“炎上ブログ”を参考に、AIがあなたをバズらせる 大成功の映画キャンペーン『絶対にバズるSNS Y』の仕掛人たちが語る裏側
SNSの炎上をモチーフにした映画『俺ではない炎上』。そのPRキャンペーンの一環として『絶対にバズるSNS Y』というサービスがローンチされ、SNS上で大きな話題を呼んだ。
自分の写真をアップロードし、ユーザー名、性別、年齢、職業を入力・選択するとXを模した架空のアプリ「Y」の画面が表示される。ポストとしてタイムライン上に現れたかと思うと、次第に難癖のようなリプライがつくではないか。さらにLINEを模した画面上で家族や友人から心配の声が届き、TikTok風アプリからは聞き馴染みのありすぎるフリーBGMとAI音声によるニュース動画として拡散。次第に炎上は手が付けられないまでに発展し……という、一連の炎上をかなりリアルに体験できるというものだ。
(レトルト「SNSに投稿した画像でお騒がせしている件について」)
企画のキモはやはりリプライやコメントの内容が画像に対して非常に的確であること。つまりテンプレートなどを使っているのではなく、都度生成されたAIによるコメントだということだ。これだけ精度の高いAIの実装は、どのように行われたのだろうか。本企画を担当した、AIシステムの開発やAIを使った企画制作などを得意とする制作会社・no plan株式会社のメンバーに話を聞いた。
「炎上」ではなく「バズる」にした理由
――『絶対にバズるSNS Y』の企画は、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか?
岡田:TikTok向けの「熱愛スクープ風炎上動画」を生成するプロモーション企画を提案していて、クライアントから一度は承認も得ていました。でも、そのあとに、今回クリエイティブディレクターを担当した神山(紗貴子)が「つまらない」と言い出しまして、追加の提案をする流れになったんです。
実は熱愛スクープ案の前に、もっとストレートな「炎上シミュレーター」という企画も考えていたんですけど、広告キャンペーンでそれをやるのは、さすがにプロデューサーとして危なすぎると思いまして。
――確かに、企画としては気になりますが、深刻なケースもある「炎上」を安易にネタにしていると捉えられる可能性もあり、企画自体の炎上リスクも考慮する必要がありそうなタイトルです。
神山:熱愛スクープ案が通ってから、どう考えても炎上シミュレーターの方が絶対面白いな、という感覚があったんですよ。でもおっしゃるとおり、さすがにキャンペーンでやるのは無理だろうなと。
岡田:やっぱり私たち自身も「AIの生成物を完璧にコントロールできないのではないか」というリスクを感じていたこともあって。そこで、実際にどんな風になるかというAIの技術モックを作ってみようという話になりました。代表でありAIエンジニアの芹川(葵)がAIを使ってどんな風に動くのかを体験できるモックを2~3日で作り、デザイナーのブライアンが「v0」というAIツールを使って挙動を再現したデザインモックを作りました。
この2つのモックをセットで準備して再提案したんです。「私たちはこの企画を『やりたい』だけでなく、技術的に『実現可能』であり、リスクも『制御できる』ことをここまで証明できます」という形で。単なるアイデアの再提案ではなく、実現性と安全性をセットで証明したことが、この挑戦的な企画の承認に繋がったと思います。
――「制御できる」と言い切れたんですね。
芹川:これはこの企画を通して得た大きな気付きの一つですね。AIはプロンプトさえ詰めれば、既にクリエイティブをコントロールできる段階まで来ているという実感を持てました。
――『絶対にバズるSNS Y』というネーミングやコンセプトはどのように決めたのでしょう?
