できそうですね。
Aya:そうなんです。今回、日中に開催するのは、お子さんにも来てほしいという思いもあります。子供たちにとって、初めて出会ったアーティストとの体験はすごく大きいと思います。
見るだけでなく体験できるワークショップを用意しているのもそのためで、実際に小学生のお子さんからの申し込みもいただいています。『ニッパチ祭』でアーティストと出会ったことが、将来アーティストになるきっかけになったら、すごく嬉しいですね。
ーー今回はアーティスト、プログラマ、コンポーザの真鍋大度さんをはじめ、オーディオビジュアル、マシンライブ、DJ/VJと出演アーティストのジャンルも多彩です。このようなラインナップを用意した意図を教えてください。
Itti:第一に、自分たちが良いなと思ったアーティストを呼ぶことを考えました。そして第二に、音楽の表現方法や楽しみ方をいろんな人に知ってもらいたい、共有したいという思いがあるんです。自分たちが学生時代に体験して衝撃を受けて今に至ったように、いろんな音楽があることや楽しみ方があることを知ってもらいたいと思っています。
そのために今回は2つのフロアを用意しています。ひとつ目はオーディオビジュアル・ライブパフォーマンスフロアで、VS.の中でも「STUDIO A」と呼ばれる、高さ15メートルの天井を持つ白ホリゾントのスタジオで開催します。ここには坂本龍一さんが愛用していたmusikelectronic geithain(ムジークエレクトロニックガイタイン)のスピーカーが導入されています。特徴的なのは、スピーカーを天井に吊るすことで残響をコントロールできる点です。通常、天井が高い空間で音を鳴らすと跳ね返りが激しく、気持ちよく聞こえないのですが、VS.のサウンドシステムではクリアに聴くことができ、深い没入体験ができると思います。
もうひとつのDJ/VJフロアにも、イースタンサウンドファクトリーが設計した高精細4WAY移動型スピーカーとウーファーをしっかり導入しているので、そちらではリアルなダンスミュージックのグルーヴやエネルギーを感じてもらえると思います。
ーーライブパフォーマンスの見どころを教えていただけますか?
Itti:真鍋大度さんは今回、最新作のアップデート版を披露してくれます。また、ミュージシャンのRyo Fujimotoさん、Takeshi Nishimotoさん、タップダンサーのSAROさん、映像クリエイターのTakuma Nakataさんの4名による即興オーディオビジュアルパフォーマンスにも注目です。このパフォーマンスでは、タップダンスやギターやマシンライブのセッションをサウンドシステムを通して鳴らすのでとても面白いステージになると思います。
さらに映画音楽も手がけるHAIOKAさんと彼のMVを手がける映像クリエイターのShiroharinekoさんのタッグも、世界初披露となるパフォーマンスを披露してくれる予定です。あと僕自身もアーティスト・Ittiとして、DayzeroさんとAtsushi Kobayashiさんと一緒にオーディオビジュアルパフォーマンスをさせていただきます。
ーーDJ/VJはいかがでしょうか?
Itti:DJ/VJも国内外のリアルなシーンで活躍している方々に出演してもらいます。特にFetusさんOyubiさんは今、海外のクラブシーンでもかなり注目されているプロデューサーです。また、サウンドデザインが世界的に高く評価されているHerbalistek、国内ドラムンベースシーンの最前線で活躍しているVelocityさん、弊社のAya、新しくレーベルをはじめ来年は海外でのギグも決まっているcomm、大阪を拠点に東京でも活躍しているyu-moreさん、先日開催されたMUTEK.JPへの出演が記憶に新しいMISOLAさんが出演します。
国内外で活躍をしても、クラブでの活動だけだとどうしても情報が多くの人に届かないのですが、こういった機会にしっかりとスポットライトを当てて、みんなで盛り上げていけたらいいなと思っています。
ーー今回「Cheer for Artists Program」という独特な仕組みを導入されるとお聞きしていますがどういったものなのでしょうか?
Aya:今回は入場チケットを購入すると自動的に「Cheer Tickets 1,000円分」が付いてくる仕組みになっています。「Cheer for Artists Program」では、会場に出演アーティストごとに投票箱のようなボックスを設けて、パフォーマンスを見て、応援したいと思ったアーティストにチケットを入れると、その枚数に応じた金額がそのまま支援金としてアーティストに還元されます。
ーーなぜ、このような仕組みを作ろうと思ったのでしょうか?
Aya:単純に「自分が良いと思う、かっこいいアーティストに長く表現を続けてほしい」という気持ちからです。私たちは19、20歳頃からDJ活動を始めて、今では15〜16年が経ちました。その間、すごくかっこよかったのに活動をやめてしまうアーティストをたくさん見てきたんです。音楽だけで生活できる人は本当にひと握りですが、それ一本でなくても、かっこ良い人はたくさんいます。そういう方々がやめてしまう理由のひとつが経済的な問題だと感じていて。
でも、音楽は音楽だけで生活できる"プロ"だけのものではないはずです。感動するアーティストに長く続けてもらうために、私たちが少しでも支援になればという思いで、今回このプログラムを実施することにしました。
ーーお客さんにとっても、その場ですぐに金銭的に応援できるという仕組みは面白い体験になりそうですね。
Aya:アーティストのライブが終わった後にInstagramをフォローして次のイベントに行くことってありますよね。でも、盛り上がった瞬間から1日経つと「そういえばあの人誰だっけ?」となってしまい、その場の感動や熱が消えてしまうことも往々にしてあるんと思うんです。
ただ、この仕組みならその場の熱や感動をそのままアーティストへの応援に変えられることで、おすすめされたものを受け取るだけでなく、自分が良いと思ったものにすぐアクションを起こせる。それが次の表現につながっていく。そういう体験ができれば、もっと能動的に自分の感性に向き合えるようになるのではないかと考えています。
『ニッパチ祭』を”マーケティング先行”でやらない理由
ーー運営メンバー全員がDJやアーティストとして活動されていますが、表現の現場を知っている人たちがフェスの運営に関わることはどう影響していますか?
Itti:通常、アーティストは内に秘めているものや感じているものを内から外に出していく存在です。でも、僕たちは普段マーケティングの仕事をしているので、外から中に人を連れていくという動きが得意な方です。ただ、アーティストのことを知らずに外から中へ持っていくと、強引な訴求になってしまう。だから、しっかりとアーティストとお客さんの関係を考えながらフェス運営できるこのが僕たちの強みであり、特徴だと考えています。
ーー過去に宮古島では100名限定の無料フェスとして開催されていたとのことですが、今回もあえて大規模化していない理由はあるのでしょうか?
Masashi:理由は、自分たちが良いと思ったものを、他の要因に左右されずにそのままアウトプットしていきたいからです。そのために、あえて大規模化、つまりマーケティング先行にはしないようにしています。
学生時代にイベント運営を始めてから、その後は大きなフェスのマーケティングサポートに入って中身を見る経験もたくさんしてきました。ただ、大規模なものになればなるほど、どうしてもマーケティング先行になってしまいがちです。そこは仕方のない部分ではあるのですが、その様子を見てきた中で、自分たちのやりたい方向をそのまま続けていくためには、やっぱり僕ら自身が自分たちのパトロンになる必要があると感じたんです。
だから、まずはそれが叶う規模感で、きちんと目の届く範囲でやりたいことを表現していく。そして、それを続けた先に積み上げが起きて、自然と広がっていくというストーリーが理想です。最初から定量的な数を求めて、そこの数字を取りに行く施策ももちろん採れますが、それをこのフェスでやるのは違うというか。数字を取る施策が、必ずしも自分たちのやりたいこととつながるわけではないと考えています。
ーーマーケティング会社の主催するフェスがあえて、マーケティングの正攻法を採らないことは興味深いです。
Masashi:これはニッパチ製作所という会社名の由来にも関係しますが、やっぱり自分たちも表現者であるという意識が根底にあるんですよ。だから、僕らはマーケティング会社といっても、ノウハウを提供するだけではなく、自分たちも一緒に手を動かし、作っていくというスタイルを大事にしています。
さっき「コロナ禍で人生を見つめ直した」という話がありましたが、当時は、メンバーそれぞれが表現活動と仕事を両立させる中で、限界まで自分のリソースを投下していました。お金を稼ぎながら生活し、それで生み出したお金と時間を使って表現活動をする。でも「それって一致していないよね?」という疑問があったんです。
やりたいこととできることをイコールにしないと、本当に自分が求めている“自分らしい人生”にはならない。そう考えて、自分の人生を生きると決めて会社を立ち上げました。だから、ニッパチ祭に関しても外部要因によって自分たちのやりたいことが左右されたり薄まったりしないように、純粋に心が動くことに時間的リソースもお金的リソースも投下していきたい。そういった思いから、あえて大規模にせず、コントロールが効くサイズで開催しています。
ーーこのフェスに来た人に帰り道でどんなことを感じてほしいですか?