神山:このコンセプトの核心は、「炎上シミュレーター」と正直に伝えるのではなく、ユーザーの予想を裏切る「驚き」を体験の中心に据えることです。たとえば「炎上」と言ってしまうと、ある程度なにが起こるのか予想ができるじゃないですか。でも「バズる」は色々なコンテクストを持った言葉で、良いバズり方もあればそれこそ炎上のようなバズもある。自分を発端に、もはや関係ないところで様々なことが動き出すという、ある種のホラー的な状況を面白さとして考えました。
岡田:インスピレーションを得たのは、モキュメンタリーホラー系のコンテンツですね。これらは「一体何が始まるんだろう?」という期待感で参加すると、全く予想外の不穏な展開が待ち受けているという共通点があります。
神山:「何か別の企画だと思ってアクセスしたら、自分が炎上の渦中にいた」という体験を設計することで、より強烈なインパクトと没入感を生み出せるのではないかと。
ブライアン:不穏さを演出するために、通知の演出も最初から意識して作っていました。画像をアップロードしてから炎上が開始されるまでの生成の待機時間を逆手に取って、「最初は好意的なコメントが表示され、徐々にネガティブなコメントが増えて炎上していく」という緩急をつけた演出を施しました。この「待ち時間」が、結果的にリアルな恐怖感を高めることに繋がりました。
芸能人のブログを教材に炎上パターンを分析
――炎上の仕方が非常にきめ細やかといいますか、どのコメントも「こういう難癖見たことあるなぁ」と言いたくなるものばかりで、非常に再現度の高い炎上だと感じました。炎上の内容はどのように詰めていったのでしょう?
神山:インスピレーションの源泉は、いわゆる芸能人の“炎上ブログ”です。
――家庭料理や子どもの写真など、何かと理由をつけられ“炎上”する方もいらっしゃいますね。
神山:「このブログ投稿はなぜ炎上したのか?」とクイズにされたり、ネットミームになっていますよね。大前提として良くないことではあるのですが、その理不尽な難癖の数々が、一種のエンターテインメントとして消費されている側面もあるのだなと感じて。なるべくリアリティを持った“炎上”を作るために、頭の中にある漠然としたイメージをはっきりさせたかったときに、このブログの事例をメンバーに共有したことで全員の共通認識が取れたんです。
——たしかに「こんな理不尽なこと言われたら、何してもダメだろ」とか「かわいそうすぎる」とか、いわゆる「草(w)」を付けてツッコミを入れるような形で話題になっていましたね。
岡田:そうなんです。実際に炎上事例を見ていくと、本当に些細なことで“炎上”するんですよ。ウインナーの切り方とか、お弁当の内容とか。そして、それを細かく見ていくと炎上にも法則性が見えてくるんです。
神山:例えば「子育てしながら自分の時間を楽しんでいる」みたいな投稿は高確率で炎上するんです。「子どもがいるのに〇〇するなんて」という批判が必ず来る。そういった事例から、「単なる誹謗中傷」と「面白い炎上」との違いを分析しました。その結果、「親失格だ」といった人格否定や、容姿への直接的な言及など、人を直接傷つけるような炎上は面白くない。一方で、面白い炎上とは「なぜそんなことに目くじらを立てているのか?」と思わせるような、「常人にはない角度からの理不尽な粗探し」であると定義しました。
芹川:この「理不尽さ」をAIで再現するため、オンラインで公開されていた「炎上クイズ」の問題と回答をAIにインプットし、その批判のパターンを言語化・学習させたんです。
岡田:やっぱりこの学習にあたっては「言語化」が非常に重要だったと思います。芸能人のブログが理不尽に炎上するパターンを言語化し、神山と芹川が何度も何度も打ち合わせを重ねることで、「炎上の質」を上げていきました。これは今回の企画の面白さに直結する部分なので、2人はとてもこだわってやっていましたね。最終的に芹川が細かくAIにディレクションできたことで、ここまでの精度を実現できたと思います。
神山:私は全てのSNSをコメント欄まで含めてめちゃくちゃ見るのですが、芸能人のブログに限らず多くの炎上における難癖の付け方ってめっちゃクリエイティブだと思っているんです(笑)。瑕疵がなくてもなにか叩ける要素はないかとつぶさに観察するわけです。この視点をAIに持たせたら面白いなと。
ただ反対に「目つきが悪い」といった容姿への言及や「親失格だ」のような人格否定は、単に人を傷つけるだけで全くクリエイティブじゃないから面白くありません。こうしたものは生成しないように制御し、AIの思考をチューニングしていったんです。