Masashi:「自分も何かできるかも」「好きにやっていいんだ」「好きにやってる人がこんなにいるんだ」といった気持ちを持って帰ってもらえたら嬉しいです。それが自分の人生を生きるための第一ステップのような気がしているので、そういう感情を持ち帰ってほしいですね。
篠原:私は「もっとディグりたい」という感情を持ってもらえたら嬉しいです。「自分もできるんだ」という感覚もそうなのですが、最初にお話しした通り、今はおすすめされたものを受け取ることが当たり前になっています。
でも、今回のイベントで興味関心が刺激されて、自分から自分の好きなものを突き詰めていく、もっと深掘りしたい、もっと知りたいと思ってもらえたら、すごく嬉しいですね。
Itti:遊びに来てくれた方には、楽しんでもらうと同時に「仲間を見つけたい」と思ってほしいです。自分がやりたいことって、一人だと限界があるというか、進行スピードがマイペースになってしまうと思うんです。でも、こういったリアルな会場に集まることで、人と人のつながりが作れるはずです。
僕たち自身も元々仲間の関係から始まっていますし、「自分もやりたいことがあったな。じゃあ仲間を見つけて、みんなでワイワイしたいな」と思ってほしいですね。
ーー最後に今後の『ニッパチ祭』の展望をお聞かせください。
Itti:今、実際に企画中なのですが、日本各地の人・物・文化と僕たちがキュレーションしたアーティストが共創し、パフォーマンス・作品展示など多様な表現を楽しめる空間を作りたいと考えています。
自分自身、海外などでパフォーマンスをしていて、「日本ならではの感性とは?」ということを、よく考えさせられます。オーディオビジュアルなどのパフォーマンスは海外発信の表現方法がどうしても目立ちがちですが、日本ならではの美意識を反映した表現をもっとみんなで味わいたい。そういった祭を作っていきたいですね。
■イベント概要
『ニッパチ祭』
日時:2025年12月6日(土)
・第一部:11:00〜 トークセッション・ワークショップ
・第二部:16:00〜 ライブパフォーマンス・DJ
会場:VS.(大阪市北区大深町6番86号グラングリーン大阪うめきた公園ノースパーク VS.)
〈Lineup〉
・AudioVisual / Live Performance
Daito Manabe (VS. / Nippachi Festival / ISCA Presents)
Dayzero & Itti + Atsushi Kobayashi
HAIOKA + Shiroharineko
Ryo Fujimoto & Takeshi Nishimoto & SARO + Takuma Nakata
・DJ / VJ
Aya
comm
Fetus & Oyubi
Herbalistek
MISOLA
Velocity
yu-more
Special Thanks:Akiko Yoshihara, Camino, SOUND ON LIVE,ONLIVE Studio, t. horikawa
公式サイトリンク:https://www.nippachifactory.jp/events/nippachifest2025
チケット購入リンク:https://nippachi-festival.zaiko.io/e/nippahifest2025
主催:株式会社ニッパチ製作所(https://www.nippachifactory.jp)